第20話 遊びに行きたいな

 こうした経緯で作成されたジゴク・ファイヤー・ガソミソガールズのファーストアルバム『ジャパニーズ・シャウト・フロム・ヘル』は自主製作CDとしては異例の大ヒットとなり、ガソミソの注目度はさらに急上昇。メンバーたちは各所のライブハウスからひっぱりだこになるだけでなく、インターネットのニュースサイトやときにはラジオやテレビなどのメディアからの取材も受けるようになり、多忙な毎日を過ごしていた。

 そのおかげといってはなんだが、しばらくの間ドクター・ヘルの方から僕にちょっかいをかけてくることはなかった。

 ジェットコースターのような日々を送っていた僕にようやく安息が訪れ、夏休み最終日が締め切りとなっている小説のほうに集中して着手することができた。

 自分でも驚くくらいに筆が進む。合宿がよい気分転換になったのだろうか? 一応の成功体験をしたことで自信がついたのだろうか? あるいはあの個性の塊である三人を主要キャラクターのモデルにしたことがよかったのかもしれない。とにかく今までで一番いい作品をものにしつつあるという自負はある。


 ――そんなある日。

「おはよー。今日はホットプレートスクランブルエッグだよー」

 などとイオちゃんの部屋のドアをノックするが返事はない。こんなとき昔なら部屋にずんずん入っていって起こしたのだが、近ごろはどうしていいか迷ってしまう。イオちゃんは平気で部屋に入ってくるのだから僕もそうしてもいいのかもしれないが……。

 そんなことをぐちぐち考えていると目の前の扉が勢いよく開いた。

「“お”は“よ”お”お”お”お」

 ……一目見て不機嫌だとわかる。髪の毛ボッサボサで眉間にはえげつのないシワ。目の下のクマもすごい。Tシャツも肩が丸見えなくらいよれよれである。

「だ、大丈夫?」

「とりあえず朝ごはん食べらぁ……おとうさんとお母さんは?」

「もう仕事行ったよ」

「ねぼっちまったか」

 イオちゃんは食卓についてもまだ眠そうに目をこすっていた。

「飲み物は?」

「牛乳~」

「あいよー」

 大量の溶き卵をホットプレートに流しこみ、お好み焼き用のコテでよいあんばいにかきまぜて空気を入れる。うまいこと半熟に焼きあがったところで僕はイオちゃんに目で合図を送ると、コテを見事に操り彼女が手に持つお皿に向かってふわりと黄色い半液体の物体をほおり投げた。

 ――ナイスキャッチ。この辺りの連携は完璧だ。

「じゃあいただきます」

「いただきマイケルダグラス! あー! 受験勉強つらい!」

 イオちゃんはそういいながらスクランブルエッグにケチャップをぶっかけた。乱暴に勢いよくかけたわりにはキレイなハートマークに『LOVE』の文字まで添えられている。これは去年の文化祭で出店したメイド喫茶にて身に着けた技術であるそうだ。

「勉強自体というよりもずっと部屋にこもってるのがつらいんだよなあ」

 ……頼まれてもいないのに年中無休で部屋に引きこもっている僕にはなんだか耳が痛いセリフである。

「暴れてえなあ……」

「まあ部活やってたときに比べると運動不足になっちゃったよねえ」

 彼女が所属していたのはバスケットボール部でポジションはPG。小さな体でちょこまかと動きまわり、ファールすれすれの強烈なアタックを連発するため、相手の選手には大変嫌がられていた。観戦していた僕が「彼氏だろ! ちゃんとしつけとけ!」などと言われたこともあるほどに彼女のバイタリティは際立ったものであったらしい。

「せめて遊びに行きたいなー」

 机につっぷしてなんとも弱弱しい子猫が鳴くような声でそうつぶやく。

「一日ぐらいいんじゃない。僕も付き合うよ」

「うーん。そうなるとどこに行くか悩むなあ」

「確かにね」

「どっかいいところ――――――――はっ!」

 彼女はほっぺたをテーブルにつけてスマートホンをいじっていたかと思ったら突然立ち上がり、部屋の反対側にあるテレビの主電源をつけ、本体を直接いじってチャンネルをクジテレビに合わせるとふたたび着席した。この間コンマ2秒。驚くべき敏捷性である。

