第32話 【殺殺殺イイイ殺殺自殺殺殺コロ殺殺殺殺殺殺死殺殺ガイガイ】

 ドクター・ヘルのシャウトから始まり、そこからマシンガン、グロテクスと流れるセットリストになっている。

 俺は最前列の客を殴りながらヤツらの叫びを聞いていた。

 ヘルが叫ぶ言牙。これは彼女が書いた言牙だ。彼女の生きざまを嘘偽りなく表している。

 マシンガンが叫ぶ言牙。俺が書いた言牙だがこれも彼女という人間を端的に表現しているといっていい。

 グロテクスが叫ぶ言牙。これも他人にじじいばばあの臓物をくわせたいという彼女のピュアな心をストレートに聞くものに突きつけるものだ。

(……じゃあ俺はどうだ?)

 四曲目は当然俺の言牙だ。叫んだのは『モンスターX』。

 この言牙の主題はなにかという国語の試験の問題があれば『絶望』と書けば花丸がつくだろう。誰がどう聞こうがそのことだけを書いている。だが本当にこれは俺の本心だろうか。本当に俺が言いたいことはなんだ。なんのために俺はここに立っている。

 隣にいる女のせいであることはたしかだ。ヤツがムリヤリやらせたから――

(――いや! ちがう! 俺がここに立っている理由は!)

 いくつかの言牙を叫び終わったころ、俺は三人に演奏を止めさせた。そして。

「クズども! なにをそんなに喜んでいる!」

 マイクに向かって好き勝手なことをホザき散らかした。

「随分と楽しそうじゃないか。

 この俺の言牙がそんなに心地いいのか?

 絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望。

 俺が歌うのは絶望だけ。

 絶望した人間がどうなるか知っているか。


 ――死ぬ。


つまり。こんな言牙を聞いて喜んでいるキサマらの運命もただひとつ。

むごたらしい死しかない。

絶望で人は死ぬ。

実際にそうなった人間を俺は知っている」

「――!」

 ヘルが驚きを顔に浮かべて俺を見た。

「このガソミソガールズとやらはここにいる怪物女がそんなやつらを救うために作った。

 気色悪いメイクで優しい女もいたもんだ。まるで女神だな。だが。

 その絶望をもたらすのはこの世の中のすべてだ。

 宇宙の法則だ。

 抗うすべなどない。努力などクソの役にも立たない。

 逃れられる人間もいる。だがそれはおまえたちじゃない。

 だとしたらこんなところにおまえたちはいない。

 おまえたちに出来ることはなにもない。

 ――あるとしたら。

 もし出来ることがあるとすれば叫ぶことだけ!」

 そういって俺はヘルを睨みつける。向こうも俺をまっすぐに見つめていた。

「これはキサマら絶望人間、そして自分自身へ送る言牙だ!」


【殺殺殺イイイ殺殺自殺殺殺コロ殺殺殺殺殺殺死殺殺ガイガイ】


赤く濁った世界の入り口で

うねりうぞりとうろつくしゃれこうべの群

顔骨には様々な死因が貼られている


餓死

過労死

感電

毒死

焼死

爆死

腹上死

多臓器不全

殉教

殉職

トルザート・ド・ポワント


どれもおまえにふさわしくない


彼らが落ちる地獄の看板が出ている


等活地獄

黒縄地獄

衆合地獄

叫喚地獄

大叫喚地獄

灼熱地獄

大焦熱地獄

阿鼻地獄


どれもおまえにふさわしくない

ふさわしいのは


――生き地獄


甘えるな死ぬ価値もない

どこにも居場所なんてない

目玉焼きを腐らせろ!

窓のない銀色の部屋で

冷房だけは変に効いた部屋で

髪の毛を引きちぎって生きろ

すべての指を折られて悦こべ

濁りきったカルピスの空 ひとつも星が見えなくても


脳は栗鼠の餌にした

手足はゲバラがほうばった

それでもビヒ・クロンは廻り続ける

吐いた血反吐の海底に あんなものが埋まっているから


さあなんかやれ!

TNTに火をつけて飲め!

ガトリングで破瓜をしろ!

十二指腸を生きたまま焼け!

