第33話 ジェシカの成長
教室に戻っても莉緒の姿はなかった。
「莉緒ちゃんなら麻美と早退したよ」
周りを見渡していると奈緒香が教えてくれた。ていうか莉緒ちゃんって……いつの間に名前で呼ぶようになったんだ。
「頭の良さそうな子だったから、色々悟ったんじゃない?」
ご機嫌で話すジェシカ。
莉緒があっさり引き下がったことで気を良くしたのだろう。俺はそんなジェシカにひとつ質問を投げかけてみた。
「なあジェシカ、逆の立場だったとして……お前ならどうする?」
「逆のって……九条莉緒と?」
「ああ」
「もちろん諦めないわ、冷静に次の作戦を考えるでしょうね」
「そうか、なら大丈夫だ」
「何が大丈夫なの?」
「いや、何でもない」
莉緒は大丈夫だ。ジェシカがそう言うのなら莉緒はきっとそのような行動を取るだろう。
莉緒の思考に1番近いのはジェシカ、ジェシカの思考に1番近いのは莉緒なのだから。
つまり俺は……莉緒の心配より自分の心配をする必要がある。どんな巻き込まれ方をするか分からないからだ。
といっても……莉緒もジェシカも規格外過ぎて、凡人の俺には何をするつもりなのか全く想像がつかないのが困ったところだ。
放課後————————
「真、一緒に帰りましょう」
「一緒に帰るって……お前、何処に住んでるんだ?」
「真の家でいいわ」
俺の家でいいっておかしな話だ。でも、なんだか懐かしい。やっぱり2人の思考は似ている。
「悪いが、俺は今日バイトなんだ」
「バイト?」
「仕事だ、仕事。スマホを買おうと思ってな」
「そんなの私がプレゼントするじゃない」
これも何処かで聞いたことのあるセリフだ。
「気持ちだけ受け取っておくよ、自分でやりたいんだよ」
「分かったわ、じゃあ、私もついていくわ」
この辺の物分かりのよさと、諦めの悪さが共存しているところも誰かさんそっくりだ。
「分かった、でも大人しくしてろよ」
「当たり前じゃない、私はレディよ」
……どこまで信用していいものやら。
「ところで、何の仕事?」
「室内プールの監視員だ」
「Oh! プールね!」
何でいきなり外人っぽくなるんだよ。
とりあえず、ジェシカを伴いバイト先に向かった。
***
——バイト先までの道すがら、
「なあ、さっきは聞きそびれたけど、なんでいきなり結婚なんだ?」
サラッと聞き流してしまった重大事項について聞いてみた。
「なんで? 真は嫌なの?」
質問に質問で返された。
「結婚は良いか悪いかの2択じゃないだろう。それにまだ、俺は結婚できる年齢じゃない」
「相変わらず、固いわね」
「普通の感覚だ。それにお互いの気持ちも確認していないだろ?」
「まあ……そうなんだけど」
「なら、何故?」
ジェシカは俺の正面で立ち止まり、理由を教えてくれた。
「まず、パパも私も気に入る、こんな事、普通あり得ないからよ」
名家故の悩みか。
「そして、もうひとう」
ウィンクして人差し指を立てるジェシカ。
「私たちが一緒にいれば、いつか真は私を、私は真を好きになるからよ」
なんと言うか……打算的な答えだ。
「つまり、現状は俺のことは好きではないって事か?」
「そりゃ、好きか嫌いかの二択だと好きよ。でも……真はまだ、誰かを愛するってことがよく分かってないんでしょ?」
ジェシカの言う通り、俺は誰かを愛するって気持ちが、どんなものか分かっていない。
「お見通しなんだな……」
「そりゃ、2年近くも一緒にいればね……だから安心して日本に送り出したのだけど」
含みのある言葉だった。
「ねえ、少しぐらい時間ないの?」
「30分ぐらいなら大丈夫だ」
「じゃぁ、ちょっと付き合ってよ」
「どこにだ?」
「水着を買うのよ」
「水着を買うのに付き合わせるのか……」
「嫌なの?」
「それは嫌だ」
「あ、そう、嫌でも付き合ってもらうけどね」
ジェシカに腕を取られ、俺は強引に駅前のショッピングモールに付き合わされた。
***
「ていうか、30分で選べるのか?」
「何を言ってるの真、あなたが選ぶのよ?」
「は? なんでだよ」
「真の好みを知りたいじゃない」
「い……嫌だ」
……水着なんて流石に選べるか。
「ふ〜ん、そう」
含み笑を浮かべるジェシカ……嫌な予感しかしない。
「いらっしゃいませ」
「この店にある私のサイズに合う水着を全部持ってきてくれる?」
嫌な予感は当たった。
「全部で……ございますか?」
困惑する店員。
「そう、全部よ」
「しょ……少々お待ちください」
「あ、ちょっと待ってください」
流石にやりすぎだ。
「おい……まさかお前全部買うつもりじゃないだろうな」
「そう、全部買うのよ、だって私30分じゃ選べないもの」
……やっぱりだ。
ていうか、お前はなんでも即決するだろうに。
「分かった……俺が選ぶ」
「うれしいわ真、これで無駄遣いしなくて済んだわ」
莉緒にはない、したたかさだ。してやられたってところだ。
——それから俺は、ジェシカの水着ショーに付き合わされた。
「どう、真?」
のっけからビキニタイプだった。ちょっと布面積少なすぎじゃないか?
「似合うけど……ちょっと露出が多いんじゃないか」
「あれ? 真は私がこれを着るの嫌なの?」
「……嫌ではないが」
なんだろう……他のやつにこの水着を着たジェシカを見られるのが、少し嫌な気がする。
「じゃぁ、これにしようかな」
「ちょ……ちょっと待てジェシカ、他の水着も見せてくれ」
「あら、積極的ね真……いい感じよ」
ダメだ……完全にジェシカのペースに乗せられている。
「おまたせ、真」
ビキニタイプではないが……色々と際どい布面積の少ない水着だった。
ジェシカがグラマーすぎて目のやり場に困る。
「そ……それは、色々まずいんじゃないか」
「そお? 可愛いと思うのだけど」
「正直……目のやり場に困る」
「可愛い反応ね……違うのにするわ」
なんだこれ……精神的消耗が激しすぎるのだが。
「これいいんじゃない?」
ビキニタイプだった。でも、布面積はそこそこちゃんとある。
時間的に考えてもいい落とし所かもしれない。
「そうだな……いいんじゃないか」
「本当に?」
俺の前でセクシーポーズを取るジェシカ。
「ああ……似合ってると思うぞ」
「本当?」
「本当だ……」
「可愛い?」
……それを言わせたかったのか。
「ああ、か……可愛いぞ」
顔を近づけてきてじーっと俺を見つめるジェシカ。
「真も可愛いよ」
「なっ!」
水着は普段から見慣れているのに、ジェシカの水着姿にタジタジの俺だった。
しばらく会わないうちにジェシカは色々と成長していた。
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