第15話 公開収録

「一〇〇言牙達成……! おめでとう……!」

 部屋の中央で半死半生の僕に三人からおめでとうおめでとうと拍手がおくられる。エヴァンゲリオンの最終回みたいだ。

「100時間以上かかっちまったがまあギリギリ許すよ」

「本当に頑張ったねえー生きてるのがフシギー」

「胃袋の形がいい」

 不思議なものでまったく眠くない。むしろ頭がさえてどうしようもない。別におかしな薬はヤッていないのに。

「さあ部屋から出ることを許可しよう」

「――!」

 僕はものすごい勢いで立ち上がると、ドアノブをひっつかんで一気に開け放つ。

 ――待っていたのは別世界だった。つやつやと光る真っ白い壁、美しいペルシャ調の絨毯、上を見ればシャンデリア。グランドホテルという映画で見た超高級ホテルの廊下を彷彿とさせる。

「ここがどこかわかるか?」

「高級ホテル?」

 ヘルは「ブー!」などと言いながら腕をペケの字にクロスさせた。なんだかテンションが高いというかゴキゲンである。

「ここはな。マシンガンのオヤジが経営する演歌のプロダクションのレコーディングスタジオだぜ」

 なんと! マシンガンさんの実家は反社会的組織ではなかったのか!

「そーそー。893プロダクションって言うんだけど聞いたことない?」

 前言撤回……。

「ここの設備はすごいんだぜ。見せてやるよ」

 ちょっと歩いたところには『お嬢様専用ルーム』と書かれた立派な鉄の扉があった。

 扉を開くと中には高価そうなスタンドマイクに立派なスピーカー、ちょっと名前があっているかあやしいけどアンプやエフェクター、それに全く初めて見るような機械類も多数備えられている。これらはすべてレコーディングに使う機材であろう。素人ながら本格的な設備であることは十分にわかる。

「へーすごいなー。よくわからないけどとりあえずカッコイイ」

 ヘルはなぜか腕を組んで仁王立ちのドヤ顔であった。

「夏休み中ずっとここに詰めてレコーディングする感じなの?」

「ああん? なに言ってんだ。今日中に全部録るに決まってんだろ」

「ええっ!?」

「それと。ここでは録らねえよ。もっといい場所があるんだぜ。来な」

 ヘルは僕の手を乱暴に握るとぐいぐいと引っ張って走る。彼女の手は竜の鱗のようにザラザラで爪も鋭いので血だらけになってしま――うようなことはなく、柔らかくてしっとりした手だった。

「オラァ! ここだ!」

 走りこんだ勢いで大きな観音開きの扉を前蹴りでブチ開くと――

「うおっ! まぶしっ!」

 そこにあったのはキャパ500人以上はありそうな広大な野外ステージだった。演歌のためのステージらしく派手な和風の装飾がほどこされていてなかなかかっこいい。しかもステージの反対側には見渡すかぎりの海。

「ヘルさん。ここは一体どこ?」

「静岡県は伊豆半島の熱海だよ」

 ……なるほど海があるわけだ。バイクもけっこう乗ったもんな。

「まあまあいい場所だろ?」

「うん。そうかもね」

「気持ちいいんだぜ。ここで叫ぶの」

 ステージに立ってみる。

 海から吹く潮の香りのする風が髪を揺らしてここちよい。

「ここで公開収録ぶちかましてやる!」

「公開っていってもどうするの?」

「今から呼ぶに決まってるだろ」

 彼女はスマートホンでSNSを立ち上げこんな風につぶやいた。

『死ね! いまから3時間後ライブやるから来い! 蛆虫! 羽虫! 場所は画像参照! 来なかったら殺すし来てももちろん殺すからな!』

 なかなかな無茶ぶりである。まァ熱海なら東京からでも確か新幹線で1時間程度、頑張れば来られないこともないが。

「よっしゃマシンガン、グロテクス! 準備始めるぞ!」

 そういって三人は舞台裏に走った。

「あっ僕も手伝うよ」

 するとヘルは僕の胸倉をひっつかみ、舞台裏隅っこに置かれた小さなソファーに僕を押し倒した。

「寝てろよ。疲れただろう」

 口元にはにやりと邪悪なほほえみ。そしてそのままどこかへ走りさってしまう。

 僕はたった一人舞台裏に残されてしまった。でももう追いかける気力はない。

 波の音だけが聞こえた。なんだかさっきまでが信じられないくらい静かで、心のよどみが癒されていく。彼女なりに僕に気を使ってくれたのだろうか?

「ほんと……変な娘」

 天井をぼうっと見あげているとやがて眠気が襲ってきた。

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