第36話 あなたに会いたい
カリフォルニアに行くことは決めた。
だが問題はカリフォルニアまでの旅費だ。
奈緒香と別れたあと、俺は優里亜の部屋に向かった。いくらかは忘れたが優里亜に預けた預金があったはずだからだ。
ガチャ
「優里亜、入るぞ」
……返事は無かった。
玄関に優里亜の靴はなかったが、ジェシカの靴はあった。
そして聞こえてくるシャワーの音。
どうやらダメなタイミングで来てしまったようだ。
そしてそのタイミングで玄関のドアが開き優里亜が帰ってきた。
「あら、真どうしたの?」
「ああ、ちょっとな」
そして……、
「真……来てるの?」
バスルームからバスタオル一枚だけを身に纏ったジェシカが出てきた。
「す……すまんシャワーに入ってるなんて知らなくて」
「別にいいのよ、遅かれ早かれだし、気にしないで」
遅かれか早かれって何のことだろうか……いずれにしても気にするなってのは無理な話だ。
「いや、出直すよ……悪かった」
「わざわざ訪ねてくるってことは、大切な話なんでしょ? 上がりなさいよ」
「あ、いや」
「早くしなさい」
——そんなわけで、帰るに帰れず、部屋に上がることになった。
「ジェシカ……服、着てきたらどうだ」
だが、俺はジェシカの格好が気になってしかたなかった。
「暑いのよ、涼んだら行くわ。気にしないで」
バスタオル一丁を気にするなって……。
「この間の水着の方が露出度高いじゃない? 何を今更気にしてるの?」
確かにそうかもだけど、バスタオルと水着は違う気がする。
「あれ? 水着ってなに? デートでもしてきたの?」
変なところに食いつく優里亜。
「いや……バイト先でちょっとな」
「ふ〜ん」
ニヤニヤしながら俺たちを交互に見る優里亜。
勘ぐっても無駄だ。本当にそんなんじゃないからな。
「で、真は私とバスタオルの話をしにきたの?」
あ……、
逸れかけていた話をジェシカが本題に戻してくれた。
「——優里亜、俺の貯金を預けていただろ? あれ、いくら残ってる?」
ジェシカに促され早速本題を切り出した。
「え……もうないよ?」
だが、答えは最悪なものだった。
「使っちゃったもん……テへ」
優里亜のテヘペロに軽く殺意を覚えたが、優里亜を仕留めたところで、状況は何も変わらない。
いきなり詰みだ。
「どうしたの真、お金が必要なら私が用立ててあげでもいいわよ」
ジェシカに借りる……現実的な案だが、莉緒を迎えに行くのにジェシカからお金を借りるのはなんか違う気がする。
「ありがとう……気持ちだけ受け取っておくよ」
「そう、分かったわ」
いやにあっさり引き下がってくれた。
……バイト代の前借りしかないか。
もしバイト代の前借りが無理だったら完全に詰みだ。
そして仮に前借りできても、金額が届かない可能性だってある。
俺は……無力だ。
莉緒を迎えに行くことすら出来ないのか。
そんなことを考えていると、
「ねえ真、あなたちょっとバイトしない?」
ジェシカからバイトの提案があった。
ただお金を貸すだけでは俺が断るだろうと考えたジェシカの粋な計らい。
そんなふうに思っていた。
「私、今晩から、カリフォルニアに発つの。良かったらボディーガード引き受けてくれないかしら」
な……なに。
渡りに船とはこのことだ。
これはただの偶然?
ではないよな……、
ジェシカの表情からは何も読みとれなかった。
だが……今の俺に選択の余地はなかった。
「ありがとうジェシカ、その仕事喜んで引き受ける」
「じゃぁ、早速用意してもう一度ここへきて」
「ああ」
——準備を整えて、優里亜の部屋に戻ると、美しくドレスアップされたジェシカの姿があった。
「どう……真、綺麗?」
めっちゃ綺麗だった。
そんな場合ではないのに、軽く見惚れてしまった。
「ああ、綺麗だ」
「いいリアクションね」
俺たちは早速、車に乗り込み空港へ向かった。
ちなみに、見たこともないぐらい長い高級車だった。これいったい……いくらなんだろう。
「ジェシカ、お前は何故カリフォルニアに?」
「友達のパーティーに招待されたのよ」
友達のパーティーのためにわざわざ海外から駆けつけるのか……パーティーに参加するためだけに、いくらかけるんだよ。
世界のVIPの感覚に度肝を抜かされる俺だった。
「なあジェシカ。現地で少し、自由にしていい時間あるか?」
「もちろんよ、ウチはブラック企業じゃないからね。8時間労働よ」
これは色々助かる。
そして空港に到着しても俺は度肝を抜かされることになる。
「ぷ……プライベートジェットか」
「ええ、当然でしょ。世界のロックウィードなのよ」
……カリフォルニアまでの飛行機代をどうやって捻出するか考えていた俺との差。
最悪泳いで行くことまで視野にあった。
住む世界が違う……改めてそう感じた。
「さあ、行きましょう」
俺たちはプライベートジェットで、カリフォルニアに向けて旅立った。
カリフォルニア九条家本邸——————
「莉緒、どうしたの? ボーッとして」
「お母様……何でもありませんわ」
「そう……あなたにとっても、九条家にとっても大切な時期なのだから、しっかりしてくださいね」
「はい……心得ています」
「それならいいのよ」
ジェシカが転入してきた日、家に帰ると母様の使いが待っていた。
大切な話ががあるからカリフォルニア本邸へすぐに来るようにとのお達しだった。
大切な話の内容は……お見合いだった。
九条家の息女である以上、いつかこんな日が来るとは思っていた。
でも、まさか……こんなにも早くその日が来るとは思ってもみなかった。
もう少し……自由に恋していたかった。
楠井君……あなたに会いたい。
あなたは今、何処で何をしているの?
その頃、楠井は——————
「きゃっ!」
「大丈夫だ、ジェシカ」
雷雲の中、ジェシカに抱きつかれながら、カリフォルニアを目指していた。
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