第17話 打ち上げ
公開収録終了後の控室。時刻は夜の二十二時ぐらいだったか。
「よっしゃ! 打ち上げやろうぜ!」
あれだけ叫んだ後またそんなに全力出さなくてもという声量でドクターヘルが提案した。手下の二人もおー! などとノリノリである。
「ばっちり会場準備してあるよー♪ 私たちは着替えてから行くけど、モンちゃんXくんもいっしょに着替えるゥ?」
「い、いいよ僕はこのままで!」
「そうぉ? 着替えたほうがいいとおもうけどなァ。まあいっか。そしたら先に会場に行っててー♪」
マシンガンさんに案内された通りエレベーターで最上階に上がり、『VIPルーム』と書かれた扉の前に立っている黒服さんに入場パスを見せる。
「どうぞお通りください」
そこには想像していたよりもさらに何倍も素晴らしい空間が広がっていた。
ヤシの木やハイビスカスの花で飾られた南国調のリゾートテラスの中心には水面がキラキラと七色に光る大きなプールがある。いわゆるナイトプールというやつであろうか? よくテレビなんかでは目にするが実際に見るとこんなにも綺麗なものなのかと驚く。それに上を見上げれば満天の星空。
「こちらにおかけください。どうぞごゆっくり」
テラステーブルに座ってそれらを眺めていると心が洗われた。こんな風にリラックスすることできたのはずいぶん久しぶりのような気がする。
(ああそっか。もしかしてマシンガンさんが言ってた『着替え』ってプールがあるからってことだったのかな。ということは……)
「よお! 待たせたな!」
「うお!」
三人娘の登場に思わず驚愕の声をあげてしまう。
みなさんがこの場所にこれ以上ないくらいにふさわしい水着姿で登場されたからだ。
グロちゃんが着ていたのは、可愛らしい赤と黒のチェック柄のフリフリワンピース。いつもの内臓色のスーツ姿もあれはあれでかっこいいと最近は思うようになったが、やはり彼女にベストマッチなのはこういった可愛らしいデザインではないだろうか? 金髪と赤と黒の水着、小麦色の肌のコントラストが美しくいつも以上にお人形さんのようだ。こんな看板娘がいるホルモン焼き屋さんなら週7で通いたい。
マシンガンさんはこれとは対照的といっていいビキニ姿であった。ブラジャー部分の布地面積はだいぶん少ない……というよりちょっと隠すべき部分が大きすぎてこうなってしまうのだろうか。柄も彼女が好むサイケデリックなカラーでド派手といっていいが、不思議と品のない感じはしない。また腰に巻かれたミニ丈のパレオがあえての黒で強めのアクセントとなっており大変おしゃれだ。目の毒な部分にまずは目が言ってしまうが全体で見ると綺麗めでセンスのいい形にまとまっているのはさすがである。
ドクター・ヘルが着ていたのはこれはもう過激としかいいようがないボンテージ調のセパレートの水着だった。真っ白い体を光沢のある黒色の『服』というより『紐』で包むその姿は挑発的極まりない。布地がスカスカな胸部の形状は彼女が小柄な体型のわりに豊かな胸を持っていることに気付かせてくれるし、あえてビキニ調ではなくホットパンツ調の下半身は脚線美をことさらに強調していた。脚には透過生地の黒タイツ、腕にも肘まである手袋をしている関係で露出度自体は決して高いわけではないのだが、全裸よりもよほど扇情的に思われる。それでもただエロいというだけではなく綺麗であると感じさせてしまうのが彼女はずるい。特に黒い紐と混じりあう銀色の長い髪の毛の美しさときたら。おそらくこうもこの水着が似合うのは彼女だけであろう。
――どうだ。この熱量!
われながらきしょいが書かずにはいられなかった。
「あー顔赤くなってるかわいいー」
僕のきしょい感情はどうやらモロに顔に出てしまっていたようだ。
「ちょっとなら触ってもいいよ♪」
マシンガンさんは僕の面前で前かがみの胸を強調したポーズをとってみせた。動揺のあまり「パトス!」などと意味不明な鳴き声を上げてしまい、それを聞いたドクターヘルが手を叩いて笑う。
「私のもいいぞ。ただしちゃんと苦しんで死ぬ覚悟があるならな」
などと胸のあたりの紐を緩めてみせた。
二人とも冗談のつもりだろうがちっとも面白くないし、ただただ心臓に悪いのでやめていただきたい。グロちゃんが二人に対抗してか水着のスカートを一瞬だけめくってみせて微妙に恥ずかしそうにしてたのはちょっと面白かったけど。
「と、とりあえず座らない?」
「だな。とっとと始めよう。飲み物持ってきてくれ!」
そういうとマシンガンさんのところのお抱えであると思われる、セクシーな肩だしの着物を着た女性たちが飲み物をトレイに乗せて持ってきてくれた。
「私が作った特製ドリンクだぜ。ほら好きなの選べよ」
好きなのといわれても色があまりにカラフルすぎてどれがなに味なのか判断が難しい。とりあえず無難なグレープ味であると願って紫色のドリンクを選択した。
「それでは! 公開収録が無事一人の死者もなく終わったことを祝しまして! カンパーイ!」
チチンとグラスを合わせ飲み物を口に運ぶ。
