第12話 【カパパ ライズラ ベベ アグロー】
えらいもので走っていた間の記憶がない。
ただただ必死に抱きついていたこと、目的地に到着した瞬間キョウレツな眠気におそわれ地面に倒れ伏したことだけは覚えている。
――何時間後かわからないが、激しい頭痛を感じながら目を覚ました。
案の定というかなんというか。眼前にはジゴク・ファイヤー・ガソミソガールズの三人娘が完全装備状態で雁首をそろえていらっしゃった。ヘルは僕のお腹の上にあぐらをかいて、マシンガンさんは銃をつきつけて、グロテクスちゃんは内臓を人の顔の前にぷらぷら垂らして、みな一様に僕をじっと見つめている。
「おはよう。男の生寝顔ってキショ面白いな。写真いっぱい撮っちまった」
部屋はなんの家具もない四畳半の和室だった。レトロすぎる白熱電球が部屋を照らしている。窓すらないから今が昼か夜かもわからない。
「ええっと……これはどういう状況……?」
「まあまずはこれを見ろよ」
ドクター・ヘルがえげつないほどに彼女らしいスマホケースと案外かわいらしいストラップで装飾されたスマートホンを僕に手渡す。画面に表示されているのはどうやら『J・F・G・G』のチャンネルの動画のようだ。
「えっ!? 再生回数五十万回!?」
「こないだ地下で録音した動画だ」
「ってことは僕が書いた……」
「そのとおり」
自分の黒歴史が五十万人もの人々に視聴された。恐るべき事態である。額から変な汗が出た。
「チャンネル登録者数も五万人か……すごいね……」
「そういうことだから。今こそファーストアルバムを発売することにした。それもただのアルバムじゃねえぞ。前代未聞の一〇〇言牙収録の十枚組アルバムだ」
「そんなに言牙あるの?」
「あるわけねえだろ。おまえが書くんだよ」
「へっ!?」
「いいか七十二時間寝ずに書け! おまえなら簡単だろう」
「ムリムリムリ!」
「大丈夫。そういうおクスリあるから。ミュージシャンみんなやってるから」
「ダメっ――ぎゃあああああ!」
というわけで。四畳半の部屋にちゃぶ台とレポート用紙、それに大量の鉛筆と鉛筆削りが持ち込まれ、僕の『作言牙』作業が開始された。
隣ではドクター・ヘルが一回も見たことがない色の液体が入った水鉄砲をこちらに向け僕を脅迫している。危機的な状況ではあるが、彼女が「そんなに寄る必要ある?」というくらいぴったりと体をくっつけていることばかりが気になってしまう。柔らかい感触と優しい柑橘系の香水の匂い。彼女のイメージとはどうにもギャップがあり、恐怖とか緊張とは別に妙に落ち着かないそわそわとした気分になってしまう。
「ほら。早く書けよ」
「そう言われても」
「思うままに書いてくれりゃいいんだよ。おまえは天才、イヤ怪物なんだから」
そんな風に言ってくれる。まったく嬉しくないわけではないが――
「キミは褒めてくれるけど。僕には自分の作品の良さがさっぱりわからない」
そういうと彼女は僕の耳たぶに思いきり歯を立ててきた。わりと本気で痛い。しかしそれと同時になにか変な想像をしてしまう。いまは密室で二人きりだから余計に。
「シャウトって人に聞かせるためのものなんだぜ。自己満足なんてクソくらえだよ。小説だってそうじゃねえのか」
「それはそうかもしれないけど」
では人を喜ばせるためのことを書けばいいのか。そう考えを切り替えてみても筆が進まないことに変わりはない。
「そうだ……ドクター・ヘルさんにひとつお願いしたいことが」
「なんだ」
「バイト先に連絡だけしてもいい?」
「バイト?」
僕は自分が親戚の家に居候する身であり、その料金というか気持ちばかりのお金を収めるためにアルバイトをする予定であったことを告げた。普段自分からこの話をすることはほとんどないが、なぜかドクター・ヘルに話すことに抵抗はなかった。
それを聞いた彼女から全く予想だにしない反応が却ってくる。
