第14話 【Red Acid Dragonute】

 時計がないのでこの部屋にカンヅメとなってどれぐらい経ったのか正確にはわからないが、どうやらもうかなりの時間が経過したらしく、また『見張り』の交代の時間がやってきた。

 今度はグロテクスちゃんの出番だ。

 彼女はふわふわとした足取りでちゃぶ台を挟んで真正面に立ち、僕の目の前で豚の大腸をぶらぶらさせ始めた。五円玉を揺らす催眠術みたい。これが彼女なりの脅し方なのであろうか。前の二人のように手荒なことをしないのは助かるが、たまにほっぺたに当たってぺっちぺっちと妙なる音がする。

 さて。今度は彼女が叫ぶ言牙を書かなくてはならない。またヒアリングを開始しよう。なんだかちょっと慣れてきているのが自分で恐ろしい。

「ねえ。グロテスクちゃん」

 僕はとてつもなく気になっていたことを満を持して尋ねてみた。

「なんで内臓が好きなの?」

 すると質問に答える代わりにグロテスクちゃんは例の赤いスーツのポケットからチラシを取り出す。それにはこんな文字が書かれていた。


『老舗ホルモン焼 臓物の小林』


「へえ! もしかしてご両親がやってるの?」

「パパママじゃない。おじいちゃんおばあちゃん」

 このとき初めてグロテスクちゃんの声を聞いた。見た目から想像する以上に可愛らしくアニメのマスコットキャラみたいな声であった。イオちゃんが聞いたらさぞかし発狂するであろう。

「僕もけっこう焼肉好きだよ。ウチでは定番なんだ。ホットプレート使ってさ。グロテスクちゃんのところの焼肉も食べてみたいなあ」

 そういうと彼女は無言のままスタスタと部屋の外へ出た。ドアは開けっ放し。今のうちに逃げられないかなあなどと哲学的なことを考えている内にグロテクスちゃんは戻ってきた。

「えーとそれは……」

 彼女は右手に七輪を左手に大量のホルモンが乗った大皿をもっていた。おどろくべきパワーである。

「ちょっとまって」

 七輪の中の練炭にチャッカマンで火をつけ、しばらくして火の勢いが強まったところで網の上にホルモンをすこしづつ乗せていく。いつも無表情の彼女が真剣な顔で火加減を調節している姿はなかなか印象的であった。

「焼けた」

 焼き上がったものに豪快にタレをつけてあーんしてくれる。嬉しいシチュエーションだがこちらを見つめる目があまりに直線的すぎてちょっとだけ怖い。

 僕はおそるおそるそれを口に運んだ。

「こ、これは――!」

「どう?」

「すっごくおいしい!」

 僕がそういうと彼女はそのいつも凍りついたようになっている顔を瞬時にふにゃっとトロかせて子供みたいに笑った。

(か、かわいい!)

 あまりにかわいいので、普段そんなことをするタイプではまったくないのだが、思わず頭をなでなでしてしまった。嬉しそうに目を細めてくれてなおのこと愛らしい。

「たれの味も最高だし、食感がちょっと味わったことない感じ。これってどこの部位なの?」

「これは『きんつる』。ちんちんの付け根。こっちは『どて』。肛門。『ホーデン』もおいしいよ。キンタマ」

 聞かなければよかったとも思ったが、どれもおいしくてなんだかんだすべて平らげてしまった。

「ごちそうさま! ホントにおいしかった! お店にいけばこれが食べられるの?」

 コクリ。

「じゃあおじいちゃんおばあちゃんの店絶対行くよ」

「おじいちゃんおばあちゃん大好き」

 少しだけ微笑みながらそんなことをつぶやく。いまどきなんという健気な娘だろうか。天然記念物に指定したい。

「もっと繁昌して欲しい。さいきんちょっとぴんち」

「そっかあ。どこも厳しいんだねえ」

「宣伝のためにガソミソの活動頑張ってる」

 なるほど。方針が正しいかどうかはともかく彼女に是非とも協力してあげたい。

「ちなみにグロちゃんはどうやってガソミソに入ったの?」

「マシンガンにスカウトされた」

「へえ。そっちなんだ」

「あのコあぶなっかしい。わたしが守ってあげないと」

「……うん。そうだね」

 そんな優しい彼女への思いを込めて――


【Red Acid Dragonute】


俺の中にいるモンスター

細長く蠢く貴様

死ぬときに見る赤

虹色に熔けた鉄の匂い 鼻、破壊して

ブヨブヨしていやらしいったらねえ

極彩色の酸を吐き 人肉をぬるぽぴにとろかすぜ


どこにいる?

そこにいる

俺のおキャンや貴様のおめこの上辺り

やぱぱおびれと動いている

もうー! いや!

こんなのって蠕動運動!


レッドアシッドドラゴニュート

さあ見せてくれよ

なにも隠せない ヴァミリオンライト

ドロドロに溶けた レッドスピネル

おためごかしはもう辞めな


レッドアシッドドラゴニュート

そしてそいつは焼いてしまおう

東京都大田区東馬込1―1―2にあるあの店で焼いてしまおう


※ 電話番号! 0・1・1 1・2・3 7・8・9!


※18回繰り返し



「どうかな?」

「……………………五回泣いた」

 ちょっと視覚にだけ頼るとその瞳はビー玉くらい乾いているように見えるが、彼女の言ったことはたぶんウソではない。

「ありがとうモンちゃんX。モンちゃんXの臓器の形好き」

「う、うん。喜んでもらえたならよかった(モンちゃんX……?)」

「音源できたらお店でも流すね」

 ……めっちゃうるさそうだけどまあいいか。

「ねえ。ここ座って」

 彼女は僕を後ろから抱きしめると、お腹の辺りをぐにぐにと揉んだ。

 これは『臓器ハグ』という彼女独特の愛情表現らしい。

 ちょっと痛いけど翌日お腹の調子がとてもよい。

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