第29話 憂鬱な知らせ

 珍しく優里亜から呼び出しがかかった。

 俺は早速自分が元いた部屋に向かった。


「入るぞ、優里亜」

「あ——っダメ、まだダメだって!」

「な……」


 玄関のドアを開けると一矢纏わぬ優里亜がそこにいた。

「お……お前そんな格好で何やってんだ」

「洗濯……まとめて洗濯したら着るもの無くなっちゃって」

「着替えを持ってこいってことだったのか? それとも俺に下着を買いにいかせようとしたのか?」

「違う違う、呼び出した理由はそれじゃないの……それより流石に恥ずかしいから後ろ向いててくれる」

「あ……悪いそうだった」


 優里亜は酔っ払うとよく裸で俺にちょっかいを掛けてきた。だから今更恥ずかしい感情があるとは思っていなかった。


「いいよ」

 優里亜はシーツを体に巻いただけだった。


「ていうか、明日着替え大丈夫なのかよ」

「大丈夫! スーツはあるから最悪下着なしで!」

「おいおい……そんなんで無駄に高校生を悩殺するなよ」

「無駄って何よ! 無駄って! 真だって昔は喜んでたじゃない!」

「誤解を招くような発言はやめてくれ……」

「なによ、また誘惑されたいの?」

「そんなわけないだろ!」

「莉緒ちゃんがいるもんね!」


 う……何も言い返せなかった。


「あ、こんなこと話している場合じゃなかった。大変なのよ真」

「何が大変なんだ」

「ジェシカが日本に来るの」

「な……ジェシカが……いつだ?」

「週明けよ……うちの学校に交換留学生として」

 ま……まじか。


「どうするの真……大変だよ」

「どうするも何もジェシカとは……」

「向こうはそう思ってないかもよ」

「って言われてもな……」

「まあ、変なことにだけはならないようにね」

「ああ……分かった。因みに聞くがジェシカはうちのクラスに編入してくるんだよな?」

「いうまでも無いでしょ」

「そうか……」


 憂鬱な情報を聞いてしまった。

 だが、ノーガードでジェシカと対面するよりはマシか。


「ねえ、真」

「なんだ……」

「それはそうと、久しぶりにシテくれない?」

「何をだ?」

「聞かなくても分かってるせに……意地悪」

「聞かないと分からない」

「もう……相変わらず、Sっ気ムンムンなんだから」

「じゃぁ、行くわ」

「あーん! 待ってよ……シテよ? 気持ちいい事」

 足に掴まれて懇願された。

 まあ、確かにご無沙汰だしな。


「その代わり、イイこと教えて、あ・げ・る」

「気持ち悪い言い方するから帰る」

「わーん! 嘘だって! シテよ! 随分してもらってないんだから」

 こうなったら、優里亜は聞かない。


「仕方ないな、今日だけ特別だぞ」

「やった」

 優里亜は、自室に俺を招き入れ、ベッドに入り、身に纏っていたシーツを取った。


「来て真」

「ああ」

 そして俺は優里亜に馬乗りになり、


「あっ……ああん……気持ちいいぃぃぃっ!」


 肩甲骨あたりを指圧した。


「いっいい……そこよ真! もっと強く!」

「おい……そんな格好で、そんな声で、そんなセリフを吐くな」

「だ……だって気持ちいいんだもん」

「やめるぞ」

「ダメ! やめないで! もっと! もっとして!」

 こいつは、俺が思春期の少年だってことを忘れてないか。


「なあ、優里亜」

「なーに」

「お前、そんなふざけた事してて、もし俺が本気になったらどうするつもりなんだ?」

「その時は、私が男にしてあげるよ」

 優里亜は真剣な顔でそう答えた。

 俺は聞いたことを少し、後悔した。


 しかし……ジェシカが日本に……これは大変なことになるな。



 ***



 ジェシカとの出会いは、俺がまだ兵士だった頃。

 とある作戦の保護対象者がジェシカだった。

 幸か不幸か、俺はジェシカに気に入られ、作戦後も交流を持つようになった。


 といっても、ジェシカから一方的にだ。

 本来なら任務の後、関係者との接触はタブーなのだが、ジェシカは例外だった。


 分かりやすく言うと、

 ジェシカはUS版、莉緒なのだ。


 莉緒ほど分かりやすく手段を選ばないってことはないけれど、財団の御令嬢で、ありとあらゆる手段を講じて、俺との接触を図ってきたのだ。


 他にも共通点はある。

 ジェシカも絶世の美女だ。

 俺と出会った頃はお互いに14歳だったが、既に今の莉緒と同じぐらい発育していて、当時の俺はジェシカの色香の前に陥落しかかったこともある。


 クライアンとの御令嬢だから、抱かなかったが……そうでなければ或いは。


 だが、当時の俺は今にも増して感情が壊れていた。積極的にアプローチは受けたが、彼女を恋愛対象として見たことはない。


 そんなジェシカが日本に来る……どうなってしまうんだろう。


「痛てて、痛っててて、痛い! 真! 痛いよ」

「あ、悪い」

「力いれすぎだよ、真!」

「こら、ばか、その格好でこっち向くな」

 

 優里亜は俺が馬乗りで指圧しているっていうのに、一矢纏わぬ姿のままで振り返った。


「あら〜真……さわりたくなっちゃう?」

 ……普段ならなんとも思わないのに俺は、優里亜の両手首を掴み、押し倒した。


「優里亜……いいのか? 俺も男だぞ?」

「いいよ、莉緒ちゃんにいいつけるから」


 一瞬にして正気に戻った……俺はベッドから降りて、優里亜にシーツを被せた。


「真、変わったね」

「そうか……」

「いい方向に変わった」

「そうか……」

「莉緒ちゃんのおかげかな?」

「さあな……」

「分かってるくせに、大切にしてあげなよ」

「ああ、できる範囲でな」

「あの子が真のできる範囲で我慢できるわけないじゃん、限界を超えて頑張れ」

「ああ、頑張るよ」

「日本に帰ってこれてよかったね」

 帰ってか……俺は日本人だから日本出身なんだろうけど……まだ実感がない。


 でも「そうだな」

 莉緒と出会えたのだから、きっとよかったのだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る