第25話 勝負だ!

 奈緒香に背中を押されて、莉緒の元へ向かった俺の目に飛び込んできたのは、転入生の野郎が莉緒に告白するシーンだった。


 俺は葛藤した。

 このまま莉緒の元へ向かってもいいのか?


 邪魔をするのは簡単だ。

 だけど本当に邪魔をしていいのか?

 邪魔をして……その後、俺はどうする?

 

 ……考えても、答えは出なかった。


 でも俺は、奈緒香が示してくれた新しい道、“素直になる”に従う。

 そのためにここに来たのだから。



「莉緒……来い」——————


 差し伸べた俺の手を見つめる莉緒。

 言葉は発していないが、その表情がほころんで来ているのが分かる。

 ……どうやら俺は、間違えていなかったようだ。


 そしてゆっくりと、莉緒が俺の手を取ろうとすると……、

「待てよ、楠井君」

 やつが俺たちの間に立ちはだかり、それを妨げだ。


「ちょっと強引過ぎないか?」

「何が強引なんだ?」

「だから僕が、話してるって言ったじゃないか」

「俺は莉緒に話したい事があって来たんだ、お前と話したいわけじゃない」

「なかなか、話が通じないな」

「お前と話してないからな」

「くっ……」

 苦虫を噛み潰したような顔で久我が俺を睨み付ける。


「とにかくだ、人が話している途中に割り込むのは失礼だろ、僕は今大切な話をしていたんだ」

「そうなのか?」

 俺は莉緒を見つめた。


「そっ……それは」

「そうでもなさそうだが」

「莉緒!」

「……」

 莉緒は黙ってしまった。


「久我もういいだろ、莉緒こっちへ来い」

「う……うん」


 そしてやっと、莉緒は俺の元へ帰って来た。


 たった半日程度だ。


 たった半日程度離れただけだが……莉緒が戻って来て、俺の安堵感は半端なかった。


 俺は莉緒の、歪んだ愛の虜になってしまったのだろうと自覚せざるをえなかった。


「向こうで、話そう」

「うん」


 そして、この場を立ち去ろうとする俺達を、

「待て! 楠井!」

 また久我が呼び止めた。


「まだ何かあるのか」

「僕と勝負しろ」

 どこから出したのか、久我はそう言い放ち、俺の顔に手袋を投げつけた。


「……」

「あっ、ごめん、コントロール狂っちゃった」 


 コントロール……そんなことはどうでもいい。

 ヤツが俺の顔に手袋を投げつけた。

 この事実で、奈緒香によって取り戻された俺の冷静沈着さは何処かへ吹き飛び、若さ故のなんちゃらが心を支配した。


 そして俺は、一気にやつとの距離を詰め、渾身の右ストレートを放った。


「プギャァァァァァァァァァァァ!」


 俺の右ストレートをくらった久我は、この世の物とは思えない奇声を放ち、一回転二回転と地面を転がった。

 

「勝負ありだな、久我……」

 勝負を仕掛けておきながら隙だらけだった。

 口程にもない。


「く……楠井君」

「ああ、待たせたな」

「いえ、違うわ楠井君……なぜ秀馬を殴ったのかしら?」

 うん? おかしな事を言うもんだ。


「莉緒、お前も見ていただろ、ヤツが手袋を投げつけ、勝負をふっかけて来たからだ」

「そ……そう」

「違うのか?」

「そうね……勝負は勝負なのだけど、今すぐではなく、後日ルールを決めて正々堂々と勝負をしようと言う意味なのよ」

 後日……ルール……周りくどいな。


「まあ、フライングよ楠井君」

「……そうか、でもあの様子だと、いつ勝負しても同じだろう、行こう」

「そ……そうね」

「どうした?」

「あなたって、やっぱり変わってるわね」

「莉緒ほどではないさ」

「あら、言ってくれるわね。ところで、話って?」

「ここは、落ち着かない、別の場所で話そう」

「分かったわ」


 俺は場所を移して、話すことにした。

 何だろう、こうやって莉緒と一緒にいるだけで、もう話すことがないようなきがする。


「まっ! 待てぇぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 俺の一撃をまともに受けたと言うのに、久我が立ち上がって来た。

 なかなかのタフさだ。


「ど……何処に行くつもりだ、話は終わっていないぞ、楠井!」

 結構元気だ。

 本当に打たれ強いのかもしれない。


「なんの、話だ?」

 この手のタイプは放っておくと何度でも来る、しつこいやつだ。きっちりと止めを刺した方がいい。そう思い、俺はやつの話を聞くことにした。


「勝負は、まだついていない!」

「いや、ついただろう。もう立ってるのもやっとじゃないか?」

 立ち上がっては来たものの、やつの足は生まれたての小鹿のように、プルプルと震えていた。


「だから違うって! お前、莉緒の話聞いてなかったのか!」

「なんだお前、俺たちの会話を盗み聞きしていたのか……趣味が悪いぞ」

「そこじゃねぇ————————って!」

 なんだこいつ、随分印象が変わったな。

 随分騒がしいやつだ。


「と……とにかく勝負しろ、楠井」

 なんか必死だな……別に勝負するのは構わないけど。


「そして勝った方が莉緒と交際できる、それでいいな!」

「いやよ」

 莉緒から即、却下された。


「なぜ秀馬如きが、私の交際相手を決める権利があるのかしら? 楠井君にしばかれて、くるくるぱーになったんじゃない?」

 この口調……莉緒……怒ってるな。


「ご……ごめん莉緒」

 そこは素直に、謝るのか。まあ賢明だな。


「じゃぁこうしよう! この勝負に負けた方が、今後一切、莉緒に近付かない、これでどうだ!」

 まあ、よくありがちなパターンだ。


 でも……、


「なあ、久我……今この状況で俺に勝負を受けるメリットがあるのか?」

「え」

「いや、もう莉緒は俺を選んだわけじゃん? 万が一この勝負で、お前が勝ったとしよう。そしたら莉緒はお前を生かしておくと思うか?」


 相手は莉緒だぞ? 久我……。


「……」

 久我の目が点になった。

 何も考えてなかったってことか……なんか、流石にちょっとかわいそうになって来たな。


「分かった……勝負は受けてやるよ」

「え……本当?」

「ちょ、ちょっと楠井君」

「大丈夫だ莉緒、俺は負けない」

「あなたがそこまで言うのなら別に構わないけど」

「で、何で決着をつけるんだ?」

「剣道だ!」

「剣道?」

「秀馬、あなた卑怯じゃない!」

「卑怯?」

「そうよ……秀馬は去年の剣道の全国大会で優勝しているわ」

「いいぞ、全く問題ない」

「ちょっと楠井君?」

「俺は絶対に負けない」

「あなた、経験者なの?」

「いや……名前で何となく剣で戦うのは分かるが、その程度の知識だ」

「ははは、それで僕に負けないと言うのかい?」

「ああ、俺は絶対に負けない」

「思い上がりもいいところだな楠井! 叩きのめしてやるよ!」

「……あなた、何か考えがあるの?」

「何もないさ……だが絶対に俺は負けない」

「楠井君……」


 俺は負けない。

 負けるはずがない。

 莉緒がかかったこの勝負で。


「あ……ところで久我」

「なんだ?」

「前歯が抜けてるから、歯医者に行ってこいよ」

「ッッッッッッッッッッッッッッッッ!」


 因縁がひとつ増えたようだ。


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