第23話 転入生

 いつものように身支度を整えてリビングに降りると、珍しく優里亜がいた。


「おっはよう真! 今日は遅いね」

「いつも通りだ」

 ちょっと自分が早く起きたからって……優里亜は人をイラッとさせるのが上手い。


「そんなに、怖い顔しないでよ」

「してない……普通だ」

「うっそだぁ」

「本当だ!」

「めっちゃイラついてるじゃん」

「別にイラついていない」

「あれ? 知らないんだ? 真ってイラつくと、一瞬だけ眉が真ん中に寄るんだよ?」

 マジか……思わず眉を触ってしまった。


「ほら、イラついてるじゃん」

 くっ……ブラフだったか。

 

 その様子を見て、鮎川がクスっと笑った。

「確かに楠井様は、イラつくと眉を寄せますね」

 鮎川にも気づかれていた? てことは、ブラフでもなかったのか。


「ねー莉緒様」

「そっそうね……そうかもしれない」

 そんな癖があったのか……自分では気付けないもんだな。


「おはよう莉緒、鮎川」

「おはようございます」

「おっ……おはよう」

 うん? ……今日もか。

 

 俺が熱で倒れてからというもの、莉緒の様子がどうもおかしい。何かよそよそしいというか、避けられているというか。

 本人に聞いても、何もないの一点張りだ。


「優里亜、今日はどうしたんだ?」

「あーっ、今日はうちのクラスに転入生が来るのよ」

「「「転入生?」」」

「そそ、だからいつもより、ちょっと早く出ないと駄目なの……いい迷惑よね」

 お前が担任になることの方がよっぽど迷惑だ。


「そんなわけで、そろそろ出るよ、また学校でね」

「ああ」「「いってらっしゃい」」

 優里亜は慌ただしく出ていった。


 いつもは莉緒が、色々話しかけてくれるのだが、今日は特に何もなかった。

 莉緒がこんな感じだと、なんか調子が狂ってしまう。

 会話のない食卓で、ただ淡々と食事を済ませ、俺達も学校へ向かった。



 ***



「おっはよう!」

 莉緒とは対照的に、教室へ着くと奈緒香がパーソナルエリアを無視した距離感で話しかけてきた。


「ねね、うちのクラスに今日転校生が来るらしいよ」

「らしいな」

「えーっ、なんで知ってるの?」

 しまった……優里亜に聞いた話だったな。

 どう言いわけする?

 なんて考えていると、


「私が教えてあげたのよ」

 すかさず、莉緒が助け舟を出してくれた。

 ……助かった。

 お礼とばかりに莉緒にウィンクすると、ささっと目を逸らされてしまった。

 ……なんだ、本格的に避けられているのか?


「さすが九条さん、情報が早いね」

「……ああ、そうだな」


 奈緒香は何か察したのか、

「ふーん」となどと言いながら、じっと俺を見つめた。


「うん? どうした」

「どうしたっていうか……九条さんと何かあった?」

 やっぱり何か察していたのか。


「何も無いはずだが……何でだ?」

「何も無い?」

 しまった……またボロがでた。

 ちょっとこっちの生活に慣れて会話に油断が出てきたか。気を引き締めないとな。


「何も無い」

「そう……ならいんだけど」

 奈緒香は莉緒を遠巻きにじーっと見つめていた。


「何でだ?」

「なんでもない」

 きっとなんでも無い事はないんだろう。奈緒香から見ても、莉緒の様子がおかしいのだと思う。


「ねー、ところでさ、いつになったら誘ってくれるの?」

 莉緒の方をチラチラ見ながら、デートをアピールする奈緒香。莉緒の出方を伺うつもりなのか?


「いや、バイトがあるからな」

「あーっ、そうだったね、スマホ買ったら

「ああ、分かった」

 ……わざとらしい奈緒香のフリにも莉緒は無関心を装っていた。

 今までだったら、こんな時、濃密な殺気を俺に放っていたのだが……本当にどうなっちまったんだ。


 そうこうしているうちに予鈴がなった。



 ***


 

 今朝の話通り、転入生が優里亜に伴われてやってきた。

「えっと、みんな知ってると思うけど、今朝はホームルームの前に、転入生を紹介するね」

 転入生を見るなり、クラスの女子達が騒ついた。

「イケメン?」「イケメンだ」「イケメンじゃない?」「イケメンだよね」


久我くが 秀馬しゅうまくんです」

「久我秀馬です。よろしくお願いします」


「やっぱイケメンだ!」「爽やかイケメンだ!」

「超イケメンだ!」


 イケメンか……クリンクリンの鬱陶しい長さの髪に、切れ長の目。睫毛が長くて、顎が尖っている。しかも華奢。

 戦場に出たら秒殺されそうな、こんな、なよっちいヤツをイケメンと言うのか。

 俺も優里亜に無駄にイケメンと言われたり、笹木さんにイケメンを無駄に消耗していると言われている。

 ……て、ことは俺もヤツと同一カテゴリーなのか?


 彼女達にはそんなふうに見えているのか……莉緒に聞いてみることにした。


「なあ莉緒……」

 ……だが、莉緒に話しかけても何の反応もなかった。


「莉緒?」

 莉緒はただ、じっと転入生を見つめていた。


 そしてそのタイミングで転入生が「莉緒……」莉緒の名を呼び、

 莉緒は「秀馬……」転入生の名を呼んだ。


「久しぶりだね莉緒……随分綺麗になったね」

 久しぶり? 綺麗になった? 


「あたなも随分立派になったわね」

 立派? このなよっちいのが?


 ていうか2人は知り合いなのか?


「莉緒……こんなところで、君に会えるなんて、夢にも思ってみなかった。嬉しいよ」

 いつもの莉緒なら

『嬉しいのはあなただけで、私は1ミリも嬉しくないわ』なんて返すのだが……、


「そう……私も秀馬に会えて嬉しいわ」

 俺は莉緒の言葉に自分の耳を疑った。

 

 なんだ……なんだっていうんだ莉緒。

 えも言われぬ焦燥感が俺の心を支配した。

 


 ***



 見てるわね楠井君。

 どうだった私の演技?

 もう、あなたには興味がないのよ……的に見せておいて……からの秀馬の登場。


 楠井君……あなたの頭の中は今、私でいっぱいのはずよ。

 私のことが気になって気になって仕方がないはずよ。


 さあ、嫉妬なさい!

 あなたの感情を全て……私で埋め尽くしてあげるわ。

 楠井君……あんなキスなんかじゃ許さないわ。

 私に火をつけたあなたが悪いのよ。

 

 

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