第10話 ジゴク・ファイヤー三人娘
放課後。こんこんとノックをして理科室に入った。例によって部屋の電気はついているが誰もいない。掃除ロッカーには例のごとく『ココニハイル』というまるっこい文字がかかれている。
僕は前回同様そのエレベーターに乗り込んだ。後で聞いた話だが、エレベーター及び地下室はドクター・ヘルが一年生のころに施工工事を独力にて行ったものらしい。本人いわく学校サイドに許可こそ取ってないが、別に『掘るな』とはひとことも言われていないのでまったく問題ないとのことである。
エレベーターが『地下室』に到着するや思わず「ぎゃっ!」という悲鳴を上げてしまった。薄暗い部屋の天上から太くて長い物体が無数にブラさがっていたからだ。ぶよぶよ、ぐにゃぐにゃした質感。色は暗くて判別しづらいが恐らく黒に近い赤。長さは床につきそうなくらいだから三メートル以上はあるだろう。太さは例えが悪いがちょうど人間の胴体ぐらい。いままでの人生で目にしてきた物体のなににも似ていない。
身の危険を感じた僕は踵を返して逃走を企てた。――が。
「――あらあ?」
こめかみに冷たく固い感触。どうやらなにか金属をつきつけられているようだ。視線をずらしてモノを確認したところそれはどうやら拳銃。B級のアクション映画に出てくるような恐ろしくゴツイオートマチックだ。突きつけている人物の姿はよく見えないが声から察するに恐らく女性であろう。
「なんのご用事? 返答次第では……」
品のある透き通った声が却って恐ろしい。首筋から滝のように汗が滴り落ちた。僕はカラカラに乾いた喉でなんとか言葉を紡ぐ。
「ドクター・ヘルに呼ばれて……!」
するとコメカミから冷たい感触が消えた。
「ああ、あなたが。これは失礼なことをしたわ。話はウチのヒトから聞いているよ。ようこそ宮原文星くん」
彼女は優し気な声でそういうとパチンと電気をつけた。普通に灯りがあることになんか驚きである。
「私は『マシンガン』っていうの。よろしくね」
明るい照明の下で見た彼女はドクター・ヘルの仲間というだけあって、勝るとも劣らず奇妙な格好をしていた。着ていたのはなんとウエディングドレス。ただし普通のモノではない、純白の生地にはペンキでも飛び散ったような虹色のまだらもようがほどこされており、しかもところどころ切り裂かれてボロボロになっている。スタイル抜群な彼女がそれを着る様子ははっきりいって素晴らしく扇情的であった。両目はドクターヘルと同じように赤で縁どられ、ほっぺたには『MAFIA』の文字。茶色い髪の毛はダイナマイトでセットしたかのようにボサボサのぐちゃぐちゃだ。奇矯なスタイルでありながらどこか目を奪われるような美しさがあるのもドクター・ヘルと同じ。またそんな格好をしていてなお整った美しい目鼻立ちをしているということがわかる。
しかしこの人どこかで……。
「どうしたの? 私の顔なんかそんなに見つめて」
「まさか……生徒会長ですか!?」
マシンガンさんは両手を口に当てて驚きを露わにした。
「あれえ!? なんでわかったのー?」
「えーっと。その……毛先のカラーで」
ぶっちゃけこれはウソだ。はっきり申し上げてスタイル、ってゆうか胸の大きさでわかったのである!
彼女は自分の毛先をつまんで目の前にもってくると、ペロっと舌を出してみせた。
あまりこういう茶目っ気を見せる人という印象がないので少々驚く。
「身バレ早かったなァ。じゃあもう『三人目』も紹介しちゃいましょう」
「こ、こちらにいらっしゃるんですか?」
同学年なのになぜだか敬語になってしまう。
「おーいグロちゃーん」
マシンガンさんの呼びかけに応じて、一人の少女が天井からぶら下がった物体の影からまったくの無音にて現れた。
金髪をハリネズミのようにおったてた小柄な少女だ。この暑いのに服装は血のような色の上下のパンツスーツ。ネクタイやシャツまで赤で統一されていた。さらに手には赤いゴム手袋。ドクター・ヘルやマシンガンと同様に目を青色で縁どってほっぺたには『Grotecs』の文字。
「彼女は『グロテクス』。三人目のメンバーよ。グロちゃんって呼んであげてね」
今度はすぐにわかった。小さな体にパキパキの金髪、小麦色の肌、人形のように可愛らしい顔立ち。なによりこのキティちゃんもびっくりの完全なる無表情は彼女特有のものだ。
「キミは……小林優奈ちゃん」
彼女はまるで驚いた様子もなく首肯した。
「あら知り合いなの? 良かった。それならすぐに仲良くなれそうね♪」
優奈ちゃん、いやグロテスクは僕を五秒ほど見つめたのち、くるりと背を向け天井からぶら下がった物体に向かって歩く。そして上着のポケットから包丁を取り出す(!)と物体をぶった切った。そしてこれまたポケットから取り出した、焼肉屋にあるような銀色の菜箸で物体をつかんで僕の顔の前でブラブラさせてくる。
「えーっと……」
彼女は無言でぱっかりと口を開いた。これはいわゆる「あーん」。すなわち物体を食べろということであろうか。
「あの……これは一体なに……?」
グロテスクは無言のまま僕を見つめ続け質問に答えてくれない。
見かねたのかマシンガンが助け船を出してくれた。
「それはねえ。名前とか正式に決まってないナゾの巨大動物の内臓だよ」
――これは大ピンチ。非常にまずい事態である。
だが。僕をピンチから救ってくれた人物があった。
背後からズドンという落下音がして、エレベーターからさっそうと現れたのはドクター・ヘル。
マシンガンとグロテクスは手を振って彼女を迎えた。
ヘルは僕の姿を発見するや二ヤリと犬歯を見せて笑う。
「ククク。もう雁首揃えてるじゃねえか」
僕の横に立ち背中をバシバシと叩くと二人に説明を加えた。
「昨日のズーム会議でも言ったがな、こいつがわれわれに協力してくれることになった!」
なんだかまずいぞ? すでに彼女に仲間だと思われてはいないだろうか?
