第34話 気絶王入院
ジゴク・ファイヤー・ガソミソガールズの学園祭大破壊はSNSなどで大拡散され、またも伝説を築きあげてしまった。
ただ学校側の見解は『ガソミソのライブ中に偶然地震があった』というものであり(その時間帯に関東地方でマグニチュード6の地震が発生したのは事実だ)この件に関して特に処分を受けることはなかった。
学校を一週間もサボった件は怒られたけれど。
なおメインステージパフォーマンスの最優秀賞を決める投票は行われず、愁子さんの全財産を手に入れることはできなかった。手に入っても困るが。
こんちくわ~(●´ω`●)
ちくわぶ~(●´ω`●)
先日はどうもありがとう!(#^.^#)
すごいステージだったね! 私も感動しちゃった(´;ω;`)
今入院してるんだって? 心配だよお(´;ω;`)
ちょっといろいろあって事務所のタコ部屋に監禁されてて行けないけど、釈放されたら愁子changと一緒にお見舞いにいくからね(/ω\)
ではでは(@^^)/~~~
「ははは……あいかわらずだな」
僕はそれからさらに三日ほど学校を休んだ。ケガは大したことはなかったけれど一応入院することになったからだ。
六人部屋のすみっこで一日中おとなしくして模範的な入院生活を送っている。むろんメイクをしたり変な衣装を着たりなんかしていない。お医者さんや看護師さんに暴言を吐いたりもしない。
(久しぶりに人心地についたなァ……)
ベッドに腰かけ快適にメモ帳に字を走らせていると――
「お、おはよう」
イオちゃんがお見舞いにきてくれた。
「わりと元気そうでよかった」
「うんまあ……」
こうしてちゃんと対面するのはけっこう久しぶりになる。
彼女にしては珍しくあまり感情を映さない表情をしており、服装もシックな黒のワンピースでいつもよりだいぶん大人っぽい印象だ。なんだか自分のよく知るイオちゃんではないようでちょっとだけ緊張してしまう。
「なに書いてるの?」
「今回の事件のことを書いてたんだよ。貴重な体験だから小説に書こうと思って」
「……もう小説は書かないのかと思った」
「ははは。まあそう思うよねー」
ははは。という空笑いが妙に響く。イオちゃんの表情は固いままだ。
「怪我は大したことないの?」
「ヘル……稲村さんにタックルで倒されたときに腰を打っただけ」
「じゃあ稲村さんが悪いんじゃん」
「そうとも言うね」
イオちゃんはフルーツの盛り合わせをサイドテーブルにドンと置くと、丸椅子に座った。
「…………」
「…………」
沈黙……。沈黙を苦にするタイプではないが、いつもならば流水のようにしゃべり倒すイオちゃんが相手だと少々きまずい。
僕はむりやり質問をひねり出した。
「どうだった僕のステージ」
「えっ!?」
想定外の質問であったらしく、彼女はかわいらしく首をひねって小考したのち回答をくれた。
「最初きらいだったけど気づいたら一緒に叫んでた。まだのど痛い」
予想外の回答だ。素直に嬉しい。
「なんで私に黙ってたの。ああゆうのやってること」
「その……ああいうのキライそうだったから嫌われるかなーと」
「私が? キミを? 冗談でしょ。私はいつだってキミが大好き。がきんちょの頃から」
「ごめん。そうだよね」
すると彼女は「自分で言うなってー」などと少しだけ笑顔を見せてくれた。
「でもね。私ちょっと反省した」
「反省?」
「バカだからさ。あの歌だかなんだかわからないヤツを聞いて、初めてキミの本音がわかったんだ。私はいままでキミの明るい部分しか見てなかった。キミの悲しみや苦しみを理解してあげられなかった。いやできなかったんじゃない。逃げようとしてたんだ」
「イオちゃん……」
「ごめんね。ごめん」
ぽろぽろと涙を流す。
「イオちゃんが悪いんじゃないよ。僕もそういうところばっかり見せようとしていた。もっとキミに心をひらいて。キミに頼れば良かったんだよね」
イオちゃんは僕の胸に飛びこんできた。
ちょっと痛かったけどホッカイロみたいに暖かい。
「そうだよ……バカぁ……」
彼女は僕の小説を面白いと言ってくれたただ一人の人物だった。やさしい彼女は嬉しかったのだろう。その小説には僕の幸せな一面だけが表現されていたから。そしてもしかすると、感じる必要もない『自分にだけ両親がいる』という罪悪感から救われていたのかもしれない。
