第22話 気絶王
――目を覚ますと飾りっけのない真っ白な部屋にいた。
上体を起こすとそこには人生で一番よく見慣れた顔があった。
「お、起きた!? よかったー……」
「イオちゃん……」
どうやらここは遊園地の医務室のようだった。
部屋を見渡すと僕以外にも体調を崩して寝ている人が――。
「えっ!?」
部屋を見渡す過程で僕は思わず驚きの声を上げてしまった。
そこにいるはずがない人がいたからだ。
「稲村さん!?」
ドクター・ヘルではなく髪をおさげにしてメガネをかけた稲村愛さんがそこにいた。
「まあ驚くよねー。なんでも彼女もたまたまライブ見ててね、キミが運びこまれてるの見てわざわざ来てくれたんだって!」
稲村さんは無表情のままペコリと僕に会釈をしてみせた。なるほど。まあヘルの格好でここに来るわけにはいかないという事情は分かるが……。
「へへへ。こういうのもなんだけどいっぱいおしゃべりして仲良くなっちゃった」
そういって軽く稲村さんに抱きつく。
……なんといっていいやらわからないので話題を変えることにした。
「あのあとどうなったの?」
「うーん。あのあとすぐに警備員さんが来て二組とも脱兎のごとく逃げ出していったよ」
「そ、そうなんだ」
イオちゃんは深いため息をつく。
「こりゃまた炎上だなァ……。でも今回はあのガソミソガール? とかいうヤツらが悪いよねえ? 二人は私を助けようとしてくれてたよねえ!」
はじめっから悪意をもって突っかかってきていたようにも見えたけど、大ファンの彼女からするとそのように感じられたのかもしれない。
「目の前で見た二人……ステキだったなぁ。それにあのシャウト……なんだか心臓がドキドキしちゃって。アレすごくなかった?」
「うんまあ……」
稲村さんのほうをチラっと見る。メガネの奥の瞳はなんの感情も映してはいなかった。
「ますます好きになっちゃったかも……」
いずれにせよ二組の間に禍根が残ったことは間違いなさそうだ。
「っと! そんなことしゃべってる場合じゃなかった! お医者さん呼ばないと!」
――僕の体にはなんの異常も認められずその日の内に三人で帰路についた。
イオちゃんと稲村さんはそれなりに楽しそうに会話をしていた。
「じゃあねー! 今度は三人でちゃんと遊びに行こうぜ!」
その日の晩、マシンガンさんからはものすごい号泣をしながらの謝罪の電話があった。彼女が悪いわけではないので却って申し訳なくなってしまう。
グロテスクちゃんからも心配の電話があった。医務室に来なかったのはヘルに三人で押しかけたら迷惑だからと止められたからとのことだ。
……ヘルからは連絡がなかった。
どうしようか迷ったが、彼女の心境が気になって仕方がなかったので自分から電話をかけて見る。けれど留守番電話につながるばかりであった。
(あのときドクター・ヘルはZAZENに負けた。叫ぶことさえできずに。彼女は今、なにを思う?)
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