第39話 会いたかった

 あてがわれた部屋で仮眠をとっていた。部屋にはしっかりと鍵をかけただった。

 なのに、目が覚めると隣でジェシカが寝ていた。

 しかも……裸。

 ……なんでだ。


「ん……おはよう真」

 色っぽい仕草で寝ぼけ眼を擦るジェシカ。


「おはようじゃねーよ」

「どうしたの? なんか機嫌悪くない?」

「機嫌は……悪くない、でもこれは、どういう状況だ」

「どういう状況も何も……見たまんまだけど?」

 見たまんま……ダメだ意味が分からない、寝起きから頭がおかしくなりそうだ。


「……俺に分かるように説明してくれないか」

 俺の質問に唇を尖らせてジェシカは答えた。


「昔も作戦の前は、こうやって隣で一緒に寝てあげたじゃない」

「あ……」

 験担げんかつぎか……でも。

「服は着てただろ! 服は!」

「あはは、そうだったね、ムキにならないでよ」

 屈託のないジェシカの笑顔を見ていて、余裕がなかった自分に気付く。

 もしかして……リラックスさせるつもりだったのか。


「すまない……とりあえず用意する」

「うん……で、作戦は考えたの?」

「ああ、もう決まっている」

「おーさすが、真ね! で、どんな作戦?」

「正面突破だ」

「へ」

 一瞬にしてジェシカが固まった。


「正面突破だ」

「ちょ……そんなことしたら大騒動よ? 被害も相当なものになるんじゃない?」

「武装はしない。だから被害も出ない」

「へ」


 またジェシカが固まった。だが、これにはちゃんとした理由がある。

 向こうが来ると分かっている以上、おそらくどんな隠密行動をとっても戦闘を避けて莉緒の元へ辿り着く事は不可能だ。

 そして多対一の状況で相手を殺さずに無力化するほどの戦闘技術は俺にはない。


 だからこその正面突破だ。


 勝利条件は莉緒をさらう事。

 俺が直接莉緒を迎えに行かなくても、騒ぎを大きくして出てきてもらえばいいのだ。

 

 軟禁されていることも考えられるが、流石にそれはないと思う。仮にもし、そんな事をするような相手なら俺は本気を出すことに躊躇しない。


「俺には俺の考えがある……任せてくれ」

「……なんか不安しかないわ」

「忘れたか? 俺は優秀なんだぞ?」

「そうだったわね」

 

 アメリカンジョークを交えつつ少し話したあと、俺は九条邸に向かった。




 ——九条邸に到着した俺は予定通り正門のチャイムを鳴らした。

『楠井様ですね……お待ちしておりました』


 まるでそうするのが分かっていたかのような対応だった。

 そして門をくぐると、屋敷へ繋がる一本の通路がライトアップされていた。


 罠……っていうかそれも今更か。

 俺は警戒しつつライトアップされた道を進んだ。

 屋敷の扉の前に到着しても、何事も起こらなかった。

 流石に、ここまで何も起こらないのは想定外だ。


 もしかしたら、この扉の向こうで待ち伏せされているかも知れない。

 だが、それも今更気にしても仕方がない。


 俺はゆっくりと屋敷の扉を開いた。

 そして扉の向こうで待ち構えていたのは……、


 暗がりの中で、月明かりに照らされた莉緒だった。


「く……楠井君?」

「莉緒……」


 目を丸くして驚く莉緒。

 ……多分俺も同じ表情になっているはずだ。


「楠井君……なぜ、あなたがここに?」

 それはこっちのセリフだ。


「お前こそ、なんでここに?」

「おかしな事を言うのね……ここは、私の実家よ……そこに私がいてなんの不思議があるの?」

 ……確かに。


「そうだな」

 莉緒の表情が少し緩んだ。


「ここはカリフォルニアよ、日本にいるはずのあなたが何故ここにいるのかしら?」


 言いたいことはたくさんあった。

 いくら事情があったにせよ何も告げずにカリフォルニアに発ったこと。

 あんなにも俺にグイグイアプローチをかけてきておいて、自分の見合いの事を内緒にしてたこと。

 日本にジェシカを呼んだこと。

 本当に言いたいことはたくさんあった。


 だが……、

「会いたかった」

 俺は莉緒を抱きしめて、今1番言いたかったことを口にした。


「楠井……くん?」

「会いたかった莉緒……お前に」


 莉緒の全身の力が一瞬抜けてその後……、

「楠井君……私も会いたかった」

 強く抱きしめ返してくれた。


 莉緒の言葉を聞いて、感情が抑えられなくなった。

 

「莉緒……もう、どこにも行くな」

「う……うん」


 離れてみて分かった。

 莉緒の存在の大きさを。

 最初はまじでウザいやつに、付き纏われた程度にしか思っていなかった。

 手段を選ばずグイグイくるくせに、妙に乙女チックなところがあって、言葉にすれば一瞬で片付いてしまうような事も、大掛かりな仕掛けで気付かせようとしたり、莉緒と関わるようになってから、面倒ごとに巻き込まれてばかりだ。


 だが莉緒は……しっかりと俺の心の中に居場所を作っていた。

 いつの間にか大切な存在になっていた。

 

 イカれたやつと付き合うようになって、俺の頭もイカれてしまったのかもしれない。


「楠井君……さっきも聞いたけど、あなたが何故ここに?」

 向き合った莉緒は大粒の涙を流していた。

 おそらく俺も。


「迎えにきたに決まってるだろ」

「そう……」

 莉緒の表情が少し陰った。


「ここに来たってことは聞いているでしょ……私はお見合いを」

「もちろん知っている、ジェシカとぶっ潰すつもりだったんだろ」

「……そのつもりだったのだけど……計画がお母さまの知るところになって」

 不安気な表情を浮かべる莉緒。


「紫乃のことなら大丈夫だ」

「し……紫乃? な……なんでお母様を呼び捨てにしているの?」

「昼間会ったんだよ……そしてお前をさらう事ができれば俺の事を認めてくれると約束してくれた」

「へ」

 莉緒の目が点になった。こいつもこんな表情するのか。


「だから安心して俺についてこい」

「ほ……本当なの?」

「本当だ」

「あなた……たまに、とんでもない事をしでかすわね」

「お前ほどではない」

「どういう意味かしら」

「そのまんまだ、さあ、行こう」

「うん……」


 その時、玄関ホールの明かりが灯り、


「いらっしゃい、楠井君」

 九条紫乃が鮎川を伴い現れた。


「お邪魔してます」

 とりあえず、俺も普通に挨拶を交わしておいた。


「ゆっくりしていってね」

「ご好意はありがたいのですが、そろそろおいとましようと思っていたところです」

「あら、そう」

 鋭い眼光を向ける紫乃。

 なかなかこいつも、凄い修羅場を経験していそうだ。


「でも、このまま返すわけにはいかないの……分かるでしょ?」

「それはもう……」

「最後まで楽しませてね」

 楽しませてって……何をするつもりだ。


 やっぱり莉緒の母ちゃん。

 一筋縄ではいかないようだ。

 

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