「ねえ小説もあんな風に書きなよ。あんな全力の本音をさ」
「うん僕もそう思う。でもさ。もう怖くないんだ。例え小説を職業にできなくたって。一生なにかに心を燃やしていくことさえできれば僕は死なない。いままでは賞が取れなければ両親みたいに死ぬと思ってたけど」
そういうとイオちゃんはビクっと体を震わせた。
「だからあんな今思えば媚びきったようなのを書いちゃったんだろうな」
「そんな風に考えてたんだ。ははは。私ホントにばかだな。ぜんぜん気づかなかったもん」
「それは……さっきも言ったけど僕も悪くて……」
「でも稲村さんはそうじゃなかったんだよね。キミの中のそういうところをちゃんと読み取っていた」
そうつぶやいたのち彼女は勢いよく立ち上がった。そして。
「だからって負けないんだから! 今はだいぶリードされてる気がするけど!」
両手で僕の側頭部をつかむと、強烈な頭突きを叩きこんできた。
「いってええええええ!」
「い、いまのは! ちゅーしようとして失敗した! おとといきやがれ!」
そう叫ぶと病院のベッドやら、壁やらドアやらにやたらと衝突しながら脱兎のごとく走り去っていった。
……病室中の視線が僕に集まってくる……ような気がした。
――しばらくして。
「よお」
ドクター・ヘルこと稲村愛さんが病室に現れた。
なぜかいまいち冴えない表情、右手で左肩を抑えていた。
「愛ちゃん。毎日ありがとうね」
「それはいいけどよ。大丈夫なのか?」
「なにが?」
「さっき病院の入り口辺りで、猛牛みたいな勢いで走るヤマグチイオにすれ違いざまにショルダータックルされたけど」
「あー……」
「たぶん肩ぶつかったのは偶然なんだろうけど。ぶっ倒れる私をものすごい目で睨んでそのまま走りさっていったぜ。怖いったらなかった」
僕は両手でアタマを抱えた。
「まだ遊園地でのこと怒ってんの? あいつ」
「うーん……怒っちゃいないと思うんだけど」
「じゃあ根本的に嫌いなんかな?」
「そういうわけでもないと思うよ。前は稲村さんかわいいから好きだって言ってたし」
「へえ。どうりて体育の着替えのときとかジロジロ見てくると思った」
……そういう好きだったのか? そうなるとだいぶんいろいろな話が変わってきてしまう。
「まァまだいろいろ混乱してるんだと思うよ。昨日の今日の話だから」
「そりゃそうか」
「愛ちゃんはどう思ってるの? 彼女のこと」
「嫌いではねえよ。いくらキャンキャン噛みつかれても、あんなピュアなやつ嫌いになれるわけねえ」
「だよね」
「完全に避けて通るのは難しそうだし、ケンカしたかないんだがなぁ」
「仲良くして頂けると僕の精神衛生上はありがたいよ」
とはいえ。ずっとそうも言ってはいられないのだろうか。二人の気持ちも自分の気持ちもなんだかしっちゃかめっちゃかで、整理がつけられていない状態のように思われるが。
「ああ。努力はして………………あーーーーーーーーーーーっ!?」
「な、なに?」
彼女は僕の唇を手のひらで乱暴にこする。
「これはなんだよ!」
その手にはうっすらと赤い紅のようなものがついていた。
つまり――イオちゃんのもくろみは完全に失敗したわけではなかったということになる。
ってゆうか赤いリップなんかしていたのか。ちょっと面白い。
「テメーなにしてたんだあいつと! 私のコイビトなのに!」
「ええっ!?」
「なにをしていたかだけ言え!」
「いやその……むりやり」
「リバース・逆・マザーファッカーか!? クソが! こうなりゃ私も犯すしかねえ!」
「ぎゃああああああああああ!」
本日二発目目の頭突きを喰らってしまった。
たんこぶができているところにもう一発だからさっきよりもなお痛い。
「くそ! しっぱいした! もういっかい!」
「なんでどいつもこいつも失敗するんだよ! 普通しないだろ! そんなに難しいことじゃないだろ!」
「うるせえな! 初めてはみんな大体失敗すんだよ!」
「しないよ! それはまた違うアルファベットの行為の話だよ!」
「うるせえなガキどもさっきから! 出て行きやがれ!」
「ああん? なんだこのジジイ? 寿命をほんの少しだけ縮めてやろうか?」
「やーめーろー!」
――こうして僕の入院生活はとても居心地の悪いものになってしまった。
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