第16話 LIVE

 たぶんちょうど三時間ぐらい眠っていたのだと思う。

 潮風に乗ってきたざわざわとやかましい声で目を覚ました。

「ん……もう始まった?」

 ガチガチに凝った体を引きずって舞台袖に移動し外の様子をうかがうと、

「うわ……すげ……」

 ほとんどゲリラライブであるにもかかわらず客席はギチギチに埋まっていた。客の半数は強烈なパンクルックの男女だったが、窓際の席で静かに文庫本を読んでいるような女の子や、一ミリも害のないタイプのオタクのような男性も案外といるようだ。

 観客たちは三人がステージに姿を現すと同時に爆発を起こした! 空間を吹き飛ばすような巨大な歓声。

「いくぜ一発目! 『カパパ ライズラ ベベ アグロー』!」

 彼女たちが奏でる豪快でしかしどこか繊細な音と言葉は、客席の爆発をさらなる爆風にて押し返し、会場全体を燃えるような空気の渦で包む。その熱風に煽られたヤツらはパンク野郎も文学少女もみな一様に地面を踏み鳴らしながらドクター・ヘルの放つ言牙を共に叫んでいた。

 なぜか僕の胸にぐっとこみ上げるものがある。

 これはなんだ。よくわからない。けどひとつ言えるのは。

 ヘルやマシンガンさん、グロテクスちゃん、そして観客たちが叫ぶコトバは確かに僕が紡いだコトバだ。

 タコ部屋に閉じこめられてヤケクソで書いたものだがあの『言牙』は僕のものだ。

(やっぱり自分では全くいいとは思わないけどね……)

 苦笑を口元に浮かべながらステージを見つめていた。

 潮風が心地よかった。


 ――ヘルはとうとう僕がこの合宿で作った言牙をほとんどすべて、しかも休むことなく叫びきった。作ったばかりのモノをカンペを見ることもなくだ。やっぱりこの娘はすごい。善か悪かはともかく凄まじい才能は間違いない。

「よし終わりだクソ野郎! もういっさい叫ばねえ! アンコールなんてねえ!」

 ――いや才能だけではない。炎天下の中、汗だくになりながら何時間も叫び続ける気迫も怪物じみている。

「メンバー紹介いくぜー!」

(最後にメンバー紹介? 変なの)

「我が名はドクター・ヘル! この世界が抱える致命の病理を荒療治で治癒する殺人医師! パートはシャウト&エクスプロージョン!」

「私はマシンガン♪ 銃器大好きミリオタ変態ガンスリンガー娘♪ しかもそれを人に平気で向けるゥ♪ 殺人願望ありマース♪ パートはガンベースでーす♪」

「…………………………………………………………………………………………」

「よく聞こえなかったようだから代弁してあげるね! 私の名前はグロテクス! かわいい顔してキモいの大好き! 内臓以外じゃ濡れません! パートは臓器ドラムス!

 ――そしてェ!」

「「「ウィーアー! ジゴクファイヤーガソミソガールズ!」」」

 僕の前でやったのとまったく同じ自己紹介が行われた。

 それをなんとなく微笑ましい思いで聞いていると――

「そして! 今日私たちが叫んだ言牙! それはたった一人の狂人によって書かれた!」

「えっ!?」

「出て来い『モンスターX』! そこにいるのはわかってるんだよ!」

(そうか! 最後にメンバー紹介したのはこのためか!)


『モンスターX』!

『モンスターX』!

『モンスターX』!


 客席からも僕を呼ぶ声がする。Youtubeの動画にクレジットが乗ってしまったからファンも僕の名前を知っているというわけだ。

 逃げたい。地球の果てまで逃げまくりたい。

 だがそれはもはや不可能だ。

 僕はそこらに落ちていたタオルを顔にグルグル巻いて、エジプトのミイラのような状態でステージに上がった。

 客席からはざわめきと歓声が聞こえる。

 ヘルがいたずらっぽく笑いながらマイクを渡してきた。

(ど、どうしよう……。なんかしゃべるか!? でもなにを? ってゆうかどんなキャラで? 彼女たちの世界観を壊したらまずいか? 彼女たちの世界観ってなんだ? つーかしゃべったらただのオタク丸出しなことがバレるか? オタクというか陰キャラだな僕ゲームやアニメはたしなむ程度だし、文学オタクとは言わないよあんまり。でも4コマ漫画は好きだな。あれは頭からっぽにできるから。えっ? なんのこと考えてるの?)

 頭がぐっちゃぐちゃのカオス状態になる。やがて。

「ぎゃあああああああああ! どうすりゃあいいんじゃああああ! うおおおおおお!」

 そのカオスはとうとう僕の口から飛び出してしまった。そして。


 ――気づいたら僕は暴れていた。


 奇声を上げながらマシンガンさんから奪ったアサルトライフルを乱射、グロちゃんの七輪の上に乗っていた生焼けのでっかい内臓を客席に投げ込み、あげくに客席の椅子にドクターヘル作成の化学式がまったくわからない液体をぶちまけて火を放っていた。

 観客たちは逃げ惑う。

「ははは! 見たか! こいつこそが本物の狂人! モンスターXだ!」

 客どもはこっちの気も知らずけっこう楽しそうであった。

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