第26話 剣術修行

 なんだか可愛そうになって久我との剣道対決を受けた俺。しかも敗者は今後一切、莉緒に近づかない条件付きでだ。

 久我は昨年の剣道全国大会の優勝者、いくら俺が元兵士だからといって、一朝一夕で勝てる相手でないことは分かっている。

 だが俺は

 秘策があるわけではないが、負けない自信はある。


「それは本当ですか楠井様?」

「ああ、本当だ」

「……いくら楠井様が戦い慣れしているからって、それは無謀では」

「大丈夫だ、問題ない」

「剣がお得意なのですか?」

「ナイフなら得意だが、剣のように実戦に不向きな武器は使ったことがないな」

「えええ……本当に大丈夫なんですか?」

「ああ、俺は間違いなく負けない」

「楠井君……負けないのは分かったけど、あなた剣道のルールぐらいは知っているのよね?」

「もちろん、知らない」

「「は?」」

 俺の言葉に目を丸くして驚く2人。


「麻美……あなた剣道の心得、あったわよね」

「はい……多少は」

「私も多少はあるわ」

 莉緒が剣道……めっちゃ意外だ。

「楠井君、特訓よ! 秀馬との対決までバイトも休んでもらうわよ」

「え、ちょっと待て、それは向こうに迷惑が掛かるだろ」

「大丈夫よ、斎藤を送り込むわ」

 ……斎藤?

 ああ、あいつか、莉緒が休んだ日に話しかけてきた同じクラスの……あいつも莉緒の手先だったのか。

「分かった……従おう」

「あら、素直ね」

「まあ、俺だけの勝負じゃないからな」

「いい心がけよ、では行き先変更よ。私の実家へ行きましょう」


 莉緒が、指をパチンと鳴らすと、程なくして、超高級車が横付けした。

 ……いったい、どんな仕組みなんだ。


 俺達は車に乗り込み、莉緒の実家に向かった。


 

 ——分厚くて高い壁に隔てられた九条邸の門をくぐるとそこは……小さな町だった。

 これを家と呼ぶには違和感がある。

 城塞都市……莉緒の実家を形容するのにこれ以上ふさわしい言葉が出てこなかった。


「なあ、これは本当に家なのか?」

「そうよ、まあそれでも、お母様の住むアメリカの本邸の半分以下ってところよ」


 莉緒の頭がおかしな理由が少し分かった気がする。

「爺、楠井君を道場に案内してあげて」

「かしこまりました」

「私達は着替えてから向かうわね」

「ああ、分かった」


 ***

 

 ——莉緒達と別れてから5分ほど歩いているが、まだ道場には到着していない。

 そもそも敷地内を5分も歩いて目的地に辿りつかないって、どこのテーマパークだよ。


「楠井様、その節はどうもありがとうございました」

 道すがら執事の爺さん礼を言われた。


「その節というのはどの節だ?」

「お嬢様が拉致られそうになっていた時ですよ」

「莉緒に聞いたのか?」

「いいえ……お嬢様のガードをしていた狙撃班から伺いました」

 狙撃班だと……全く気が付かなかった。

 いくら、平和ボケしているとは言え、俺が銃口を向けられていて気付かないだなんて……どんな凄腕のスナイパーなんだ。

 ていうか、あいつら俺に殴られたことを感謝するべきだな。

 ……その程度で済んだのだから。


「いやまあ、通り掛かりだったしな。礼を言われるほどの事ではないさ」

「いやいや、それだけではありません。あの事件以来、お嬢様は毎日活き活きしておられます。ずっと死んだ魚のような目をしておられた、あのお嬢様が」


 この爺さんもなかなか毒を吐くな。


「きっと遠い世界から、莉緒様を見守っておられる旦那様も喜んでいることでしょう」

 遠い世界……莉緒の親父さんは亡くなっているのか?


