第28話 ありがとう奈緒香

「ねえ、九条さん今度の休み暇?」

「え……今度の休み?」

「うん、今度の土曜日」

 次の土曜日……残念ながら暇といえば暇ね。楠井君のために週末は空けるようにしているのだけれど、楠井君がなかなか誘ってこないから、週末のスケジュールがガラガラの寂しい女みたいになってしまっているわ。


「まあ、暇じゃなくもないけど……どうしたの?」

「楠井は今度の土曜日暇らしいよ」

 ……何故、奈緒香がそんなことを知ってるの?


「それが、何?」

「実はね、今度の土曜日、楠井を映画に誘おうと思ってたの」

 なんですって! ……ていうか何故それを私に。


「でもね、今度の土曜日は急用が出来て行けなくなっちゃったの」

「そ……っそう」

 ホッ……、

 え、何故私は今、ホッとしたの?


「でね、チケット余らせちゃうのも勿体ないから……九条さん、楠井誘っていかない?」

 な……何この子……何を考えているの?

 この子も楠井君狙いではなかったの?


「なんの映画かしら……」

「映画なんて何でもいいんじゃないの?」

 確かに……ていうか、やりにくいわねこの子。


「九条さんが要らないなら、麻美にあげるけど、どうする?」

 麻美に……なんで麻美?


「も……貰うわよ」

「じゃぁ、これ渡しておくね」

「……ありがとう」

「ちゃんと誘える?」

「も……勿論よ!」

「期待してるよ……莉緒ちゃん」

「ちょっと奈緒香」

「えへへ、そうだったね、学校では九条さんだったよね」

 ……あの子ったら。

 ……本当に何を考えているのかしら。


 まあ、いいわ。それより、今は誘うことよね。


 ……実は私、誘われるように仕向けるのは得意なのだけれど、自分から誘うのは苦手だったりする。


 だから誘われるために、楠井君に、あの手この手を尽くした。

 ……でも楠井君は鈍い。

 楠井君の鈍さの前に数々の作戦が徒労に終わったわ。

 つまり楠井君と確実に映画に行くためには、私自らが、何かしらのアプローチを掛けて、楠井君を誘う必要がある。

 ……でもアプローチってどうやって。

 楠井君がたまたまこの映画が見たいなら、白々しく机の上に置いておいて会話の切っ掛けにすることも可能なのだけれど……、

 そんなこと……天と地がひっくりがえっても、ありえないわよね。


 皆んな男をデートに誘う時って、どうやって誘っているのかしら。


 クラスメイトに聞いてみる?


 ……でも、そんなことしたら、私がデートに男も誘えない、使えない女だって烙印を押されてしまうわ。

 それはダメ、私は九条莉緒よ。

 私のイメージは完璧でなければならないわ。


 こんな時はイマジネーションよ……イマジネーションを働かせて、シミュレーションすればいいわ。


 例えば、奈緒香。

 奈緒香ならどうやって誘うのかしら……あの子ならきっと、あのあざとさで、

『私行きたい映画があるんだけど、誰か誘ってくれないかなぁ』

 なんて猫なで声プラス、上目遣いのコンボでうまく誘わせるのでしょうね。


 ……恐ろしい子……でも私にはできない。


 私が猫撫で声を出すだけで警戒されそうだし、上目遣いとか睨んでいると勘違いされる可能性すらあるわ。

 ……なんてややこしいキャラ設定なのかしら私は。


 麻美ならどう誘うのかしら。

 あの子のならきっと……、

『わ、わ、わ、わ、私と……映画に行ってくださいませんか』

 なんて斜め下に目を伏せて頬を赤らめて、初々しさを前面にアピールしてうまく誘いだすのでしょうね。


 これなら、私にもできるかもしれない。

 でも、楠井君相手に頬を赤らめると、

『お前熱あるんじゃないか? 大丈夫か』

 なんて言いながら別のところに連れて行かれそうだし。


 えーと、他は……、


「……」


 ダメだ。

 イマジネーションでシミュレーションするにも、私がよく知っている同年代の子って……、

 奈緒香と麻美ぐらいじゃない!


 もしかして私って友達が少ない?


 いえいえ、そうじゃないわ……私は孤高なの。

 ……高貴な生まれゆえの宿命ね。


 そうだ……斎藤よ! 

 ……斎藤をうまく使えば!


 って、斎藤はウチの者だってバラしちゃったじゃない。

 結局、剣術の修行なんてなんの意味もなかったし。

 手駒を無駄に消費しちゃっただけね。


 もしかして……これは、私のポリシーに反する行為なのだけれど、これしかないんじゃないの。


 ……当たって砕ける。


 でも、本当に砕けたらどうしよう。

 2度と立ち直れなくなっちゃうじゃない!


 ……うぅぅ、どうしよ。

 なにか……何かもっといい手は!


「莉緒、これ奈緒香がお前に渡してくれって」

 楠井君……噂をすれば影ね。

 このノリで誘ってみようかしら……って、どんなノリ!


「奈緒香も同じクラスなんだから、自分で渡せばいいのにな」

「そうね」

 本当ね……さっき渡せばよかったのに。


「おっ……おい莉緒、そのチケット」

 ん……チケット?


「あっ……ああ、これね」

「俺が、見たかった映画のチケットだ」

 え……何このミラクル。

 っていうか、これは千載一遇のチャンスじゃない?

 今なら、今ならごく自然に誘えるわよね?


「そ……そうなの、今度の土曜日なんだけど……よ、よ、よかったら一緒に行く?」

「行く、絶対行く」


 即答だった。

 こんなにあっさりと誘えるなんて思っても見なかった。


「あ、映画で忘れてしまうところだった。これ渡したからな」

「え、あ、ありがとう」

 手紙……よね?


「今度の土曜……楽しみだな」

「……そうね」

 楠井君にこんな一面があるだなんて知らなかった。

 私はもっと……彼のことを知る必要があるのかもしれない。


 そうだ、奈緒香の手紙……何を言ってきたのかしら。


 手紙には、こう記してあった

『サービスは今回だけだよ。莉緒ちゃん』と……、


 奈緒香……昔から食えない子だと思っていたけど……相変わらずね。


 でも、今日のところは素直に感謝するわ。

 ありがとう、奈緒香。


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