第30話 はじめてのデート

 映画を翌日に控えた夜、莉緒がなにやら慌ただしく外出の準備をしていた。


「どうしたんだ? こんな時間から何処かへ出かけるのか?」

「あら、心配?」

 心配か心配じゃないかの二択で聞かれると当然こう答える。

「ああ、心配だ」

「そ……そう」

 俺の答えが意外だったのか莉緒は少し狼狽ていた。


「じ……実家でちょっと問題が発生したのよ。だから今日は実家に泊まるわ」

 実家で……あの規模の家だとやっぱり色々大変なのだろうな。

 となると、明日の映画は無理か。


「ああ、分かった。じゃあ明日の映画はキャンセルだな?」

「そ、それは大丈夫よ!」

「問題が発生したんだろ? そんなに簡単に解決するものなのか?」

「と……当然よ、私を誰だと思っているの」

 九条莉緒……何かと無茶をしてしまうから心配なのだ。

 だが、一度言い出したら聞かない。


「分かった、どうすればいい? 家で待っていればいいのか?」

「いいえ、駅前に10時にお願いでききる?」

「分かった、駅前に10時だな」

「では、行ってくるわ。行くわよ麻美」

「はい、莉緒様」

 鮎川を伴い慌てた様子で玄関に向かう莉緒。

 

「莉緒」

 俺は莉緒を呼び止めた。

「なに?」

「無茶するなよ」

「わ……分かってるわよ」

 照れ臭そうに答える莉緒。こいつのこういうところは本当に可愛い。


 莉緒と暮らしてから、夜がひとりになるのは初めてだ。むしろ日本に来てから。ひとりの夜は初めてだ。

 見知らぬ異国の地でひとり過ごす夜。

 さすがに2年も住んでいると不安ではない。

 だが、最後に莉緒を呼び止めたのは寂しさら来るものだったのかもしれない。



 ***



 一方、実家に帰る車中の莉緒——————


「いいんですか莉緒様」

「なにがよ」

「寂しそうでしたよ楠井様」

「寂しそうだったわね楠井君」

「なのにいいんですか?」

「だから何がよ」

「だって……あんなに寂しそうにしているのに、ひとりで置いて忍びなくないですか?」

「し……忍びないわよ」

「だったら、莉緒様が待ち合わせをしたい事ぐらい、我慢すればいいじゃないですか!」

 た……確かに麻美のいう通り。

 でも、楠井君があんな寂しそうな素振りを見せるだなんて想定外だったんだから仕方ないじゃないの!

 いつもみたいに『ああ、気を付けろよ』ぐらいの反応しか示さないと思っていたのに、あんな表情でわざわざ呼び止めるだなんて。


「もう言っちゃったものは仕方ないじゃない」

「それぐらい、早く片付いたとか嘘つけばいいじゃないですか」

「嘘は嫌よ」

「ていうか、今、九条邸に向かっている事自体が嘘ですよね!」

「そ……そうなんだけど」

 楠井君との初めてのデート。

 私はどうしても待ち合わせがしたかった。

『ごめん、待った』

『ああ、今きたところだ』

 みたいな、ベタベタな展開が味わいたかった。


 でも、まさか……楠井君があんなにも寂しそうな顔をするだなんて……私は策を弄したことを、ちょっぴり後悔した。



 ****



 そしてデート当日——————

 

 私の方が少し遅れて到着するはずだったのに……道が空いていて30分も早く到着してしまった。

 車で待っているのも落ち着かないから、待ち合わせ場所で待つことにした。

 ……この待つこともデートの醍醐味よね。

 それに楠井君も昨日の様子だときっと早く来るはずよ!

 

 ——でも私の予測は見事に外れた。5分前になっても楠井君は待ち合わせ場所に現れなかった。


「ねーねー」

 楠井君!