「げふっ! 大丈夫なのこの飲み物。ちょっと酔っ払うような感覚があるんだけど」
「アルコールは一滴も入ってねえよ。完全に合法だ」
「大丈夫じゃなさそう……」
まえまえから思っていることなのだが『合法』という言葉がもつ『違法感』には凄まじいものがある。
「なにびびってんだよ。今日あれだけのことをやらかした男が」
「お、思い出させないで!」
自らの痴態を思い出し頭を抱える。被害届のようなものが提出・受理されていなければよいのだが。
「盛り上がってたからいいじゃねえか。無意識にアレが出たってこたぁやっぱりおまえはリアルモンスターなんだよいい加減認めろってー」
「そんなことはないと思うんだけど……」
「でもすんごくかっこよかったよ。憎たらしいくらいに。殺意抱いちゃった♪ グロちゃんもそう思うでしょ」
「すごいすてき。モンちゃんXの十二指腸の形好き」
「はあ……」
またもや僕の脳内で実は全てどっきり説が浮上する。
「とにかく。我々は貴様の働きを評価しておる。今宵は腹爆ぜるまで食べることを許可しよう」
ヘルがヘイ! と指を弾くと4×4の16個並べられた七輪がカラカラと台車で運ばれてきた。その上にはちょうどそこに収まるサイズのまるごとの豚さんが乗っている。体全体が竜のウロコのようなものでおおわれており、頭にはバッファローのような弯曲したツノ、背中にはゴジラを想起させる鋭利な背ビレが生えていた。僕の脳裏にワシントン条約という言葉が浮かぶ。
可哀想に彼は七輪とマシンガンさんが操作する火炎放射器で挟み焼きにされていた。
「ちょっと火力たりないなあ」
ドクター・ヘルがそういって七輪の燃料である練炭にソシャゲーの最高レアリティのカードのごとく虹色に光る液体をふりかけると、みるみるうちに炎が真っ黒に変化した。まるで邪王炎殺黒龍波である。
「あまり食欲のわく絵面ではないねえ……」
「おいしいからぜったいにたべて」
「食べないと殺しちゃうよねー♪」
「うん。小腸とりだしちゃう」
「いただかせていただきます」
食べてみると憐れな彼は大変美味であり、特に内臓部は絶品であった。
「グロちゃん。これはなんていう部位なの?」
「第二魔臓」
「……まぞう?」
「ねえねえ。ゲームやろうよぉ」
この建造物のファーストレディであられるマシンガンさんがそう言うと、着物の女性たちがものごっつい重量感の拳銃を持ってきてそれをテーブル上にすらーっと並べてくれた。さらにナイトプールの上空にキラキラ光る風船が二十~三十個ほど浮かべられる。風船には100だの1000だのと数字が書かれていた。
「射撃ゲーーーム! 一番ポイントいっぱいの人が優勝~♪」
ヘルとグロちゃんはお揃いで指をポキポキと鳴らしてやる気まんまん。僕も正直面白そうだと思ってしまった。
「マシンガン! 商品もあるんだよなあ?」
「もちろん! ドクター・ヘルのリクエストにお答えしてございますー」
顔の横で可愛らしくパンパンと手を叩くと今度は銀のトレイに乗せてスイーツが運ばれてくる。
「これは……! ジャンポールエヴァンのチョコレートケーキじゃないか!」
そう叫んだのは僕だ。
「その通りだ。よく知ってるな」
「恥ずかしながら男のクセに大好きなんだ。こういったもの」
「気にすんな。私もこのクソキャラでありながら、ゲロシャブレベルの甘党だ。高級品だけでなく駄菓子にも目がねえ」
「僕もまったく同じ」
妙に親近感を覚えてしまう。イオちゃんや英二は焼肉とかラーメンが好物でスイーツにはぜんぜん興味がないだけに余計に。
「でも商品だけじゃつまらねえな。罰ゲームを作ろう」
ドクター・ヘルは水着の中で一番とんでもない箇所から試験管をとりだすと、ドリンクが入っていたジョッキのなかでなにやら配合し始めた。
「よっしゃ。負けたらこれを飲むことな」
できた上がったカクテルは紫と黒のまだら模様で恐ろしい腐のオーラを放っていた。
「これなにが入ってるの?」
「99%は水分だよ」
「のこり1%が気になるなあ……どんな味がするの?」
「味はおいしいよ。ただノドが異常にしびれて普通に健康に悪いだけ」
「一番問題あるやつじゃん……」
「まあまあ。負けなければいいんだから♪ はいこれ拳銃」
ううむ。腐ジュースは飲みたくないがケーキはなにがなんでも食べたい。
僕はぷるぷると震える手で引き金を引いた。
瞬間、銃声というよりは大砲のような音。手首がぶっちぎれそうな衝撃。
僕はギャグマンガみたいに水平に真後ろに吹き飛んで椅子から転がり落ちた。
「きゃあ! 大丈夫!?」
「素人にデザートイーグルはまずいだろ。エアガンとはいえ」
「ててて……ギリギリ大丈夫だけど、違うゲームがやりたいかなあ、初心者には難しそうで」
「じゃあロシアンルーレットなんてどう? シンプルだけど面白いよ?」
「おもしろくない!」
「やったことあんのかよ?」
「あったらいまここにいないから!」
「だいじょうぶ? ぶたさんのちんちんたべる?」
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