第27話 報いを受けなさい

 久我との勝負に備え、日々厳しい稽古に身を投じる俺。鮎川との実戦稽古、そこから見えた課題を莉緒が解析し対策を講じる。

 このルーティンを繰り返し、俺はメキメキと実力をつけていった。

 俺に指導する鮎川も凄いのだが、さらに凄かったのが莉緒だ。

 アドバイスが的確過ぎるのだ。

 莉緒は点で物事を見ない。ひとつの課題から今後起こるであろう課題も発見し、それをアドバイスに反映する。

 これには俺も鮎川も驚かされた。

 もし、莉緒が敵国の参謀にでもなったら……そう考えるだけでゾッとする。

 莉緒が天才なのは視野の広さ、視点の多さが大きく影響しているのだろう。


「なんとか形になりましたね」

「2人のおかげだな」

「まあ、楠井君の飲み込みの速さもなかなかのものだったわ」

「莉緒のアドバイスには負けるがな」

「あれぐらい……普通よ」

 少し照れ臭そうな顔をする莉緒、そう言うところは普通っぽい。


「ですが、楠井様……秀馬様の実力は」

「鮎川より上なんだろ」

「はい……残念ながら」

「大丈夫だ、ここまでしてもらって負けるわけにはいかない」

「実戦なら万が一にも秀馬様に勝ち目は無いのでしょうけど……剣道はルールがありますので」

「大丈夫だそのを踏まえても俺は絶対に負けない」

「凄い自信ね……」

「俺には勝利の女神がついているからな。100%負けねーよ」

「な……何をいっているのかしら」

 莉緒だけでなく、鮎川が照れていたのも俺は見逃さなかった。


「まあ、なるようになる」


 ***


 ——そして迎えた勝負の日。


 勝負は、学校の体育館で行われることとなった。

 そして体育館には沢山のギャラリーが駆けつけた。


「よく逃げ出さなかったね、楠井君」

「ああ、お前もな」

「僕が逃げるわけないだろ!」

「おっ……ちゃんと前歯入れたんだな、安心したよ」

「くっ……」

「安心しろ、今日は顔面は狙わないでいてやるよ」

「バカか、お前は! 面があるのに顔に届くはずないだろ」

「試してやろうか?」

 久我は両手で口元を隠した。

 届くはずないなんて言いながら、心の中では警戒しているいい証拠だ。


「あんまり、無理するなよ久我」

「君こそ、覚悟しておけ」


 俺たちは準備を整え対戦の時を待った。


 ——そして、多くのギャラリーが見守る中、戦いの火蓋が切っておとされた。


「はじめ!」


 対峙しただけで分かる、久我は強い。

 鮎川を基準で考えても相当な実力差がありそうだ。


 俺も、普通ならこんな勝負無謀だと思う。

 俺は素人、それに対して久我はチャンピョンなのだから。

 

 だが、俺は負けない。

 勝てはしなくても100パーセント負けない。

 なぜなら……久我が相手にしているのは、俺だけではないからだ。


 九条莉緒……久我は従兄妹いとこでありながら、莉緒の事をみくびり過ぎだ。

 

 どんな手段を使ってでも、己の望む結果を求める莉緒。その莉緒が自身が掛かったこの試合で、何もしないとでも思っているのか?


 久我が打ち込んでくる。

 全く無駄のない動き、これは相当な時間を鍛錬に当てたのだと思う。


「小手!」

 俺も、真剣に剣道と向き合った。

 あの練習の時間は嘘ではない。だが、久我には届かない。

 これは綺麗な一本だ。

 だが……審判の旗は上がらない。


「な……審判、今のは小手一本だろ?」


『『ブ————————————ッ』』

 そして抗議する久我に容赦なく浴びせられるブーイングの嵐。


「な……なぜ僕にブーイングが」

 久我は戸惑っている。

 だが俺には最初から分かっていた結果だ。


 審判も観客も、全て莉緒の息が掛かった者なのだから。

 ギャラリーはうちの制服を着ているが見たことの無い顔ばかりだ。

 審判を抱き込むことは想像してたが、観客まで巻き込むとは……流石にこれは想像していなかった。

 マジ、恐ろしいやつだ。


「どうした久我……まだ始まったばかりだぞ」

「ひっ……卑怯だぞ!」

「秀馬!」


 これに反応したのは莉緒だった。


「卑怯なのはどっちかしら……素人の楠井君相手に剣道で勝負を挑むだなんて……久我家の人間がやってもいい所業ではないのよ?」

「で……でも」

「私の命令を無視したことは見逃してあげたのよ? あなたはその恩情を仇で返した……報いを受けなさい」

「ひぃっ……」


 やっぱりちょっと久我が哀れになってきた。

 元はと言えば久我も巻き込まれただけなのだ。これではあまりにも可哀想過ぎる。


 だからせめて……。


「久我……お前の実力は本物だ。俺が認めてやる。だから、正々堂々と敗北をプレゼントしてやるよ」


 続け様に浴びせられた俺の言葉に、久我は何を言われているのか分からないような様子だったが……、


「調子に乗るなよ! 僕は試合に負けても勝負では負けていない、君だけはこの手で叩き伏せてやるよ!」


 闘志満々になった。よし、それでいい。


 俺がまだ駆け出しだった頃、どうしても分からなかったことがある。


 それは相手の強さだ。


 だから無謀な戦いを挑み、手痛い敗北を喫することもあった。

 だが、ある程度の実力がついてくると、相手の醸し出す空気感で実力が見極められるようになる。

 つまり無謀な戦いを挑むことがなくなり、生存率があがるのだ。

 

 久我は強者だ。

 だからこそ、久我は分かるはずだ。

 俺とヤツの、戦士としての格の違いを。


 俺は久我を仕留めるつもりで対峙した。


 これで、向かってくれば、俺は剣道のルールなど無視してお前を倒す。

 お前が真の強者なら、認められるはずだ。


 己の敗北を。


 本気の俺と対峙した久我は、俺の圧に負けて後退り始めた。


 ……そして「場外!」


「ば……バカな」

 久我自身は気付いていなかったようだが、本能は気付いていたようだ。


 もう一度対峙するも、久我はまた場外に出てしまった。これで合わせて一本となり、俺の勝利が確定した。


「な……なんなんだお前は」

「俺は莉緒に見初められた男だ、伊達じゃ無いんだよ」


 勝負はの完勝だった。

 卑怯だとか納得できないなどの異論は認めない。


 その点においては、俺と莉緒は似ているのかもしれない。


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