第34話 どっと疲れた

 室内プールに突如現れた金髪美少女。

 バイト先でもジェシカは目立った。


「おい、あの子モデル? スタイルヤバくね?」

「ちょっと、可愛すぎるだろ」

「お前、声掛けて来いよ」

「いや、でも英語出来ないしな」


 男達の目はジェシカに釘付けだった。

 俺は周りの男どもの反応に色んな感情が入り混じり、何ともいえない複雑な気持ちになった。


「楠井、オーナーが呼んでるよ」

「オーナーが? 何の用だろう」

「さあ?」

 業務中にオーナーから呼び出しを受けるなんて珍しい。


「ねえ楠井、あの子って楠井の友達なんでしょ?」

 笹木さんが指差すのはジェシカだ。


「え、ええ、まあ」

「楠井……彼女居ないとか言っときながら、この間の2人といい、可愛いどころばっか連れてるね」

 ジト目で肘で脇腹辺りをツンツンされた。


「……クラスメイトですよ」

「なんか相手はそんな感じじゃない気がするけど」

「そうなんですかね」

 女子はこの手の話が何で好きなんだろう。


「そうだよ、まあ、早く行っておいで」

「了解です」


 ——オーナーの要件は……まあ、想定の範囲内だった。


 今日1日、俺がジェシカの接待をする。


 ジェシカはこの事を条件に、多額の寄付を申し入れたそうだ。

 金額は聞かなかったが、オーナーが色々と新しい設備が導入できると喜んでいたことから、きっと俺の何年分……下手したら何十年分かの給料に相当する金額なのだと推察できる。


 いったい俺は……なんのために働いているんだ。


「ジェシカ……」

「あらなに?」

「いや……なんでもない」

 言っても無駄に消耗するだけだ。


「物わかりが良くて助かるわ」

「で、俺は何をすればいいんだ?」

「そうね、久しぶりにアレしてくれるかしら?」

「おい、こんな場所でアレはまずいんじゃないか?」

「えーっ、でも随分ご無沙汰よ。年単位で」

「そうだろうけど……まずいって」

「何が、まずいのよ」

「だってお前……声出るだろ?」

「……だって……気持ちいいんだもん」

「とにかくここは不味い、公共の場だし」

「ダメよ、アレがいいの!」

 ……ジェシカも言い出したら聞かないからな。


 仕方ない……、

「これくわえろ」

「こ……こんな太いものを」

「ああ、これを咥えなければヤらない……」

「もう……強引ね」

「嫌なら別にいいんだぞ?」

「分かったわ、咥えればいいのね」

「そうだ」

 

 ジェシカに咥えさせたのはタオル。

 アレとはもちろん……マッサージのことだ。

 ジェシカも優里亜と同じくマッサージをすると変な声をだす。

 こんなところで、あんな如何わしい声を出されたら、色々と終わってしまう。


「しかし、わざわざこんなところでしなくても……」

「あら? 家ならしてくれるの?」

 ……この一瞬で色んな可能性を考えたが、まだ公共の場である。ここの方がマシな気がしてきた。


「さ……横になれ」

「あ! 真、誤魔化した! ずるい!」

 莉緒も俺に積極的だが、スキンシップについてはそんなに積極的ではない。

 どちからというと、恥じらいを残しているが、ジェシカにはそれがない。日本との文化の違いか、スキンシップも積極的だ。


「真のマッサージが1番気持ちいいのよね」

「それは、どうも……優里亜もそんなこと言ってたけど、俺には分からん」

「今度やってあげようか?」

「いや……遠慮しておくよ」

 軽く身の危険を感じるしな。


「じゃぁ、お願いね」

 こんなとこで……マッサージって目立つんだろうな……、

 と思っていたが案外目立たなかった。

 プールサイドでいちゃついているカップルが結構いるので、溶け込んだようだ。


「ねえ真……あなたバイト変えたら?」

「なんでだ?」

「エステシャンになれば?」

「エステシャン?」

「そう」

「マッサージか?」

「マッサージだけじゃないけど……あなたら監視員より稼げると思うけど」

 稼げるのは嬉しいが……マッサージは優里亜とジェシカだけで十分だ。


「遠慮しとくよ」

「もったいない」

 



 ——結局、今日のバイトはマッサージだけで終わった。


「で、本当に俺ん家に向かえばいいのか?」

「もちろんよ」

「断っておくが、家に転がり込むとかは無理だからな?」

 ……莉緒達と住んでるからな。


「もちろんよ、そんなつもりはないわ」

 莉緒みたいに周辺の住宅を買い取るつもりなのだろうか。


「別に、今慌てて真と暮らさなくても、長い付き合いになるでしょうしね」

 どこから来るんだ、その自信は……ある意味羨ましい。


「真、あなた少し変わったわね」

「そうか?」

「丸くなったわ」

 ま……丸くだと。


「そんなに俺……太ったか?」

「違うわよ! 女子か!」

 すかさず突っ込みを入れられた。鮎川の作る飯が美味いから、太ってしまったのかと思った。


「言葉数は少なくなったけど、前より優しい感じがする」

 そうなのか……自分ではわからない。


「もしかして、これは九条莉緒の影響なのかしら?」

 莉緒の影響は大いにあると思う。

 アイツと関わるようになってから、色々無関心でいられなくなったしな。


「多分そうだろうな」

「そういうところもね」

 またすかさず突っ込みを入れるジェシカ。


「そういうところ?」

「前はもっと意地っ張りだった。そう思ってても口にださなかったもん」

「ていうか……俺のことよく知ってるな」

「当たり前じゃない、私たちは親友以上の関係だったでしょ」


 ……親友以上の関係……確かにな。


「ここのマンションだぞ」

「そう、じゃ部屋まで案内してくれる?」

 案内って……やっぱ、転がり込むつもりだったんじゃねーか。


「いや、俺ん家はマジ無理だぞ?」

「知ってるわ、九条莉緒と鮎川麻美と暮らしてるのよね」


 な……。


「知らないとでも思ってた? 私はロックウィードなのよ?」

 ……そりゃそうか……迎えに来たって言ってたぐらいだもんな……下調べはバッチリか。


「あなた達の部屋の隣に優里亜が住んでるでしょ? 私のステイ先はそこよ」

「え……」

「別に驚くほどのことではないでしょ?」


 ジェシカと優里亜は面識もあるし気心もしれている。

 不思議ではない。

 

 だから、余裕があったのか……納得だ。


 とりあえず俺は、ジェシカを優里亜の部屋に案内した。

「ただいま、優里亜」

「おかえり! ジェシカ!」


 バイト終わりだけあって優里亜も既に帰っていた。

 ていうか優里亜……なんであの時、黙ってやがったんだ。絶対分かっていたはずなのに。


「じゃぁ俺、帰るわ」

「また明日ね、真」

「ああ、また明日」

「バイバーイ」

 2人に見送られ優里亜の部屋を後にした。


 なんか……どっと疲れた。


 部屋に帰ると、いつもは明かりが灯っているリビングが真っ暗だった。


 ……先に寝たのか? 

 

 なんて思ったが、玄関に莉緒達の靴はなかった。

 まだ、帰っていないのか?


 ——だが……、


 朝になっても、莉緒達が帰ってくることはなかった。

 

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