第21話 ジゴクの遊園地
二週間後の日曜日。
電車を乗り継いで遊園地の最寄り駅となる夕楽園駅に向かう。
隣にイオちゃんの姿はない。彼女の「デートといえば待ったあ? 待ってないよーという問答でしょ!」というこだわりにより待ち合わせをすることになったからだ。
同じ家から出るのにタイミングを意図的にずらすことは少々難儀であった。
なんとなくそわそわしていつものように読書をする気にもなれずぼうっと窓の外を見つめる。
(イオちゃんは僕のことどんな風に思っているんだろう。やっぱりこっちと同じでもうわけわかんなくなってんのかな?)
ぼーっとしているとどうにも時間が経つのが遅い。僕はなんとなくスマートホンのロックを解除して半ば無意識に最近始めたSNSのアプリを開いた。
(うわ……またフォロワー増えてる……)
ドクター・ヘルの命令によりモンスターXの名義で先日始めたものだが、すでにフォロワーが三〇〇〇人。リプライやダイレクトメッセージが多数寄せられていた。
(返さないと……)
根が生真面目な僕はそれにひとつひとつ返信を行っていた。毎回ちゃんとキャラクターを守りつつ返すのにえらく神経を使う。だいぶん時間の無駄という気もするが、まァこんなときにはちょうどいい。
『――次はー夕楽園ー夕楽園ー』
返信がちょうどひととおり終わったところで最寄り駅についた。駅から遊園地まではほぼ直通。ぼくより二十分くらい早く家を出た彼女はすでに到着しているはず。
入り口できょろきょろと辺りを見渡していると――
「あの……」
知らない人に声をかけられた。
純白のフリフリブラウスに赤いフレアスカート、白のつば広帽、黄色のサングラス、それにけっこうな高さのピンヒール。どこぞの女優さんのような格好だ。女優さんの知り合いはいないし、それよりなによりこんな前髪がある女性は知らない。
「どなたですか?」
「ウソでしょ!?」
「冗談だよ」
「よかった……」
胸に手をあててホーと息を吐くこのオーバーアクションは、間違いなく僕の知っている山口イオちゃんのものだ。
「ごめん服装やらかした……! ふだんTシャツとか短パンしか着ないおしゃれ界のモヒカン雑魚キャラが頑張りすぎた結果がこれだよ……!」
そういってスカートの裾をぎゅっと握りしめた。これも彼女が子供のころからけっこうよくやる仕草のひとつだ。
「おしゃれしてきてくれる気持ちは嬉しいし、新鮮でいい感じだと思うよ」
そういうと彼女は顔を真っ赤にして笑った。おでこが隠れているのがちょっぴり残念だ。
「せめてヒールをやめればよかったなァ。ホントやだこれ。スケート靴履いて歩いてるみたい。なんでみんなこんなの履くんだろ」
「足を長くスタイルよく見せるためって聞いたけど」
「……無神経」
「ご、ごめん」
「ふんだ。私は自分のチビに誇りを持っているもん。セイくんだって昔からチビっこい女の子好きなクセに」
……言われてみればそうかもしれない。
ヒールのせいでいつものすばしっこさがなりを潜める彼女に歩幅を合わせて遊園地を歩く。手をつないで強制的に歩幅を合わせるような度胸はちょっとない。
「そういえば遊園地って一緒に来たことなかったね。僕ずいぶん久しぶりに来たよ」
「まあけっこう遠いしねえ。私は何回か友達と行ったよ。ここじゃなくて舞浜にあるほうだけどね」
「アメリカ原産のオオネズミがいるところかあ。さすが陽キャラだねえ」
「英ちゃんと行ったりしないの?」
「さすがに男ふたりでは行かないなあ。とりあえずどこいく?」
「まだ朝早いしこういうときはのちのち混みそうなところに行くのがセオリーだよ」
なるほどそれは確かに筋が通っている。こういうときのイオちゃんは頼もしい。
「となるとー。ジェットコースターとか?」
「え」
「地図によると……こっちのほうかな? 行ってみる?」
「も、もちろん! ジェットコースター大好き! ここのはどんな感じかなー」
イオちゃんの作戦通り朝一で並んだおかげでほとんど待つことなくジェットコースター『マカンコウサッポウ』に乗車することができた。のだが。
「うわあああ! ひいいいいいいいいいやあああああああああああああああ! えっ! えっ! えっ! えっ! えっ! えっ! えっ! えっ! えっ! えっ!」
ジェットコースターの一番近くのベンチで彼女は泣いていた。
泣きかたに人の目を気にする余裕のようなものがまるで感じられない。女の子はみな女優であり涙なんか流したいときに流すことができる、などと女流作家の書いた小説で読んだことがあるがこれはウソ泣きではないと断言することができる。