「遠い世界……もしかして他界されているのか?」

「いえ、ブラジルにございます」

 ……遠い世界ってそっちか……さすが九条家に仕えているだけあってこの爺さんも侮れないな。


「着きました、こちらにございます」

 ……これは道場ってレベルじゃない。

 体育館だ。

 しかも学校にあるような小さな体育館じゃない。いったい幾らの人数を収容できるんだって規模の体育館だ。


 ていうか、この九条ランドの維持費……どれだけ掛かっているんだ。

 想像もつかない世界だ。


 道着に着替え道場内を見て回っていると、完璧に身支度を整えた莉緒と鮎川が到着した。


「お待たせ」

 莉緒の印象が随分違った。面を付けやすいように髪を束ねているからだ。

 莉緒を見ていると神は本当に不平等だと思う。

 こんな家に生まれただけでも恵まれていると言うのに、誰もが羨む美貌も持ち合わせているのだから。

 普段の莉緒は特に髪を束ねたりしないが、元がいいと、どんな格好をしても可愛い。


「楠井君、まずは基本的なルールを教えてあげるわ」

 稽古に入る前に、竹刀の握り方や、剣道の基本ルールを教えてもらった。

 ていうか、莉緒は教えるのも上手かった。

 人に教えるのが上手いってことは、完全にそれをモノにしている証拠でもある。

 もしかして、莉緒は相当な達人なのでは?


 なんて思っていたが、手合わせすると、そうでもなかった。頭で理解はしていても体がうまく付いてこないみたいだ。


「はぁ、はぁ、やるわね、はぁ、はぁ、楠井君、はぁ、はぁ」

 そして相変わらずのスタミナのなさだ。


「では楠井様、私がお相手差し上げます」

「ああ、よろしく頼む」

 今度は鮎川が相手だ。


「楠井様……わたし手加減できませんので……お覚悟なさってください」

 おいおい……経験者が素人相手に手加減できないとか……絶対嘘だろ。


 鮎川が竹刀を構えた。

 教えてもらったオーソドックスなスタイルだ。

 だが……この濃密な殺気。

 もしかして鮎川……前に俺にやられた仕返しをするつもりじゃないだろうな。


「戦いの最中に、余計なことを考えるな!」

 なんかどこかで聞いたことのあるセリフを吐いて、鮎川は鋭く踏み込んできた。

 動きは見えている。

 だが、鋭い。

 これは受けきれない。

 俺はサイドステップで鮎川の一撃をかわした。


「やるな楠井……まさかそんな動きまで出来るとはな」

 敬語が崩れてる……こいつは戦闘になると気が荒くなるタイプか。


「これはどうだ!」

 連続突き……速い!


 バックステップで円を描くように回避していくも、これはジリ貧だ。

 俺は鮎川の前方に前転し、なんとか突きを回避した。


「ちょこまかと、逃げているだけでは私には勝てんぞ!」

 確かに逃げているだけでは勝てない……だが鮎川は忘れている。

 これは勝負ではなく稽古だ、勝つ必要なんて1ミリもない。


 ……だが、あんな鋭い打ち込み。

 いくら遺恨があるとはいえ、もらってやるわけにもいかない。


 俺は竹刀を逆手持ちに切り替え、半身のスタンスに変えた。

 得意のスタイルでなければ、鮎川には太刀打ちできない。


「そんな奇策が通じる相手だと思うか! 舐めるな!」

 俺の逆手スタイルを見た鮎川は、怒りに任せて激しく打ち込んできた。

 確かに鮎川の言うとおり、これで打ち込んでいっても勝てない。

 

 だが、ことはできる。


 俺は鮎川の打ち込みをいなし、下段蹴りで倒し、そして馬乗りになって竹刀を首元に当てた。


 完璧だ俺の勝ちだ。


 だが、

 バチィーン!

 莉緒に思いっきり竹刀で頭をぶっ叩かれた。


「楠井君……やる気……あるのかしら」

 今までに見たことのない殺気のこもった目で睨まれた。


「この、勝負には私が掛かっているのよ! もっと真剣になりなさい! 麻美もよ!」

「「はいっ!」」


 結局この日は、鮎川と2人、正座でしばらく莉緒に説教を受けた。


 ぶっ飛んだやつだから周りのことなんか気にしてないように思っていたが、あいつもあいつなりにストレスが溜まっていたようだ。


 なんかごめん莉緒

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