第37話 待ってろ莉緒
ジェシカが雷を怖がるのは少し意外だったが、とりあえず、無事カリフォルニアに到着することができた。
約10時間のフライトだった。
……しかし、勢いで現地入りしたものの、ぶっちゃけノープランだ。ここからは情報をしっかり集めて作戦を練らないと全てが徒労に終わってしまう。
「真、パーティーは明日の夜よ、それまでは自由にしていていいわ」
「え、本当か?」
「ええ、本当よ」
……早速任務だと思っていたのに、この自由時間は大きすぎる。めっちゃ助かる。
「あ、それとこれを渡しておくから、使い方を覚えてね」
ジェシカから手渡されたのはスマホだった。
「こっちでの連絡用にね」
「あ、ああ」
……これで俺の情報収集も捗る。今まさに欲しかったアイテムだ。
「あと、必要な装備は彼に言えば手配してくれるわ」
ん?
必要な装備?
SPに必要な装備と言えば、ハンドガンに防弾チョッキ、あと2、3本ほどナイフがあれば事足りる。
……まさかジェシカのやつ。
「そういえば真、この辺りに、あの九条莉緒って子のご実家があるそうよ。訪ねてみたら?」
やっぱりだ。
「ジェシカ、お前、まさか俺のために」
「何の事かしら?」
全てを見透かしたような瞳で俺を見つめるジェシカ。
「じゃぁ、私は少し眠るからまた後でね」
「分かった。ありがとうジェシカ」
他に言葉が出てこなかった。
お膳立ては完璧だ。あとは俺次第だ。
——取り敢えず俺は、下調べのためジェシカに教えてもらった九条家本邸に向かった。
最初は潜入調査をするつもりだったのだが、途中で考えが変わった。
俺と莉緒は同級生だ。別に潜入しなくても、友達として莉緒を訪ねて行けば、普通に会わせてくれるんじゃないかと考えたからだ。
友達が友達の家を訪ねる。
何の不思議もない。
それにもし莉緒と会う事が出来れば情報も増えるし、最悪の場合、そのまま莉緒を人質に逃走をはかることもできる。
最悪門前払いになっても今と状況は変わらない。少し警戒レベルが引き上げられるだけだ。
よし、これで行こう。
俺は九条邸に到着すると躊躇することなくインターホンを押した。
ピンポーン♪
英語で対応された。まあ俺もそっちの方が得意だから気楽でいい。
少し待たされたが、家の人間が会ってくれるそうで、客間に通された。
九条ランドも凄かったが、こっちも凄い。
こんな家を何軒も所有しているとか……底が知れない金持ちだ。
「お待たせしました」
客間で待っていると、莉緒にそっくりなお姉さんが入ってきた。姉妹が居るって話は聞いたことがなかったけどいたのか。
「はじめまして、莉緒の母、九条紫乃です」
な……、
まさかの母ちゃんだった。
「は……はじめまして楠井真です」
「どうぞお掛けになって」
「は……はい」
何という若さだ……姉にしか見えない。
「あの……失礼ですが、俺、からかわれてませんか?」
「あら、何故そう思うの?」
「あまりにも若過ぎるので……正直、姉妹にしかみえなくて」
「ウフフ……楠井君、お上手ね、お世辞でも嬉しいわ」
お世辞でも何でもない。とりあえずこの話をしないと前に進める自信がなかった。
そして紫乃は嬉しいなんて言いながら、目は笑っていなかった。
「あの……莉緒は?」
早速俺は本題を切り出した。
「そうでしたね、確か莉緒に会いにいらしてくれたのですよね」
「はい」
紫乃の眼光が鋭くなった。
「何故あの子がここに居ると、思ったのですか? あの子がここに居ることは極一部の人間しか知らないはずなのですが?」
やっぱりここに居るのか。
それにしても物凄い目力だ。
睨んでいるとかではない。目つきそのものは、とても優しい。
だが……今迄にこんな感じのプレッシャーを受けたことはない。一瞬でも気を抜くと押し潰されてしまいそうだ。
「鮎川ですか? 奈緒香ですか?」
……誘導尋問……表情を読まれないようにしなければ。
「それとも、ロックウィードが関わっているのですか?」
圧を保ったまま不適な笑みを浮かべる紫乃。
いったい、どれほどの修羅場を経験すればこんなプレッシャーを放てるのだろうか。
「いや、何となくです。偶然通りかかって、思い出したんですよ……莉緒のことを」
とりあえず、適当な嘘で誤魔化して紫乃の出方を探るぐらいしか思い浮かばなかった。
「楠井君……あなた嘘が下手ね」
「う……嘘?」
「日本に居るはずのあなたが、どうやって偶然ここを通りかかるというの?」
まあ、そりゃそうだ。
「いや……本当ですよ。たまたまバイトでこっちに来てて、思いがけなく自由時間をいただけたので、この近辺を散歩していたんですよ……そしたら九条の表札を見かけたので」
殆ど本当の事だ。どう返す。
紫乃はしばらく黙って俺を見つめていた。
そして……、
「莉緒に会わせることはできません」
キッパリと断られてしまった。
そして俺は……、
「ほう……何故だ」
紫乃のひと言で折角今迄うまく取り繕っていたのに、感情が抑えられなくなってしまった。
要するにブチ切れた。
「あら……良い眼になりましたね。それがあなたの本性なのかしら?」
「さあな、今、質問しているのは俺だ。答えろ」
紫乃は、またしばらく押し黙ってしまった。
そして、口元をほころばせ、語りはじめた。
「莉緒はお見合いをするの……あなたも知っているのでしょ? だから莉緒を迎えに来たのでしょ?」
やっぱり知っていやがったか。
「九条家が世界の覇権を取るには必要なことなの」
鋭い目つきで俺を睨む紫乃。
「莉緒はそれを認めているのか?」
紫乃は俺の言葉を鼻で笑った。
「認めているとか認めていないとか、どうでもいいの。それがあの子の幸せなのだから」
あ……あの子の幸せだと。
「紫乃……お前、それを本気で言っているのか?」
「本気よ? この縁談がうまくまとまれば、九条家はロックウィード家を凌ぐ力を手に入れる事ができるんだもの」
……ロックウィードの力を凌ぐ。
要するに政略結婚か。
「紫乃、お前の考えはよく分かった……」
「物言いは気に入らないけど、分かってくれてよかったわ」
「この縁談、必ずブッ潰してやる」
「できるの? あなたに?」
「できるさ、莉緒のためならな」
「楠井君……あなた本当にいい眼をしているわね、そんな子どもじみた考えは捨てて、九条家に仕えればどう? そうすれば莉緒とずっと一緒にいられるわよ?」
ただ莉緒と一緒にいたいだけなら、魅力的な提案なのかも知れない。
だが、莉緒はここでイエスと言ってしまうような、男に微笑みかけることはない。
「悪いな紫乃、俺は九条家には仕えない。あいつと対等な関係でいたいからな」
「そう……ならやってみなさい」
更に眼光を鋭くして紫乃は俺を睨みつけた。
「今晩、莉緒をさらいに来なさい。そしてあなたが莉緒を連れ去る事ができたら……認めてあげるわ」
しまったな……これで厳重な警備が敷かれることは間違いないな。
だが……、
「その言葉、後悔するなよ」
「あなたこそね」
思いっきり挑発してしまった。
今晩が勝負だ。
待ってろ莉緒。
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