「とりあえず。自己紹介すんぞ!」
ドクター・ヘルは僕の真正面に立ち――
「我が名はドクター・ヘル! この世界が抱える致命の病理を荒療治で治癒する殺人医師! パートはシャウト&エクスプロージョン!」
などと叫んだ。ポカンと口を開ける僕の目の前に今度はマシンガンさんが立つ。
「私はマシンガン♪ 銃器大好きミリオタのド変態ガンスリンガー娘♪ しかもそれを人に平気で向けるゥ♪ 殺人願望ありマース♪ パートはガンベースだよー♪」
で、最後はグロテクスちゃん。
「…………………………………………………………………………………………」
彼女はなにか結構長い言葉をしゃべっていたようだが、声が小さすぎてまるで聞きとることができなかった。
困惑しているとマシンガンさんがまたもやナイスなフォロー。
「よく聞こえなかったようだから代弁してあげるね! 彼女の名前はグロテクス! かわいい顔してキモいの大好き! 内臓以外じゃ濡れません! パートは臓物ドラムス!
――そしてェ!」
「「「ウィーアー! ジゴクファイヤーガソミソガールズ!」」」
三人は思い思いの統一感のまるでないポーズを決めた。
ドヤぁという顔をしているが正直申し上げて一ミリも理解できる部分がなかった。
「で? ドクター・ヘル。協力って彼はなにをしてくれるの? 昨日はヒミツだって」
マシンガンさんは急激に素に戻り、ドクター・ヘルにそんな風に尋ねた。
「それはなァ! こいつだ!」
彼女はいつのまにか手に持っていたくるくるとまかれた巨大な紙片を壁にはりつけた。
壁全体を覆った紙に書かれていたのは――
(げええっ!)
僕が昨日送信した言牙だった。印刷ではなくわざわざマジックで手書き。相変わらず驚異的に可愛らしい字で内容とはすさまじくアンマッチだ。
「見てくれよこの怒りと狂気、嫉妬と猜疑心、ありとあらゆる腐った感情で溢れ返ったおぞましい言牙を! こいつはまさにおとなしそうな善人の面の皮を被った怪物だ! すなわち! この男はわれわれの同士である!」
顔面がカアっと熱くなる。さぞかしドン引きされているだろうとマシンガンとグロテクスの方を振り向くと――
「えっえっえっえっえっえ! ヴぇえええええええ!」
「えええ!? 泣いとる!」
マシンガンは両手で口を抑えてボロボロと涙を流していた。
「すごくいい……ものすごく大好き……。グロちゃんもそう思うよね? 無表情でもその心は号泣だよね?」
するとグロテクスはキティちゃんフェイスのままながら『まったくもってその通りだ』と言いたげに深く深くうなづいた。
……あのめちゃくちゃが軒並みの大絶賛。僕はもしかしてドッキリでも仕掛けられているのではないかという疑念が産まれる。だが芸能人でもクロちゃんでもなんでもない僕がドッキリをしかけられる理由がなにもない。第一いったいこれはどんな説だというのか。
「だろー!? 二人とも絶対そういうと思ったぜ!」
ドクター・ヘルは嬉しそうに僕の肩に腕を回した。彼女はけっこうボディタッチが多い。イメージとのギャップからか妙に体が柔らかく感じられてしまう。
「とにかく一回ヤッてみようぜ。グロちゃんカメラ用意してくれ」
三人は扉に『用具室』とかわいい字で書かれた部屋から、なにやらいろいろな物体を運び入れた。それぞれの物体の名称は知っているがどんな用途で使われるのかはまるでわからない。
「よっしゃ! 一発ブチかますぞクソ野郎ども!」
書いていて自分でも目眩がしてきそうだが彼女たちの演奏ぶりを以下に記述する。
――キンキンキン! バキバキ。ジュージュー。
グロテクスちゃんは焼肉屋にあるようなプロ仕様の七輪を自分の周りに所せましと並べ、そのボディを巨大なトングで激しくリズミカルに叩いていた。空気を切り裂くようなシャープな金属音。網の上では天井からぶら下がっていた未確認生物の内臓をジュウジュウと焼き、さらに七輪の中で燃える練炭を素手で取り出し、そいつにトングを叩きつけバキバキと割る。
ユーモラスながらもどこか退廃の香りのする音色だ。
――パララララ! ガチャガチャ! ちんちんちんちんちんちんちん!
