第33話 破壊

 気づけば仰向けに倒れた俺の目の前、四、五〇センチの距離にあったのはステージの天井であったと思われる金属板だった。他の部品がささえとなって辛うじて下敷きにならずに済んだらしいが一切身動きが取れる状況にない。ほとんど光も差し込んでこない。

 腹の上ではヘルがぜえぜえと激しく息をついていた。

「モンスター! 無事か!?」

「ああ」

「バカヤロウ! 立ったままだったら死んでたぞ! ……まあ倒れて生きてたのも奇跡だが」

 ヘルはじょじょに呼吸を整え、ふうと息を吐いた。

「どうやら閉じこめられちまったみてえだな。身動きもとれねえ。酸素が薄い」

 などと冷静に状況を分析している。

「どうもどっかで火が上がってるみたいだな。あれだけ火薬使ってればそうなるか。このままじゃ酸欠――」

「クククククク……」

「あん?」

「ククククククク……! はあああああああああああああはははははははははは!」

 なんだか知らないけど俺は笑った。

 ダメこれ止まンない。延々と笑気を発し続ける。

 さすがのヘルもこれには怯えていた。こんな彼女の顔は初めて見た。かわいい。

「おい、ドクター・ヘル! 稲村愛!」

「な、なんだよ!」

「なんだかさあこんな状況だけどさあ! きもちいいんだよつーかすがすがしいっつーの? けーーーーけけけけけ!」

 まずい。今ので大量のガスを吸ってしまった。

「よおく聞け! いいか? どうやらこの俺には小説の才能はまるでねえみてえだ! なにせ今まで十年間小説書いてさ、それでも一回も一次審査も通らねえんだぜ! シャレならん!」

 ヘルの顔からだんだん怯えの色が引いてゆく。

「だけどよ! 俺は叫ぶことだけは辞めねえぞ! 叫ぶってのは誰かになにかを伝える、伝わんなくても伝えようとするってことだ! ジジイになろうがババアになろうが諦めることだけはしねえ! 誰にも認められなかろうが、叫びまくってやる! くだらねえんだよ! 才能があるとかないとかよ! 認められるとか認められねえとかよ! 叫びたいから叫ぶことこそが一番大事なことだろうがよ! そうすりゃあ死にゃあしねえんだよ!」

 肺の中の空気をすべて出し切ってしまい苦しい。ぜえぜえと荒い息をつく。

 ――しばらくの沈黙ののち。

「……おい」

 ヘルが親指と中指で俺の喉ぼとけをキュッと掴んだ。

「それがてめえの答えか」

「ああん?」

「それがてめえの答えかって聞いてんだよ。いつだか聞いただろ? 才能もなんにもねえクズはどう生きりゃいいんだろうって。それに対する答えかって聞いている」

「そうだよ馬鹿。命がけで叫んで腐りかけた脳味噌で導いた答えだ」

 なににイラついているのかヘルはガシガシと髪の毛を掻き毟る。

「そうか。じゃあ勝手にしやがれ。だかなあ。まさかてめえは一人で叫んでるつもりじゃねえだろうな! バカみたいに引きこもってよぉ!」

 ヤツがなにを聞きたいのかなんとなくわかった。わざわざ聞かなくてもわかりそうなもんだ。

「いいか。もはや俺にはケイシキなんか一切関係ねえんだよ。なんでもいいから叫ぶだけ。筆で叫んでマイクでも叫ぶ。それだけだ」

「……誰と」

「あ?」

「誰と一緒に? って聞いてんだよ」

 バカ女の理解力のなさ、ってゆうかはっきり言ってやらないとわからない自信のなさにイラついて俺は叫んだ。

「地球が丸いよりも分かり切ったこと聞いてんじゃねえ! テメーに決まってんだろ!」

 さっきまで怯えたりブチきれたりしていたヘルの瞳がうるんでいく。忙しいやつだ。

 やつは俺の背中にむりやり手を回しすごい力で締め付けてきた。胸に顔を埋めてえんえんと赤ちゃんみたいに嗚咽を漏らす。

 俺はヤツに前から伝えてやりたかったことを伝えた。

「なァ。間に合えばよかったのにな。てめーを産んだヤツらにさ」

「うん……」

「俺の両親も同じだったんだよ。死んだ理由。だからなんかやらなきゃって必死だった。そのなんかが小説だった。そいつがまったくうまくいかないもんだからモンスターXみたいなもんが産まれたんだろうな」

