第31話 控室

 およそ三時間後、学校に到着。メインステージ出場者の控室に入った。

 我々が入室するや控室はザワめきに包まれる。すでに完全装備状態で登場したのだから当然といえば当然の反応だ。

 ……ZAZENの姿はない。おそらく別の控室を使用するのだろう。当然と言えば当然だ。

「さて遅れちまったからさっさとやらねえと」

 みな準備を開始する。

 ドクター・ヘルはいつものアルコールランプや謎の液体になにやら手入れをしていた。足もとには爆発物注意という文言と核兵器のマークが書かれたボックスも転がっている。

 マシンガンも今日は気合が違う。回転式のマシンガン、いわゆるガトリングガンの準備をしているようだ。さぞかしおっきな音がすることであろう。銃弾がどうみても実弾にしか見えないのだが問題はないだろうか。

 グロテクスがこの日準備したのは七輪三十二個、石炭十五Kg、そして松阪牛まるまる一頭に解体済のイベリコ豚一〇〇kg、それにアフリカ大陸で生きたまま出土した巨大な古代トカゲ、というラインナップだった。大変なご馳走といってよい。

 ――どうやらみな準備万端。

 それはいいがふと疑問がわいてドクターヘルに尋ねる。

「自分以外が叫んでる間はどうすればいいんだ? 俺には楽器なんかないぞ」

「しらん。客でも殴ってろ」

 そのときはなぜかそれで納得してどっかりと席につく。

 やることもないのでリラックスした体勢で控室を見渡した。

 気づけば控室にはわれわれ以外は誰もいなくなっている。

 口ほどにもない。恐れをなして逃げたようだ。

「やることねえな。出番まで寝るから起こせ」

「えーホントにー? すごーい♪」

「胆力がある。胆のうの形がいい」

「ククク。さすがという他ねえな」

 今思い返してもこのシチュエーションにおいて、控室で爆睡したということが最も狂気じみていたと思う。


 ――何時間後かわからないがドクター・ヘルの強烈なかみつき攻撃により目を覚ました。

「いい加減に起きろ。ZAZENがもう舞台に立っているぜ」

「なんだヤツらがトリじゃあないのか」

「くじびきだってさ」

 メインステージ袖に出て演目を眺める。

 ――奴らはその特有の濁った音で観客の感情を自在に操っていた。

 ときに楽しい気持ちさせ、ときに怒りを煽り、涙を流させることすら意のままであった。

 反対側の袖からは英二が偉そうに腕を組んで舞台を見ている。

「ヘル。どう思う? やつらのこと」

 そんなことを尋ねてみる。ヘルは少々躊躇しながらも正直な感想を言ってくれた。

「天才的……。歌詞書いてるおまえの友達もな。勝てるプランが一切見えないぜ」

 あまりに素直で思わず笑ってしまう。

「ははは。貴様らしくもない。だがその通りかもしれんな」

「おまえはなんでそんなに余裕なんだよ」

「別に。ただ勝とうが負けようがどっちでもいい気がしている」

「……なんか変わったなおまえ」

「いまさらか? なんかどころの騒ぎではなかろう」

「いや見た目とかじゃなくてナニかがさ」

 そういって俺の胸のあたりをペタペタと触る。そこはかとなくバカっぽい。

「まァとにかく自分たちもやってみなけりゃ何もわからんさ。やってみればわかるしな」

「そりゃァそうだ」

『それでは次の曲に行かせていただきます! 『鉄血少女!』』

 ――しゃくだがZAZENのLIVEをけっこう楽しんでしまった。


『ZAZENのみなさん! ありがとうございました! 続きましては――』

「ククク。どうした。ぶるっているのか? さっきはエラそうなこと言ってた癖に」

 ヘルが俺の肩を強烈に叩く。

「ぶるってなどいない」

「じゃあこの手の震えはなんだ」

 俺の手をそっと握った。クソキャラの分際で手のひらがやたら柔らかくすべすべしているのはどういうつもりなのか。

『続きまして! ジゴク・ファイヤー・ガソミソガールズのみなさんの登場です!』

「大丈夫おまえはモンスター。びびるのは人間のほうさ」

 そういって俺の背中を強く押した。押し出されるようにステージに飛び出す。

 さきほどまでとは質の違う歓声が僕たちを迎えた。客席には生徒以外にもライブや映像でみたことのあるガソミソファンたちもつめかけているようだ。

 その中にはイオの姿もあった。口を真一文字に結んで自分のスカートの裾をギュッとつかんでいる。

「ウィーアー! ジゴク・ファイヤー・ガソミソガールズ!」

 ヘルの宣言と共にとうとうステージがスタートしてしまった。

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