第4話 英二と僕

 その日を平穏無事に過ごし、日直日誌の連絡事項欄に『特になし』と記入した。あとは明日の朝、次の人に渡せば日直としての業務は終了となる。ちょろいものだ。これが会社なら間違いなくホワイト企業といえよう。

(さて部活行こうかな。そうだ。今日は早く行って準備をしないと)

 教室を出てちょっと早足に昇降口に向かい、自分の名前が書かれたゲタ箱を開く。

 倦怠を感じるぐらいにいつも通りの行動だった。だが。

「えっ――」

 いつも通りの行動をしたからといっていつも通りの結果が返ってくるとは限らない。

 僕は下駄箱の中にとんでもないものを発見してしまった。

(こ、これは……!? まさかいまどきこんな……!)

 その『紙片』を僕はものすごい勢いでズボンのポケットに突っ込んだ。


 僕が部長をつとめる『文芸部』の活動はけっこう多岐に渡っていた。毎月、詩や短編小説、文学研究なんかを掲載した小冊子を発行するというのがメインの活動だが、地元老人会が主催する俳句会に参戦してみたり、文化祭で詩の朗読会を開催したこともあったし、長編小説を文学新人賞に投稿するということも行っている。この学校の文化系部活動としては積極的に活動しているほうであろう。部員が二人しかいないのに廃部にならずにすんでいるのはこのおかげだ。

 ちなみに当時の僕が髪の毛を中途半端に伸ばしてぼさぼさっと無造作な感じにセットしていたのは『文豪っぽいかな』と思ってのことである。かなりイタイ。あげくに家では部屋着として明治っぽい和服を着用していた。誰かに止めてほしかった。

 ちょっとボロくて狭い第二部室棟の一番奥、『文芸部』と書かれた扉のカギを開けて中に入る。部屋に置かれているのは二つの作業机と乱雑に資料がつっこまれたバカでかい本棚のみ。僕は小さく溜息をつくと、ある『イベント』の準備にとりかかった。


 およそ十分後。

 ういういっすなどというテキトウな挨拶と共に部室の扉が開いた。

 その瞬間僕は作業机から立ち上がり――

「小説アンタレス新人賞受賞おめでとうございます!」

「うおっ!」

 クラッカーを次から次へポンポンと鳴らし、紙ふぶきを部室に入ってきた人物にぶっかけた。

 このちょっとチャライけどなかなかハンサムな男は、中学時代から一緒に小説の道を志し切磋琢磨してきたライバルだ。名を飛鳥井英二という。

 ――しかし。もうライバルなどとは口がさけても言えない。

 彼は頭に三角帽子を被って鼻眼鏡をした僕や、部屋中を覆った小学校のお遊戯会のような飾りを見てポカンと口を開いていたが、やがて、

「くう! おまえはなんていいヤツなんだ!」

 などとヒジで目をこすって泣き真似をしてみせた。ふざけてはいるがこれは彼の本心であろう。なるほど。友人の成功を『自分は失敗しているクセに』心から喜べるとしたら、それは確かにイイヤツに違いない。

 だが。僕は決してイイヤツなどではない。彼を心から祝ってなどいない。こうしないと自分を保てなかっただけだ。偽善者とか哀れなピエロと言われれば、そのとおりと答えるほかない。

 そんな雑念を振り払うべく、僕はめちゃくちゃにクラッカー鳴らしておどり狂い跳びはね散らかした。

 その結果――。

 僕のポケットから『紙片』がぽろりと飛び出す。

 さっき下駄箱の中に入っていたブツだ。

 英二はそれをめざとくも見つけ、僕よりも先に拾いあげた。

「こ、これは!? まさかラブレター!?!?」

 そのかわいらしいピンク色の便箋は誰がどうみてもソレにしか見えなかった。

「おまえワザとだろ! わざと落としただろ! 童貞の俺のこと煽ってんのか!?」

 とかいいつつも彼はなんか嬉しそう。

「童貞なのは僕もいっしょだよ。それにキミは告白されても断ってる――」

「そんなことどうでもいいよ! それをしたためた純情可憐な乙女は誰なんだよ!」

「それがさあ……」

 便箋の裏側には送り主の名前が書いてあった。

「は……? 『ドクター・ヘル』……?」

 英二はがっかりした様子で自分の作業机にどっかりと腰を下ろした。

「なんだよー! こりゃイタズラじゃねえか」

「やっぱりそうだよねえ」

「しかし……。なんだろう? おまえってこういうイタズラされるようなタイプじゃないよな?」

「うん。自分でもそう思う。僕はキミやイオちゃんみたいに面白くないからね。リアクションとか」

「じゃあマジなのかな?」

「さあ……」

 僕も机に座った。三角帽子と鼻眼鏡も取った。

「心当たりある? このかわいい字からして女の子だよな。イオちゃん……ではないか。あの子の字はもっと暴れ狂ったイナヅマみたいな字だ」

「……いやあわからないよ」

 本当は心当たりがないわけではないのだが、まったく確証がないので黙っていた。

「イオちゃんでは絶対にないのは同意」

 字のクオリティー以前に彼女のイタズラはもっとこう後ろからいきなりドーン! といったようないわゆるパワー系だ。

「中身はもう読んだのか?」

「うん」

「なんて?」

「『放課後16:00理科室に来てください』だって」

「理科室? ということはインテリ娘か? いいなァ……ってそれよりも時間」

 壁掛け時計を見ると十五時五十五分。

「イタズラ説も捨てきれないが、一応行ったほうがいいんじゃないか?」

「そうだね」

 僕はやや重い足取りで立ち上がった。

「でも。イオちゃんのことはいいのか?」

「へ?」

「付き合うことになったらあの子はどうするんだ?」

「おいおい。なにいってんの。イオちゃんはいとこだよ」

「本当にそう思ってる? ちなみに法律上は問題ないぜ」

 いつも笑顔を絶やさない彼が少しだけ真剣な面持ちで僕をみつめた。

 だが。それはつかのま。

「おっと。引き留めてわりい」

「……行くね」

「なあ」

 英二は立ちあがり僕の肩にポンと手を乗せた。

「今日はありがとな。祝ってくれて」

「なあに。当たり前だよ」

「おまえの光映社新人賞はまだ発表ないんだっけ?」

「う、うん」

「武運を祈るぜ」

 彼の心からの言葉に胸がズキズキと痛む。

 それと共にこんな邪念も頭のどこかに浮かんだ。

(そりゃあおまえは他人のことを思いやる余裕だってあるよな)

 もちろん口には出さない。出すわけがない。

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