「急に元気になるじゃん」

「あぶねーわすれてたー。今日は『ZAZEN』が告知でおざましテレビに出るんだった。たまたまツイッター見てて助かったワイ」

 ZAZENはイオちゃんが最も愛している二人組女性アイドルユニットだ。どこが好きなのかと聞いたら「とにかく顔! 顔が良すぎる! あんだけ生きてるだけで幸せをバラ撒けるのはヤツらしかいない!」と力説していた。

 ……一般的には和楽器を演奏しながら熱唱する点が売りの知る人ぞ知る実力派アイドルと言われているようだ。

「まあ音楽的なことはよくわからないけど、彼女たちの歌詞はすごいよね。引きつけられるというかなんというか」

「うんうん」

「作詞してるのは誰なの?」

「それがナゾなんだよね。クレジットはいつもミスター・Xってなってる」

 ……なんだか聞いたことのあるような名前である。その人も苦労してるのかなあなどと考えた。

「でも珍しいんじゃない? テレビに出るのは」

「そーねえ。あんなにかわいいし歌もすごいのになんで売れないんだろう? 普段はぶりっこしてるけど実はとんでもなく気が強くて、ちょっとムカつくこと言われるとすぐにブチきれて炎上するからかな?」

 ……間違いなくそれが原因であろう。

「なんかねシュウコチャンの方がね、実はあの鉄風財閥のご令嬢なんだけど親とケンカして家出してアイドルやってるんだって。そりゃ変わってるわけだよねー」

 ……ご令嬢ってやばい人しかいないのだろうか。

「こないだなんてミュージックスタジオでモリタさんのグラサンとカツラ吹き飛ばしてたし」

「えええ!? よくそれで干されないね!」

「それだけ実力がすごいってことでしょ。そんなザゼンが私は好きよ」

 両手を合わせて恋する乙女の瞳で天井を仰ぐ。なにはともあれここまで一人の人間をトリコにできるのはすごいことだ。

「そういえばさ。噂レベルなんだけど、彼女たちってウチの高校の卒業生なんだって!」

「ええ! そうなの」

「文化祭とか来てくれないかなー」

「OGならオファーすればワンチャンあるんじゃない?」

「そっかぁ。会長に頼んでみようかな」

 ややあっておざましテレビのスタジオにZAZENの二人が登場した。

 イオちゃんがキィヤ! と黄色い声援を上げる。

『今大注目のニューフェースアーティスト! ZAZENのみなさんでーす!』

 黒髪ロングヘアーの和服姿でちょっとぽっちゃりして可愛らしいほうが鉄風愁子、赤の忍者装束のスレンダーでかっこいいほうが透野アヒト――だったかな。

 司会者は簡単にプロフィールを紹介したのち、二人に告知を促した。

『はい! ビッグニュースがあります! 実は! なんと! 八月二十日の『夕楽園遊園地ビッグソニック』への出場が急遽決定しました!』

「おおおおおお!」

 イオちゃんや英二からの受け売りだが『夕楽園遊園地ビッグソニック』といえばこの手の遊園地でやるようなイベントとしては例外的にかなり規模の大きいイベントのはず。イオちゃんが興奮するのもムリはない。

『夕楽園遊園地ビッグソニックではさらにオープニングスターとしてビッグサプライズゲストの登場も予定しています! お楽しみに!』

「行きたい! 遊園地のチケットさえとれればチケ戦争する必要もないし――!」

「僕も付き合うよ。ちょっと先になるけどそれでもいいなら」

「えっ! それはその……」

 なぜかイオちゃんは急にデコペチをし始めた。

「どうしたの?」

「いや。いいのかなーと思って……セイくんイヤじゃないの……?」

「なんで?」

「だって遊園地っていったらバキバキのクソデートじゃん……」

 ……そんな風に言われるとこっちもちょっと身構えてしまう。

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