第38話 黒幕

 つい、勢いで紫乃に喧嘩をふっかけてしまった。もう少し大人にならなければとは思うが、やってしまったことは仕方ない。とりあえず夜までにはまだ時間がある。

 仮眠をとってしっかりと準備する。

 これが今俺にできる最善だ。


「おかえり真、首尾はどうだった?」

 ロックウィード邸に戻るとジェシカはもう起きていた。ていうか首尾って……もう隠さないのか。


 ならばと俺も包み隠さず、全て話すことにした。


「とりあえず紫乃に喧嘩を売った」

「へ……」

 ジェシカの目が点になった。こいつでもこんな顔をする事があるのか。


「真……どういう事なの? 説明してくれる?」

「お前に言われた通り、莉緒を訪ねてみたんだよ、そしたら、紫乃が出てきてさ……莉緒に会わせないって言うもんだから、ついブチ切れてしまってな」


 しばらくの間、沈黙が俺たちを包んだ。


「はぁ——————————っ? 何それ!」

 俺の話を聞いて今度はジェシカがブチ切れた。


「はるばるカリフォルニアまで来て何やってんの?

 なに額面通り受け取ってるの?

 考えたら分かるでしょ?

 なんで、わざわざ会いに行ってるの?

 そんなことをしたら警戒されるだけでしょ?

 分からないの?

 脳ミソ入ってないの?

 その頭は飾り?

 真のミッションはお見合いをブチ壊すことじゃなかったの?」

 酷い言われようだ。

 だが……。

「そこは心配するなジェシカ。見合いは必ずブチ壊す……ていうかさせない」

 いぶかしげな表情を浮かべるジェシカ。


「どうやって? あなたの軽率な行動で、九条の警戒レベルは絶対に上がったわよ?」

「今晩、莉緒をさらいに行く」

「へ……」


 またジェシカの目が点になった。


「紫乃と約束をしてきた。もし俺が今晩、莉緒をさらう事ができたら、俺のことを認めてくれるそうだ」

「え……なにそれ? なんでそんな話になってるの?」

「成り行きだ。よくある事じゃないか」

「無いわよ!」

 突っ込みが鋭い。


「まあ、そういうわけだ」

「どういうわけよ! わけが分からないんだけど? で、もし出来なかったら、莉緒はどうなるのよ!」

 ん……その辺の話はなかったな。


「普通に紫乃の筋書き通り、見合いして終わりじゃないのか?」

「そう……そうよね」

「まあ、そんなことはさせないけどな」

「……本当、しっかり頼むわよ」

 ん……ていうか、何でジェシカはこんなにも莉緒の事に前のめりなんだ? 2人はそんな仲じゃないだろ?


「おいジェシカ……お前、なんでそんなに莉緒の事を気にかけているんだ? お前にとって莉緒は邪魔な存在じゃないのか?」

 ジェシカは不適な笑みを浮かべた。


「そうね……莉緒は恋敵ではあるわ」

 莉緒……名前で呼び合う仲ではなかったはずだが。


「でも、彼女とは親友なの」

「は?」

 ……今……親友って聞こえたが。


「莉緒は私の数少ない親友なのよ」

 ジェシカの口から飛び出した衝撃の真実。

 ダメだ……即座に思考が追いつかない。


「なんでだよ……お前ら、バチバチにやり合ってたじゃないか?」

「あれは……芝居よ。紫乃に対する牽制ね」


 な……芝居? 牽制? 奈緒香にか?


「私も、莉緒も真に対する想いは本当よ……だから親友として彼女に協力してあげることにしたの」


 ……もう本当に意味が分からない。


「悪いジェシカ……俺に分かるように説明してくれ」

「そうね……もう紫乃にバレたのじゃ、隠す意味もないものね」

 紫乃が2人の共通の敵だったってことか?


「私に協力を仰いできたのは、莉緒からよ……でも最初は協力するつもりはなかった。

 だって、莉緒がお見合いすれば恋のライバルがいなくなるわけでしょ?」


 その話……当事者は答えにくい。


「でも、見合いの相手が悪かったの」

「相手?」

「そう……我がロックウィード家と双璧をなすウィンチャイルド家の者だったの」

「……ウィンチャイルド」

「真も名前ぐらいは知っているでしょ」

「ああ」

 ロックウィード財団と双璧をなす財団だ。


「九条の力は強大よ……もし、この縁談がまとまれば、世界のパワーバランスはロックウィードの望まない方向へ変わってしまうわ……だから莉緒に協力することにしたの」

 ……親友なのに政治的な問題も絡むのか。

 ややこしいな……こいつらの関係。


「利害関係の一致ってやつか」

「そうよ」

 親友でもその辺の考えはドライなのか……莉緒とジェシカらしいといえば、らしいのか。


「お前の交換留学も、莉緒が仕組んだことだったのか?」

「そうね、莉緒とは協定を結んだからね」

「協定? なんだそれは?」

「それは流石に秘密よ」


 そこまで言っといて秘密も何も無いだろう。


「本当はこの件に真を関わらせるつもりはなかったんだけどね……あの子が余計な口を挟むから」

 あの子……奈緒香の事か……奈緒香はの行動は、莉緒にもジェシカにもイレギュラーだったって事か。


「まあ、見事に話をややこしくしちゃったね真」

「俺が悪いのか?」

「そうよ……あなたが関わらなかったら、もっと上手くやれたわ」

 莉緒とジェシカ……ある意味最強タッグだしな。その可能性はある。


「真、これ九条邸の見取り図よ」

「そんなものまであったのか」

「まあね、ちなみに莉緒からの提供よ」

 本当に2人で見合いをブチ壊すつもりだったのか。


「莉緒は、俺が来ている事を知ってるのか?」

「知らないわ、せいぜいサプライズしてあげて」

「サプライズね……」

「どうしたの?」

「なんでもない、了解だ」

 なんか莉緒なら俺が来るところまでお見通しな気がする。


「ジェシカ……少し仮眠していいか?」

「いいわよ、頭をスッキリさせてから、じっくり作戦でも考えて」

「ああ……そうさせてもらうよ」


 作戦はもう決まっている。

 これだけ水面下でバチバチやりあっているんだ。

 おそらく小細工をしても無駄だ。

 

 相手は九条莉緒の母、九条紫乃なのだから。

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