「苦手なんだったら言ってくれればよかったのに」
「だってかっこ悪いじゃんかよお!」
今の状態ほどかっこ悪いものないぜ、ただしめちゃくちゃかわいいけど。と思ったがもちろん口には出さない。
「セイくんは平気なんだね」
「うん。なんか平気だった」
「そういえば昔から意外とキモ座ってるところがあったかも」
怖くなかったわけではないが、こないだのバイクやロシアンルーレットに比べれば命の保証がある分ずいぶんマシであった。まあ二人して泣いていたら収集がつかなかったので免疫がついていてよかったかもしれない。
「ほら絶叫系以外にも楽しいのいろいろありそうだよ?」
イオちゃんは少しだけ微笑んで僕が持っていた地図を手に取った。
「そうねー。お化け屋敷行こうよ。以前別の遊園地で行ったけど全然大丈夫だった」
「むしろ僕はちょっと不安だな」
「怖かったら抱きついてもいいよー?」
「ははは。調子が戻ったみたいでよかった」
「あああああああん! くそがくそがー! なんだよちきしょー! うんこ食べろー!」
今度はお化け屋敷の最寄のベンチで号泣という事態になっていた。
「ちょっとタチが悪かったね。僕も怖いというか不快だったよ」
「だよねえ……くそぅ……」
「なんか飲み物でも買ってこようか」
「……ソフトクリームがいい」
「あいよ」
二つ買ってきて並んで食べた。
白い塊が減っていくにつれ彼女の目に少しずつ生気が戻る。
「ごちそうさま。ありがとう元気出た。糖分だいじ」
「ならよかった。次はどうしようか。観覧車なんかはどう?」
「うーん高いところはなァ」
「メリーゴーランドは?」
「回るのがやだなァ」
「じゃあゲームコーナーにでも行く?」
「悪くないね」
「なんか学校帰りにゲーセン寄るみたいな、いつもの感じになっちゃうけど」
「それでいいよ。それがいいよ」
そんなわけで僕たちはせっかく遊園地にきてずっとゲームコーナーで遊んだり、あるいは売店で買い食いしたりして過ごしていた。
有意義かと言われると微妙だが、それでも楽しかった。
イオちゃんもゲーム景品のぬいぐるみを抱えてゴキゲン。
こちらも嬉しくなるような良い笑顔だ。
「――あっもうこんな時間じゃんか」
そうこうしている内に時刻は十五時を廻っている。
「そろそろステージのほう行こ! ザゼンが私を待っている!」
「まだ早くない?」
「席とらなきゃでしょ! ほら早く!」
イオちゃんは僕の手首をひっつかみ駆け出した。
開演時間の十七時には二〇〇席以上はあると思われる座席はすでに超満員状態。
「ねっ早めに席取っといてよかったでしょ?」
「僕たちが来た時点では誰もいなかったけどね」
「おかげで最前列べストポジションを確保できたからいいじゃない」
やがてステージに司会者の女性がマイクを持って現れた。
『みなさまお待たせしましたー!』
客席から大きな歓声が上がる。複数アーティストが参加するイベントだけに客層はてんでんばらばら。イオちゃんいわくそのカオス具合が醍醐味なのだとか。
『それではまずはトップバッターのサプライズゲストにご登場いただきましょう! いまYoutubeで話題の超個性派前衛アーティスト!』
(前衛アーティスト……?)
「ジゴク・ファイヤー・ガソミソガールズです!」
「――――――――!?!?!?!?!?」
他の客たちも彼女たちの姿をみて驚いただろうが、僕の驚きはその比ではなかった。
「行くぞー! こんな浮かれポンチな場所ごとぶっ壊してやる!」
三人が演奏を始めると客席からは悲鳴が上がった。
「ぎやっ!」
「ひいいいいいいいいい!」
「耳が! 耳が!」
だが一方で一部の客からは熱い声援が送られている。もともとのファンがどうにかして嗅ぎつけてここに来たのか、或いはあの麻薬のような音を受容することのできる感性の持ち主だということだろうか?
しかしながら生粋のアイドル好きのイオちゃんには受け入れがたかったようで、
「うるさっ! なにこれただの騒音じゃん!」
など耳をふさぎながら叫んだ。
すると――
「おい! 聞こえたぞ! 誰が騒音だって?」
なんというジゴク耳であろうか! 最前列とはいえこの爆音の中、客の言葉を正確に聞き取るとは――
彼女は「ブッ殺す!」などと叫びつつ、楽器(?)を捨ててステージを降りてきた。
J・F・G・Gのライブにおいてメンバーが客とケンカするなど珍しいことではないが多くの初見客たちは唖然としていた。
(まずい! こっちにくる!)