マシンガンはその名の通り携帯した複数の銃器を天井や壁に向かって乱射していた。
壁や天井にふつうに穴が開いているのだが問題ないのだろうか?
パララララララという射撃音と壁や天井が破壊されるバキバキという破裂音。
ガチャガチャと安全装置を操作する音。床に薬莢が落ちるちんちんという音。
なんとも怜悧で非平和的なリズムを奏でている。
――シュッ! ボッ! ゴオオオオオオオ! パチパチ……
ドクターヘルの楽器はどうやら『化学反応』だ。彼女は試験官を白衣の内ポケットから取り出すと中身の液体を足元に並んだアルコールランプに垂らした。すると爆発音とともに七色の炎が燃え上がり空気を燃やす。音だけでなく視覚効果もド派手でまるでアイドルのドームコンサートの演出効果を見ているようだ。
そして行っているのは『演奏』だけではない。
「――――ッッッ!」
彼女はマイクを握りしめ僕が書いた『言牙』を叫んだ。
先日のように曲だけをスピーカーから聞いたのとはまるで違う。凄まじいエネルギーが突風となって襲い掛かってくる。僕は後ろに吹き飛びそうになるのを必死に堪えていた。精神的なものなのか物理的なものなのか判断がつかない。
またその凄まじい破壊力とは裏腹にどこか繊細で、ちょっとボタンをかけ違えればすぐに消えてなくなってしまうような声でもあった。
「――――ッッッッッッッッッッッッ!」
彼女の声は激しく震動したいわゆるデスボイスだった。しかし不思議と発する言葉を正確に聞き取ることができた。なにかひとつひとつの言葉を大事に発音してくれているようなそんな感覚。とてつもない大音量に鼓膜がびしびしと震えていまにも破れそう。それでも耳をふさいだりあるいはその場から逃げ出そうとは思わなかった。
――そのジャパニーズシャウトというものはおよそ2分で終った。
「ふぅ……。どうだった?」
汗だくになった前髪を後ろに流しながらヘルが僕に問う。
「よ、良かったんじゃないかな」
それは口から自然と出てきた言葉だ。怖いからウソをついたわけではない。
「ククク。そうだろう。まあ当然のことだがな。これはおまえの言牙なのだから」
彼女は邪悪なる笑顔を浮かべて牙を見せつつ、撮影に用いていた三脚に乗ったカメラをチェックした。
「よーし。ちゃんと録れてるな。じゃあグロちゃんこいつをYoutubeにアップしといてくれ」
「えっ!?」
グロちゃんは小さく頷くとどこからともなくノートPCを取り出して撮影に使用したカメラと接続した。……自分が映像に映っているわけではないとはいえ、僕の黒歴史は全世界に一般公開されてしまうようだ。
「ペンネームはどうする?」
「えっ? 僕?」
「クレジットに『作牙者』を書くからよ」
「ああそういう……」
「本名でいいならそれでもいいぞ」
「ちょ! それだけは勘弁してください!」
アゴに手を当てて思考をめぐらせる。しかしいい案が出てこない。なにを以って良いとか悪いとかするかはよくわからないが。
「早くしろー」
「ええっと」
「出てこないなら私が考えてやる。そうだな。『モンスターX』っていうのはどうだ?」
ドクター・ヘルにマシンガン、グロテクスときてモンスターX……。ちゃんと世界観があった、というかメンバーっぽい名前をつけられてしまった。
「……それはどういう由来?」
「おまえの名前は『文星』だろう? 『文』を『モン』と読んで『星』の『スター』でモンスター。Xはノリだ」
なるほどそういえば『星』が入ってるのが珍しくて面白いのか子供のころは『スターくん』なんて呼ばれていたこともあった。
「けっこうよくできてるね」
「だろう?」
「実はもともと考えてたんじゃないの?」
思わずこぼれてしまった言葉だ。まずいことを言ったかな……と思ったが。
「ははは。よくわかったなその通りだ」
ドクター・ヘルはイタズラっぽく笑うと僕の肩にかみついてきた。どうも彼女には噛み癖みたいなものがあるようだ。そんなに痛いわけではないがなんだか気恥ずかしい。
「じゃあこれからよろしくな。モンスターX」
よろしくといわれても非常に困るのだが、僕はその差し出された手をそっと握り返してしまった。
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