第13話 【ハッピーハッピーホリデー☆(うどん)】

 数時間後。『見張り』の交代の時間がやってきた。

 ドクター・ヘルにかわりマシンガンさんが僕の隣に座り、銃をこめかみに押しつける。顔には穏やかでしあわせそうな笑顔。そら恐ろしい。

 どうも今度は彼女・マシンガンさんが歌う、いや叫ぶための言牙をつくらなくてはならないらしい。

「さーてどんな言牙ができるかなー楽しみだなー♪」

 しかし。前述のとおり彼女のことを僕は元々ほとんど知らないし、あれからけっこうな時間を一緒に過ごしたが僕の脳内メモリのマシンガンさんのデータは全くと言っていいほど増えていない。彼女とゆっくり腹を割って話すようなことはなかったからだ。

「あの……マシンガンさん」

 そこでちょっと会話をしてみることにする。

「なあに?」

「その手に持ってるやつはカテゴライズとしては何になるんですかね?」

「これ? 『Vz61』別名『スコーピオン』。カテゴライズはサブマシンガンだよ」

「いえそうではなくて。モノホンなのかエアガンなのかが気になってまして」

「じゃあ見せてあげるよ」

 彼女はビシっと立て膝のポーズを取り銃をかまえると、壁に向かって乱射して見せた。

「ほら。みてのとおりエアガンだよ」

「壁にヒビ入ってるんですけど……」

「やだなあ。モノホンだったらこんな壁なんかこっぱミジンコだよ? それに本物はこんなにやたらと大きな音はしないの。これはあくまでも楽器。いい音がでるように改造してるんだ」

「それならよかったです。よいのかな……?」

「でもねホンモノを型にとって忠実に再現してるから完成度はすごいよ。見てよこの辺りのラインがね――」

 家には本物があるのでしょうか? という言葉を発することはできなかった。

「マシンガンさんは銃がお好きなんですね」

「うん。大好き♪ 父の仕事の関係でウチにこういうのたくさんあって子供のころから親しんでたから」

 なんとなく彼女のほっぺたに書かれたMAFIAという文字が目に入った。

「他に好きなことはあったりしますか?」

 言牙作りのヒントになるかもしれないと思いそんなことを尋ねてみる。

「うーん洋食より和食が好きかな? それと麺類。太麺がすきー」

 びみょうにピントのずれたアンサーが返ってきてしまった。でも参考にならないことはないかもしれない。

「趣味はありますか?」

「そうねぇ。一人ロシアンルーレットかな」

「……あれって一人でやる意味あるんでしょうか?」

 なんかおかしな質問をしてしまったが、彼女は思わぬ角度から答えを返してきた。

「一人でやる理由はね。死にたいから」

 普段と全くかわらない穏やかな口調に背筋がぞっとする。

 なぜですか? などと尋ねることはできなかったが、彼女はあっけらかんとした口調でその理由を語ってくれた。

「愛ちゃんと出会ったのは中学生のときのこと。一目見て好きになったの。あの儚げな雰囲気と内に秘めたエネルギー。彼女が高校に入ってジャパニーズシャウトを始めたとき、もちろん全力でサポートしたわ。彼女は私に感謝してくれている。でもね」

 まったく表情を変えぬまま、彼女の瞳から一筋の涙がこぼれた。

「彼女が私と同じ気持ちになってくれることってあると思う?」

 頬にたれた雫をスコーピオンの銃口でふき取る。

「でも! 別にいいの! 大事なのって私の気持ちなんかじゃない。私は愛ちゃんが幸せでさえあればそれでいいんだあ!」

 拳を握りしめながら上ずった声で叫ぶ。ドクター・ヘルにも負けないような声量だった。

「あなたは。彼女を幸せにしてくれるのかなあ」

 そういって銃を喉元につきつけてくる。

「複雑だけどそれならそれでいいや。でももし幸せにしないんだったら――」

 そしてそのまま沈黙。

 …………沈黙は一時間にも二時間にも感じられた。

 彼女はスローモーションのようにゆっくりと銃を降ろすと――

「もちろんぜんぶ冗談だよ♪ さあさあ書いて書いて♪」

 僕の左腕に両腕を絡めながらあり得ないくらいに明るい声で言った。

 胸がとっても当たっているが嬉しさよりも恐怖感のほうが強い。

「ポップでキュートなラブソングがいいなー」

「わ、わかりました」

 なにがわかったのはわからないが、少なくとも言牙作りのヒントはあった。

 ……ような気がする。


【ハッピーハッピーホリデー☆(うどん)】


ハッピーハッピーホリデー☆

うどん!

さあ出かけよう愛しいキミと

お気に入りのスクール水着で

おどん!

ほら太陽がいやっちゅうほど照ってるよ

ドライブに行きたいな

キミのかわいい 窓が全部われたどどめ色の軽自動車に乗ってさ

ねえ愛の歌を聞かせてよ私はコーラスで

死にたーい☆ って叫ぶから


ああキミさえいれば

天気もへったくれもなく幸せ!

うどん!

全てが輝いて見えるよ!

カレーうどん!

さあ叫ぼうよキミと私は

死にたーい☆



 完成したレポート用紙を見せると彼女はキヤアアア! と奇声をあげて喜んでくれた。

「ポップでかわいいし、私の気分にぴったり! それにうどんが入ってるのがいいね! 蕎麦とか言ってたらコロしてたかもー」

「ははは……」

「ありがとう遠慮なく書いてくれて。これなら思いきり叫べそう。愛ちゃんも喜んでくれるかな」

 そういってレポート用紙を抱きしめる。

 あまりにも無邪気な笑顔。その胸にはどんな感情が去来しているのだろうか。

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