 ……と思ったら全然違う人だった。

 流石に楠井君はこんな軽薄な声の変えかけ方はしないわね。


「可愛いね君、ちょっと俺らと遊ばない」

 1人かと思ったら3人組の男だった。


「遊ばないわ、不快だから視界から消えてくれる」

「おー怖っ! 君、可愛いのにキツいこと言うね」

 鬱陶しいわね……せっかくいい気分だったのに。


「何でもいいから、早く消えて、目障りよ」

「め……目障りって、流石にちょっと酷くね?」

「今日は機嫌がいいの、だから寛大な方よ? 早く消えてくれないなら、然るべき処置を取らせてもらうわよ?」

「何だお前、下手に出てたら調子に乗りやがって」

 そう言い放ち、1人の男が私につかみかかろうとした。


 その時……、


「また絡まれてるのかお前は」

 楠井君が男の手を掴んで止めたてくれた。


「何だテメーは、いきなりしゃしゃり出てきやがって!」

「お前らこそなんだ、俺は莉緒と約束していたんだ、お前らが先約だったわけじゃないだろ?」

「先約じゃねーけど、今このお姉ちゃんと話しているのは俺らなんだよ」


 1人の男が、楠井君を突き飛ばそうとした、その刹那、楠井君は相手の手首の関節をガッチリ決めて締め上げた。

「痛っっっ! 何すんだよ」

「それは俺のセリフだ、なに人をいきなり突き飛ばそうとしてるんだ?」

「痛たたたたっ!」

 楠井君は更に強く締め上げた。


「おい……俺は今日は機嫌がいい。このまま視界から消えたら見逃してやる。どうする?」

「テメー、こっちは3人だぞ、状況を分かってるのか」

「それがどうした。もし俺の警告に逆らうのなら、こいつの腕をそのまま、引きちぎる」


「「「へ」」」

 ひ……引き千切る?

 へし折るじゃなくて引き千切る?


「どうする、俺も服を汚したくない。あと2秒で決めろ」

「「「すみませんでした!」」」

 楠井君の気迫に気圧されたのか、男たちはコンマ5秒と間を置かず、この場を立ち去った。


「楠井君……相変わらずめちゃくちゃね」

「お前は相変わらずモテるな」

「可愛いから仕方ないじゃない」

「そうだな、俺は幸せものだな」


 え……なにその素直な感じ……、


「行こうぜ莉緒」

「う……うん」


 ドキドキが止まらなくなった。

 楠井君の様子がいつもと違う。

 私に、優しい。

 

 映画の内容が全然頭に入ってこなかった。もともと私はこの映画を楽しみにしていたわけじゃないから別にいいけど。


 楠井君のことで頭がいっぱいになった。

 そして私は、映画が終わる頃には……不覚にも少しのぼせてしまった。


「大丈夫か莉緒?」

「……うん、大丈夫」

「少し、人の少ないところでも行って休憩するか」

「……うん、そうする」


 なんたる失態! せっかくのデートなのに。

「ちょっとここで待っていろ、飲み物買ってきてやる」

「うん」

 とりえず、公園のベンチで休憩した。

 なんで、のぼせちゃったんだろう……私。


 楠井君がベンチを離れたタイミングで、


『『あ』』

 楠井君と出会った時の類人猿達と遭遇した。

 嫌なタイミングで嫌な奴らと遭遇するものだ。

 そう思っていた。


「あの時のお姉ちゃんか、今日はひとり?」

 でも、類人猿達が私に声を掛けた時には、既に楠井君は戻ってきていた。


「なんだお前ら、また俺の莉緒になんか用なのか?」

 お……俺の莉緒!


「何でも、ありません! もう俺たち横断歩道に車止めてないんで!」

 類人猿達は、慌てて逃げ去っていった。


 そ……そんな事よりも俺の莉緒。


 私はこのあと更にのぼせて楠井君に、おぶってもらって家に帰った。


 なんか残念なデートだったけど、いいこともあった、はじめてのデートだった。

 

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