慌てて逃げ出そうかとも思ったがもう遅い。ドクター・ヘルはもう目の前だ。
僕と思いきり目があったが、彼女はニヤっと笑いそれを無視。
そのままイオちゃんのほうに向きなおした。
「おうおう。そこのお召し物がキショイ女。誰が騒音だって?」
「だ、だって! 事実じゃない! やかましいっての!」
これはまずい。あらゆる意味でまずすぎる。
よしこうなったらイオちゃんを担いで逃げよう。そう決心したその瞬間。
予想だにしない乱入者があった。
「うるさいですわよ。ゴミクズ野郎さん」
現れたのは和服を着た二人組。ヘルを両手で突き飛ばして結果的にイオちゃんを助けた。
「えっ!? ZAZEN!?」
客席は騒然。
黒髪ロングで着物を着てる方――鉄風愁子がドクター・ヘルに食ってかかる。
「私たちの舞台の前に場ァ荒さないでくださいねチンカスゴキブリ団子」
この間テレビに出演していた様子からは想像もできない恐ろしい目つきである。
「なんだてめえら! 三流のインチキアイドル風情が邪魔するんじゃねえ!」
「誰がアイドルですか? 私たちはアーティストですよ? あなたはネットでバズって調子こいて芸術家ぶったただの基地外です。ねえアヒトさん?」
「是」
忍者装束のアヒトは深くうなづいた。
「あなたたちのこと、前から気に入らなかったんです。このたび潰させていただきますわ」
「へっ。潰すってなんだ。私とケンカでもしようってのか? そんな格好で?」
ケンカとなれば……ガソミソの側には圧倒的戦闘力を誇るマシンガンさんがいるが……それはそれでまずい気はする。
「ケンカではございません。貴殿がただのゴミクズであることを証明して差し上げます」
「どういう意味だ!」
「あなたがやってるようなおままごとは誰だってできるんですよ?」
「なに!?」
アヒトがいつのまにか手にしていたホラ貝を吹き始める。
同時に愁子も三味線をかき鳴らす。
二人とも一切調音をしていないような荒れきった音色だ。
愁子はそれに合わせて歌うのではなく叫んだ!
「これは……ジャパニーズシャウト!?」
凄まじい音の圧力。
突風が鼓膜だけでなくカラダ全体を揺らす。
僕はこらえきれずにその場で尻餅をついてしまった。
(これは――ドクター・ヘル以上の――!)
「へっ! 聞きましたか? シコシコ・ファイヤー・くそみそテクニックさん。これがプロとカラオケ好きのクソガキの違いですよ?」
「是」
(そ、その通りかもしれない……)
しかしこんなことを言われてドクター・ヘルが黙っているわけがない。
「ほざけ! こいつも聞いても同じセリフを言えるか!?
『殺殺殺イイイ殺殺自殺殺殺コロ殺殺殺殺殺殺死殺殺ガイガイ』」
(――その言牙は!)
ヘルは眉に皺を寄せてマイクを握った。――だが。
「――ッッッッ!」
彼女のマイクからはわずかな吐息が聞こえるのみで、いっさいの言牙は聞こえてこない。
「ハハハハハハハハハハハハハハ! どうしたどうした! おじけづいたのですか!?」
ヘルは歯を噛み締めている。目には涙が浮かんでいるようにも見えた。
「カワイイですねえ泣いちゃって! まァ素人相手に大人気なかったですか? さっさと帰ってご母堂のおっぱいでも――」
その瞬間。ステージのほうから異様な音がして振り向く。
ステージ上ではマシンガンが擲弾発射器、別名グレネードランチャーを構えていた。
まずい! あの子はヘルに敵対するものに対してはなにをしでかすかわからない!
「危なーーーーい!」
気づけば僕の体は勝手に動き、鉄風愁子に強烈なタックルを喰らわせていた。
「えっ――!?」
二人同体となって倒れた。僕の頭の近くでグレネード弾が爆発する。
(なんだ。ほとんどホコリが飛んだだけじゃないか。ただの威嚇か)
それはいいのだけれどどうやら頭を打ってしまったようだ。意識がもうろうとする。
(またか……最近よく気絶するなァ……)
「セイくん!?」
「モンスター!」
周りの喧騒がやたらとやかましく聞こえた。
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