そして叫べよ! 無意味に叫べ!

死にてえ! クソがめっちゃ死にてえ!

死にてえ! クソがめっちゃ死にてえ!

死にてえ! クソがめっちゃ死にてえ!

死にてえ! クソがめっちゃ死にてえ!

死にてえ! クソがめっちゃ死にてえ!

死にてえ! クソがめっちゃ死にてえ!

死にてえ! クソがめっちゃ死にてえ!

死にてえ! クソがめっちゃ死にてえ!

死にてえ! クソがめっちゃ死にてえ!

死にてえ! クソがめっちゃ死にてえ!

死にてえ! クソがめっちゃ死にてえ!


無駄に叫べよ! そうさ死にぞこない

だまって死ねないならな



 脳ミソが変な汁で濡れるのが自分でわかった。

 もはや手にも足にも感覚が一切ない。

 しかしノドの感覚だけは異様に鋭敏で声を出すたびに切り裂かれるような痛みが走る。

 だがそれすらも快感になりつつあった。

 客ももはや全員立ち上がって地面を踏み鳴らしている。

 昂奮のあまりか頭からバケツで水をぶっかぶったり、自分の服に火をつけたり、ステージに向かって空き缶やゴミを投げつけてくるヤカラもいた。

 無論われらがガソミソ三バカ三銃士も負けているはずがない。

 グロテクスは七輪をたたいてちんちこりんと可愛らしいリズムを奏でながら、燃え盛った練炭を素手で掴んで客席にぶん投げ、さらに生焼けと思われる内臓肉を客のおくち目掛けて正確にホールインワンさせていた。追い討ちのように水鉄砲で小林家秘伝のタレを噴射するサービス精神旺盛ぶりには涙が出る。

 マシンガンはこの日のためにドイツの合法武器商人のデスガロン・ストロハイム氏から合法的に輸入した合法ガトリングガンを一秒間に二九〇発のペースでランダム掃射している。――イヤ違う! ヤツはカップルの女の方だけを正確に狙っている。その胸中・深層心理やいかに。その笑顔たるやもはや『狂』の一字しか感じられない。

 そしてわれらがドクターヘルは俺の周囲を囲むように設置されたアルコールランプを自在に操り七色の炎で俺を火あぶりにしていた。わしゃ魔女か? こりゃ魔女裁判か? それから急にふいっといなくなったとおもったら、両脇にバスケットボール大の黒い塊を持ってきた。どうもそいつには導火線がついている。彼女は満面の笑みでそいつに火をつけた。するとご想像のとおり黒い塊は爆発した。ただの爆発ではない。こいつは花火だ。地上で爆発したそいつは金属が燃えたときに発生する炎色反応によって七色の火花を散らせステージ全体を光で彩った。ちょうど外も薄暗くなってきたしばっちりだ。たーまやー。問題点があるとすれば灼熱怪獣ザンボラーの背中よりも熱いし、米国の俳優ルブルム・サンダーボルトのジャケットのデザインぐらいやかましいということぐらいか。

 客席のボルテージがさらに高まる、怒号のような叫び声、地面を踏み鳴らす振動。

 それらが一体となったとき。


 ……グラ!


 すさまじい横揺れが生じた。一瞬のことかと思ったが一向に収まらない。

 客たちは阿鼻叫喚、蜘蛛の子を散らすように会場から逃げだす。

 設置されたパイプ椅子がドミノ倒しのようにすべて倒れた。

 ご立派なステージもガタガタバキバキと音をたて、とうとう鈍い音とともにステージを支える柱(トラス)が折れた。それに伴い複雑な構造のステージはてっぺんのほうから順番に音を立てて崩壊していく。

 マシンガンとグロテクスはたまらずステージからエスケープする。

(クソが! 止まってたまるか! まだ途中なんだよ!)

 だが。よせばいいのに俺――いやモンスターXは――シャウトをやめなかった。

「危ないーーー!」

 ドクター・ヘルが叫びながらこっちに突っ込んでくる。そして俺に強烈な両足タックルを喰らわせた。

 二人同体となってステージに倒れる。

 それと同時にステージの天井が落下してきた。

「――――――――!」

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