 ヘルの心臓がドクンドクンと動いているのを感じる。悪い気分ではない。

「でもそのおかげでおまえと出会えた」

 そういってヤツの背中に手を回した。心地よい。ずっとこうしていたい。

 きっとヘルも同じ気持ちだったと思う。

 ――だが。

 それはいいんだけど、いよいよ息ができなくなってきた。

 俺がそんな風に思い始めたところで――

「よし! そうと決まりゃあ!」

 ヘルは俺の肩に思いきりかみついてきた。

 痛い。でもなんか慣れてきた。つーかちょっとクセになってきた。

「生き残るには――まずはこの状況をどうする?」

「……よし。どうせ酸欠なら全部くれてやる! 叫んでやる! 俺たちがここにいるってことをな! てめえもいっしょにだぞ!」

「わかってらあ!」

「いくぞ!」

 俺たちは自分たちのテーマ言牙といえる【ジゴク・ファイヤー・ガソミソガールズ】を叫んだ。二人分の音声が密室に反響しておっそろしくクソやかましい。

 鼓膜がパンパンに張っていつ破れても不思議じゃない。唾が飛び散りまくって汚ねえ。喉の感覚ももうない。自分の声が自分で出しているのかなんなのかよくわからない。

 でも高揚が止まらない。矛盾するようだが、このまま死にたいと思うくらいに。


「全員ブス! 全員ブス! 全員ブス! 全員ブス! 全員ブス! 全員ブス!」

「全員ブス! 全員ブス! 全員ブス! 全員ブス! 全員ブス! 全員ブス!」

「全員ブス! 全員ブス! 全員ブス! 全員ブス! 全員ブス! 全員ブス!」

「全員ブス! 全員ブス! 全員ブス! 全員ブス! 全員ブス! 全員ブス!」


 ――叫びがクライマックスに差し掛かったその瞬間。

 俺から見て左、客席側の『壁』が爆発音と共に崩壊し、光が見えた!

「――! ははははは! おいモンスター! やったぞ!」

「俺たちすげえええええ!」

「そりゃそうだ! 前からわかってたさ! 私たちが組めば……」

 そのとき。壁の外からなんか聞き覚えのある声が聞こえた。

 そこに立っていたのは。

「聞こえたぜ。二人の叫び」

 ボロボロにぶっ壊れたギターを持った英二だった。

「くやしいが負けたよ。ピサみてえにシャに構えて聞いててもガンガンに心臓に響いちまった。地獄みてえな呪いの言葉が逆にわずかに添えられた希望をあざやかに浮かび上がらせていた。スイカに塩をかけたみたいに――っていうと陳腐だけどな」

 その後ろにはイオやZAZENの姿もある。

「もっと自信を持てよ。おまえには才能がある。いや才能だけじゃねえ。魅力的なヤツなんだよ。めちゃくちゃピュアないいヤツだと思ったら今度は地獄みたいに闇だらけ。そんな人間くさいおまえが好きさ。薄い本に一緒に出てもいいくらいに」

 などとぺらぺらしゃべりながら手を差し伸べてくる。

 俺たちはしばしの沈黙ののち――

「……なんだー。そういうことかあ!」

「つまんねえ!」

「――えっ!? 俺がっかりされてる!? ギターまで壊して助けたのに!?」

 安心したら急に眠気がおそってきた。

 ――眠気なのかな?

 とにかくマブタが落ちるのを抑えることができない。

「おいなんとか言え…………げっ! まずい気を失ってる!」

「きゅ、救急車! 救急車!」

(三度……もはや気絶王と呼んでいただきたい……)

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