「ウチと一緒だな」
「えっ? なにが?」
「私にも両親なんかいねえ」
頬杖をついて無表情でそっぽを向いている。
そういえば奨学金で寮暮らしをしているとイオちゃんに聞いていたが――。
「いくら稼ぐつもりだったんだ?」
「一週間で七万円ほど」
「ふうん」
彼女は机の上にスマートホンを放り投げた。
「使えば」
「ありがとう」
トゲトゲがいっぱい生えたスマートホンケースを少々もてあましながらもバイト先に電話をかける。急に部活動の合宿に参加することになったと理由を説明したら「オッケーオッケー青春優先」とのことで特に怒られるようなことはなかった。いい人というか器のでっかい人で助かった。
「ありがとう。かわいいね。オオカミのフィギュアストラップ」
彼女はスマートホンを無言で受け取り再び水鉄砲をかまえる。
憂いを払ったはいいけどどうしたものか。
「一曲目だからスピーディーで疾走感あるやつを頼むぜ」
「疾走感……? そうだ疾走感といえば――」
「お?」
僕の筆がようやくゆっくりと走り始める。
始まってしまえばそれはたったの五分で完成してしまった。
【カパパ ライズラ ベベ アグロー】
マンガみてえな効果線が見える
風景が霞む
天上も窓もねえ夢幻の水銀燈
月光のルナチウス
吐瀉物のゲロチヌス
こいつのブレーキは壊れている
俺は誰かに請われている?
なんでもいいや
砕け散れツボ原人
破壊しろカタツムリ
死にさらせ葱ボウズ
時速はもう950円
クワイ? クワイではない。
カパパ ライズラ ベベ アグロー
サワラ メキルサ ババ ナクヲー
タパパ ファイブラ テテ カニノー
ワワワ ワイヲワワ ワワ ワイヲー
意味はねえよ キミはいねえしよ
書きあがった物体をおずおずと見せると彼女は一瞬にして目を輝かせた。
「おお! ゴリグソ暴れきってるじゃねえか! こりゃあ今日のツーリングのことを言牙にしたんだろ?」
「よ、よくわかったね」
「わかるに決まってんだろ! 運転してたんだぜ? そうかそんなに楽しかったのかー? 仕方ねえなーまた連れていってやってもいいぞ」
指に毛先を巻きつけながらそんな風に捲し立てる。ちょっとかわいいと思ってしまった。
バイクの運転ももうちょっとかわいくして欲しいとも思わないじゃないが。
「よし! じゃあちょっと待ってろ!」
ヘルは素早く立ち上がると部屋の外に出た。扉は開けっ放し。今のうちに逃げられないのかなあ――などと哲学的なことを考えている内に彼女は戻ってきてしまう。
「ほれ。これをやるよ」
ドアを後ろ手で閉めながら、輪ゴムでいい加減にくくられた紙束をほおり投げてきた。
「ちょっ! これはなに!?」
「見たことねえのか? 金、マネー、日本銀行券だよ」
厚みから察するに福沢先生が軽く二十人はいらっしゃる。
「知ってるよ! そうじゃなくてなんでこれを僕に渡すの?」
「誕生日プレゼント兼印税だよ」
その二つをいっしょくたにしているのは初めて聞いたし、僕の誕生日ば三月十六日だ。
「動画の広告料金でユーチューブからカッパいだあぶく銭だから気にするな。つーかおまえが書いた『リテラルスレイブモンスター』の動画の分も含まれるし」
「でもこんな大金……」
「いらねえならグロちゃんの七輪の燃料にして有効活用するからどっちでもいいぞ」
「イリマス!」
動揺のあまりグリマスと同じイントネーションで叫んでしまった。ただしくはポーツマスと同じであるべきである。
「ちょっと炙って酢飯ときゅうり巻いて食ってもいいし、煮詰めてごはんですよみたいにして食ってもいいぞ」
というわけで思わぬ臨時収入を手に入れてしまった。生活費に入れた以外はなんに使ったかさっぱり覚えていないがいつのまにかなくなっていた。
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