第31話 触らぬ金持ちに祟りなし

 嵐は突然にやってきた。

「今日からこのクラスに、交換留学でやって来た。ジェシカ・ロックウィードさんです」


「うおーかわいい!」「めっちゃ可愛い!」「すげー可愛い!」「素敵!」「綺麗!」「ヤバイ可愛い!」


 優里亜の紹介が終わるとジェシカの美貌に男子も女子も大いに盛り上がった。

 腰あたりまであるブロンドの髪に、透き通るような青い瞳。切れ長で大きな目も綺麗なぱっちり二重で、きつい印象を与えない。

 この整い過ぎた顔立ちは、恐らく女性なら誰しもが憧れを抱くだろう。


 教室を見渡すジェシカ。


 そして俺と目が合い微笑みを浮かべた。


「うおーこっち見て笑ったぞ」「笑った顔も可愛い!」「最高!」

 ジェシカの一挙手一投足に盛り上がる男子達。


 ジェシカはこちらへ向かいゆっくりと歩みを進めた。


「ちょっと、ジェシカ勝手にどこいくの」

 優里亜も分かっているくせに白々しい。ていうか半笑いじゃねーか。


 そしてジェシカは、俺の席の前で立ち止まると、いきなり胸ぐらを掴み無理やり立たせた。


「ちょ、ちょっとあなた何してるの?」

 これに反応したのは莉緒だ。だがジェシカは意に介さずといった様子だ。


「よう、ジェシカ相変わらずだな」

「元気そうね真、会いたかったわ」


 挨拶を交わすとジェシカは俺に抱きついた。


『『え————————————っ!』』

 一連のジェシカの行動に、何も知らないクラスメイトは大いに困惑した。


 だが莉緒だけは違った。


「……あなた達、いったい何をしてるの?」

「ハグよ、何か問題でも?」

「あるのよ。あなたの国では当たり前でも、この国では違うわ。楠井君も迷惑しているから早く離れなさい」

「え……そうなの? 真、迷惑?」

「迷惑というより困惑だ」

「アハハ、何それ」

 ジェシカは軽く笑い。

 莉緒は激しく俺を睨む。


「兎に角離れなさい、郷に入っては郷に従えってことわざが有るのよ、この国には」

 マズいな……莉緒のやつ、かなり怒っている。


「ジェシカ……離れてくれ」

「オーケー」

 案外ジェシカは素直に離れてくれた。


 ……かと思うと、今度は莉緒に向かって、

「ねえ、この席私に譲ってくれない?」

 軽く喧嘩をふっかけていた。


「はあ? 何を言ってるのかしら」

 女同士の激しい争いが始まった。


「私、この国で知り合いがいなくて不安なのよ。でも、真が隣にいると少しはマシだと思うの……だから優しい誰かが真の隣の席譲ってくれると助かるのだけど」

「安心して、このクラスの皆んなは優しいわ。楠井君よりも色々と教えてくれるわよ。それにあなた交流に来たのでしょ? その方が友好の幅が広がるわよ」


 両者一歩も譲らない。


「譲りなさいよ!」

「嫌よ」


 なんか、このポジション地味に嫌だな。

 だからって俺がジェシカに席を譲るとか言うと……それはそれで揉めそうだよな。


「分かったわ、取り引きしましょう! いくら支払えばその席を譲ってくれるのかしら!」

「あら、あなた何でもお金で解決できるとでも思っているの?」


 お前が言う?

 きっと心の中で皆んな突っ込んだはずだ。


「できるわ、言いなさい、なんならあなたの家ごと買い取って上げてもいいわよ……そうねレートの10倍出すわ」

「あら……そう、なら買い取ってもらおうかしら我が家を10倍で」

「交渉成立ね、で、いくらかしら」

「そうね安く見積もって10兆ってところかしら」

「そう10兆、安いものね……って10兆!?」

「10倍増しでしょ、おそらくそんなものよ」

「ふ……ふざけないでよ! そんなのあるわけないじゃない!」

「ふざけてなどいないわ、ロックウィード家のお嬢さん。私は九条莉緒よ」

「く……九条……九条財閥ね」

 

 どうやら第1ラウンドの軍配は莉緒に上がったようだ。

 だが、

「楠井君の隣空いてるし、ジェシカさんそこに机持ってきたら?」

 優里亜が無理やりドローに持ち込んだ。


「ナイスアイデアね! 優里亜!」


 あいつ……この状況を楽しんでやがる。

 ……この間の仕返しってことか。


 ***


 ——異様な光景だった。


 来る先生、皆んながみんな、我が目を疑っていた。

 ジェシカが俺の席に自分の席をくっつけた事で、莉緒も自分の席をくっくけてきたからだ。


 誰も注意しなかった。

 触らぬ金持ちに祟りなしだ。


 ジェシカは休み時間になると他の生徒ともコミュニケーションをとり、交流を深めていた。

 莉緒が社交的でないとは言わないが、コミュニケーション能力においては文化の違いか、ジェシカに軍配が上がるようだ。



 ***



 ——昼休み、普段なら唯一、ひとりを満喫出来る時間なのだが、今日ばかりはそうはいかなかった。

 

「隣、良いかしら?」

 屋上で日向ぼっこしていた、俺の元へ莉緒と鮎川がやって来た。


「ああ、良いぜ」

 要件は分かっている。


「ジェシカの事か?」

「そうね……彼女が何者かについては聞かないわ、彼女有名だものね」

「らしいな」

 ロックウィード財団の令嬢。

 正真正銘世界のVIPだ。

 校内の物々しい雰囲気は、恐らく彼女の警護のためだ。


「単刀直入に聞くわ、楠井君と彼女の関係は?」

 本当に単刀直入だ。だから俺もありのままを返した。


「俺が兵士だった頃の保護対象だ」

「それだけなの?」

「それだけだ」

 全力で疑いの眼差しを向ける莉緒。


「楠井君、嘘はやめましょう、いくらあなたが魅力的だったとしても、何もなくてあの態度はないわ。話しなさい」

 語気を強める莉緒。

 別に隠していたわけでは無いが、余計な心配をさせないようにという、気遣いは無用のようだ。


「何故か気に入られて、その後もコンタクトを取ってくるようになった、それで全てだ」

「何故気に入られたのかしら?」

 何故気に入られたか……それは俺にもわからない。


「同年代だったからじゃないのか?」

 それぐらいしか思い浮かばなかった。


「それも一つの理由だけど、それだけじゃないわ」

 声の主は「「「ジェシカ」」」本人だった。


「探したわ真、こんなところにいたのね」

「何の用だ」

「何の用だって、つれないわね。わざわざあなたに会いに、はるばる日本までやって来たのに」

 ……やっぱり俺に会いにか。


「お前の事だ、ただ会いにきただけじゃないだろ」

「相変わらず察しがいいわね真、話が早くて助かるわ」

「じゃぁ改めて聞こう。何しに日本へ来たんだ」


 ジェシカは不適な笑みを浮かべ、それがさも当然のように告げる。


「あなたを、迎えに来たのよ」

 そんな予感はしていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る