第11話 夏合宿
その後しばらく――一学期のあいだは比較的平穏な日々が続いた。
ドクター・ヘルからちょこちょこ音源のチェックをしろだの、衣装の洗濯を手伝えだの、グロテスクちゃんの勉強を見てやれだの、ヒマだからなんか芸をしろだのと呼び出されてはいたが大きな事件はなし。期末試験の勉強をして、試験を受けて、試験休みはゆっくり休んで――。そんないつものサイクルを大過なく過ごすことができた。
この間に起こったことを他に強いて書くとすれば、イオちゃんのホットプレートパンケーキに端をはした空前のホットプレート料理ブームくらいだろうか。毎日パーティーみたいで楽しかったけど、胃の調子がずっと悪かったのを覚えている。
――本日は終業式。
校長ティーチャーの訓辞トークがいつも以上に長ボーリングだったという以外は特筆すべきことはなし。いつものようにイオちゃんと一緒に教室を出ると、
「おっ。あのチャラい後頭部は。おーい」
英二ともエンカウントした。これもいつものパターンだ。
「ねーねー聞いてよ英ちゃん。コヤツがね」
イオちゃんが僕の背中を叩きながら不平不満を述べる。
「夏休み入ったらすぐにリゾートバイトなんだってー」
「えっ今年もか? 三年生なのに?」
英二が驚いた顔で言った。いつのまにかすっかりチャラく仕上がってしまっていたが、こういうふとした表情は子供のころとまったく変わっていない。
「たかが一週間だよ」
「いつから?」
「今日の夜向こうに行く。仕事は明日からかな」
「いいって言ってるのにさあ」
「えらいよなー。なかなか真似できない。普通に尊敬できる」
僕がアルバイトに精を出すのは山口家に生活費をほんの二万円ばかり毎月入れているからだ。山口の両親には不要だからキミの将来のために貯金していると言われているが僕の気持ちの問題だ。
「まあイオちゃん。やらせてやんなよ。将来、絶対役立つぜこういうのは」
「自分バイトなんかしてないクセに」
イオちゃんは腕を組んで口を尖らせている。おでこにじゃっかん赤みがさしていた。
「まあともかく帰ろうよ。三人でゲーセンでも行かない?」
僕がそう提案すると、
「それが……期末試験の結果により補修ということに相成っておりまして……」
イオちゃんは気まずそうに両手のひとさし指をつんつんと合わせる。
「だってZAZENが前日にオールナイトライブ配信なんてやるんだもん!」
「奇遇だな俺もだ」
英二はまるで悪びれる様子がない。
「へー教科は?」
「現国。現代国語」
「なんでやねん! 出版社の人にバレないようにしなよー? ザコだと思われるから」
「関係ねーだろそんなの」
二人はつれだって第二校舎のほうへ行ってしまった。
(仕方がない。一人で帰るかなぁ)
一歩足をふみだした瞬間、心の隅っこになにかがひっかかる感覚があった。
なんだろう。なんとなく物足りないのは。
(そういえば終業式に稲村さんいなかったような……)
そんなことを考えながら校門をとおりすぎようとした瞬間、視界にとてつもないバイクが飛びこんできた。
なにがとてつもないのか。もう全てがとてつもなかった。停車している状態なのに耳がわれそうなエンジン爆音、メタリックレッドカラーに染め上げられたボディ、雄バッファローの角のような形をした長~いハンドル。ガイコツの絵が描かれたヘルメットを被ってその怪物マシンに載っているのは、意外と小柄な髪の長い女性だった。
さあこっからどうなる?
ご察しのとおりそのバイクは僕の姿を発見するや、こちらにフルスピードでつっこんでくる! 運転手はスピードを保ったまま僕の胴体に腕を巻き付けて、ムリヤリ後部座席に座らせた。
「ドクター・ヘル!」
「おっメット被ってるのによくわかったな。少しは仲良くなれたかな」
「わかるよ! 御用はなんですか!」
「おまえボーイは知らねえと思うから教えてやんよぉ。世間は今日から夏休みなんだぜ」
「知ってるけど」
「夏休みといえばなんだ?」
「えっ? 海とか……縁日とか……?」
「バカ。夏休みといえば合宿だろうが。夏合宿」
「まさか……」
「今から連れてってやるよ! この足で」
「やっぱり!」
「嬉しいだろ? 私とお泊りなんて――おっと。ちゃんとつかまっとけよ? 落ちたら即死だからな」
スピードメーターが一瞬にして100キロを超える。
僕は必死にドクター・ヘルのお腹に腕を巻き付けた。
「ははは! くすぐってえ! 甘ったれんな殺すぞ!」
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