第35話 もう迷わない

「あら、おはよう」

「おはよう」

 部屋を出たタイミングで、ばったりジェシカと会った。


「九条莉緒と鮎川麻美はどうしたの?」

「……昨日は帰ってこなかった」

「そう……心配ね」

「何がだ?」

「彼女は九条財閥の一人娘でしょ、何かの事件に巻き込まれたのでは?」

 ……白々しいな。


「それはない」

「何故そう思うの?」

「何かの事件に巻き込まれたのなら、ジェシカ……お前が教えてくれるからだ」

「あら」

「要人が何かの事件に巻き込まれてロックウィードが、その情報を得てい無いなんて、あり得ないだろ?」

「知っていて話さない可能性は考えないの?」

 不敵に笑うジェシカ。


「お前に限ってそれはない」

「信用があるのね」

「そりゃな……お前はぶっ飛んだやつだが、嫌なやつではないからな」

「ふ〜ん、だから冷静なのね」

 冷静か……それは買いかぶりすぎだ。

 莉緒の身に何かが起こった可能性は低いことは分かっている。なのに俺はずっと胸がザワザワしたままだ。



 ——もしかして、直接学校に行っている可能性もあるのでは?

 そんなふうにも考えていたが、莉緒達の姿はなかった。


 ……本当にどうしちまったんだ。


 結局、この日も莉緒は帰ってこなかった。

 次の日も……その次の日も。


 流石に俺も心配になり、九条邸を尋ねた。


「お嬢様は、こちらには居られません」

 すぐに知りたかった答えを、執事の爺さんが教えてくれた。


「こちらには……って事は居場所は分かっているのか?」

「はい、存じ上げております」

 知っているのに教えてくれないのか。


「教えてはくれないんだな?」

「主命にござりますれば」

 主命か……この爺さんの主は莉緒なのか?


「楠井様……莉緒様も、孫も無事ですので、ご安心ください」

 ま……孫?


「爺さんは、もしかして鮎川の?」

「はい」

 意外な繋がりを知ってしまった。


 莉緒の身の安全を確認できて、少しホッとする気持ちはあった。

 だが、胸のザワつきはおさまらなかった。


 ……こんな時にスマホがあれば、連絡をとることができたのか。

 こんなことなら、もっと早くスマホをなんとかすればよかったと少し後悔した。

 


 ***



 ——学校の昼休み、屋上でひとり寝っ転がり、ボーッとしていると奈緒香が覗き込んできた。


「やっほー」

「ああ、奈緒香か」

「奈緒香かって何よ! それに反応薄いよ!」

「気配で分かってたからな」

「気配で……って」

 奈緒香は寝っ転がる俺の隣に座った。


「なんか元気ないね」

「……そうか」

「そうよ」

 眉をしかめ俺をみつめる奈緒香。


「莉緒ちゃん、今日も来てないね」

「そうだな」

「心配だね」

「そうだな」

 九条邸で莉緒の安否は分かったものの、行方までは分からなかった。


「ねえ、莉緒ちゃんがどこにいるか、教えて欲しい?」

「そうだな」


 ん……?


 ……いま奈緒香なんて言った?


「奈緒香……今なんて言った」

 俺は慌てて飛び起きた。


「莉緒ちゃんが何処にいるか教えて欲しいって聞いたの」

 ……聞き間違えじゃなかった。


「知っているのか?」

「知ってるよ?」

 笑顔でそう言い切る奈緒香。


「教えて欲しい?」

 教えて欲しいに決まっている……だが、


「なんで奈緒香が莉緒を居場所を知っているんだ?」

 奈緒香……お前は何者なんだ?

 

「嫌だなぁ、そんな怖い顔しないでよ」

 怖い顔……つい、睨んでしまっていたか。


「知りたい?」

 知りたいに決まっている。


「ああ、知りたい」

「じゃぁ、それを聞くのはここじゃないよね?」

 ここじゃない?

 どう言う意味だ?


「楠井、ずっと忘れてるでしょ」

 忘れてる?


「お返しデート」

 あ……完全に失念していた。


「そうだったな、今から行こう」

「え、今から? ちょ、ちょっと午後の授業は?」


 ——俺は奈緒香の手を引っ張り、駅前のファーストフード店に移動した。


「強引だなぁ楠井」

 口を尖らせる奈緒香。


「……すまない」

「いくらなんでも、これはデートって感じじゃないけど?」

 半ば強引に連れてきただけだ……奈緒香の言うとおりだ。


「まあ、でも、莉緒ちゃんとどうにかなろうと思ったら、それぐらいの強引さは必要だよ」

「……ここでなんで莉緒の名前が出る」

 奈緒香は呆れ顔で言った。


「もういいじゃん、心配なんでしょ? 会いたいんでしょ?」


 ……もう、取り繕う必要はないか。


「ああ……会いたい」

 俺の答えに納得したのか、奈緒香はあっさりと莉緒の居場所を教えてくれた。


「莉緒ちゃんはね、カリフォルニアの本邸にいるよ」

 か……カリフォルニアの本邸。


「なぜ、奈緒香が九条家の情報を知っているんだ?」

「だって私は紫乃しの様の側仕えだもん」

 あっさり答える奈緒香。

 つまり奈緒香も九条家の人間だったってことか?

 ていうか……、

「紫乃様って誰だ?」

「紫乃様は、莉緒ちゃんのお母さん。現九条家の当主だよ」

 当主……つまり、ブラジルに居る親父さんより、もカリフォルニアに居る母親の方が力があるということか。


「紫乃様はね……莉緒ちゃんをお見合いさせるつもりだよ」

「お見合い……」

「楠井はどうする?」

「どうするって……」

「迎えに行かないの?」

 ……カリフォルニアだろ。

 カリフォルニアに行くにも先立つものがない。

 まさか泳いでいくわけにもいかないし……仮に泳いで行けたとしても海軍に捕まるのが関の山だ。


「莉緒ちゃん、結婚しちゃうよ? いいの?」

 ていうか……無事にカリフォルニアに辿りついて、莉緒のお見合いを阻止できたとしよう。


 いいのか?


 そんなことをして……?


 ……俺が莉緒の未来をぶち壊してしまっても。


「あ、またグズ井君になってる」

 またってなんだよ……またって、はじめて聞いたわ。


「前にも言ったでしょ……そんなんじゃ、いつか莉緒ちゃん……本当にど何処かへ行っちゃうよって」

 そ……そうだった。


「素直になれだったな」

「うん」

 ……奈緒香には世話になりっぱなしだ。


「迎えに行く、そして莉緒を連れ戻す」

「そうそう、その顔が見たかった」

 満面の笑みを返してくれる奈緒香。

 

 ありがとう……俺はもう迷わない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る