第13話 陰謀

 鮎川です。

 あれは2学期が始まって、1週間ほど経ったある日の事でした。真夜中にも関わらず、スマホに着信が……。


 トゥルルルルルル……

 トゥルルルルルル……


「はい……鮎川です」

『麻美、私よ、今すぐ部屋に来て』

 まあ、予想通り、発信者は莉緒様でした。

 時計はまだ早朝? 深夜の4時。

 人が気持ちよく寝ていたのに迷惑な話です。


「分かりました直ぐに向かいます」

 でも主命なので、とりあえず私は最低限の身支度だけ整えて、莉緒様の部屋に向かいました。



「——よく来たわね麻美」

「……まあ、呼ばれましたので」

 莉緒様に限った話ではないのですが、よく来たわねってくだり……要ります?


 ……それにしても、こんな時間なのに莉緒様はテンション高めでした。

 もしかして寝てないのかも知れません。


「もう、足はいいの?」

「お陰様で、すっかり良くなりました」

 莉緒様は人使いは荒いけど、こういった気遣いは出来るいい子なのです。

 でも、今朝も同じやりとりしましたよね?


「そう、それはよかった……実は、あなたに頼みがあって呼んだの、聞いてくれるかしら?」

 なんとも言えない不気味な笑顔でした……正直怖かったです。


「わ……私に出来る事であれば」

「簡単な事よ、あなたなら出来るわ……フフッ」

 特に、最後の笑い……背筋がぞくっとしました。


「麻美……あなたに頼みたいのはね……」

 そして私は莉緒様から、目の覚めるような恐ろしい計画を聞かされたのです。



 ***



 この部屋で莉緒と鮎川と暮らし始めてから10日ほどが経つ。

 てっきり莉緒とふたり暮らしだと思っていたが、鮎川も同居していてくれたことで、色んな意味で助かった。

 初日の夜も、実は鮎川は部屋で寝ていたらしい。俺が気配を感じないなんて、凄いステルス性の高さだ。

 戦闘技術もなかなかのものだった。九条家では鮎川が莉緒のSP兼世話役といったところなのだろう。

 同居するまでの手段を選ばない手練手管を考えれば、もっと色々仕掛けて来るもんだとばかり思っていたが、今のところ案外平穏な日々を過ごしている。


「おはよう」

「「おはよう」」

 リビングに降りると、いつものように2人が俺を迎えてくれたが、少し元気がない。もしかして寝不足なのだろうか?


「2人とも今日はなんか元気がないな、夜更かしでもしたのか?」

「ありがとう楠井君、もうそろそろ試験だから、少し遅くまで勉強をしていたのよ」

 入学以来、常に学年トップをキープしている莉緒のことを、周りの奴等は天才だと言う。

 なるほど……このたゆまぬ努力が天才を作るってわけか。


「鮎川もか?」

「そ、そ、そ、そうなんです」

 うん? なんか明らかに動揺しているみたいだけど……、

 まあ、鮎川は自分のこと以外にも色々苦労しているから、普通に疲れているのかもしれない。


 ——この時の俺は、特に何も気にせず、いつものように3人で学校へ向かった。


 ちなみに優里亜はギリギリまで寝たいと申し出があったので、あの日以来、朝食には参加していない。


 ——「おはよう、楠井」

 教室へ着くなり奈緒香が俺に近づいて来た。

 何か用事でもあるのだろうか。


「おはよう、奈緒香」

 とはいえ、奈緒香に話しかけられたのは、実はあの日以来だったりもする。


「おはよう、九条さん、ちょっと楠井、借りてもいい?」

「……おはよう奈緒香。別に構わないけど、なぜ私に許可を?」

「なんとなくだよ」

 奈緒香は莉緒にウィンクで答えていた。


「じゃぁ、ちょっとついて来て楠井」

 早速俺の手をとり、教室から連れ出そうとする奈緒香。

 

「ちょ、ちょっと待てカバンだけ置かせろ」

 今日の奈緒香には、俺の意思を無視する強引さがあった。

 チラッと莉緒の方を見たが、薄ら笑いを浮かべているだけだった。

 それはそれで、なんか恐怖だ。


 ——カバンを置いた俺は、奈緒香に比較的人通りの少ない、東側の階段の踊り場に連れてこられた。


「あーっ、なんか急に、ごめんね」

「いやそれはいいが、今日はどうしたんだ?」

「実はさ、あの時ね」

 あの時……ファーストフード店のことか。


「私、楠井にお礼が言いたかったの」

「お礼?」

「そうだよ」

 お礼って……なんのお礼だ?


「あっ、その顔は覚えてないって顔だね」

 奈緒香の言う通り全く覚えていない。


「すまない、覚えていない」

「うん、なんかそんな気はしてた」

 それでも屈託のない笑顔を見せてくれる奈緒香。


「私ね……夏休み、楠井に助けられたんだよ?」

 助けられた? 

 奈緒香はしばらく俺を、じーっと見つめていたが、俺には分からなかった。


「し……私服だったから気付かないんじゃないか、女子は私服でガラッと印象変わるだろ?」

 どこかで使ったいいわけを使ってみた。


「あーっ! そっか、そうかも知れない!」

 よかった……通用した。


「で、俺は何をしたんだ?」

 奈緒香はニヤニヤしながら俺を見つめた。


「楠井さ、まだ私のこと誘ってくれてないよね、お返しデートに」

 お……お返しデート?

 はじめて聞く言葉だ。


「今度は楠井が、奢ってくれるんでしょ」

 あ、そのことか。

「ああ、そうだったな」

「お返しデートに誘ってくれたら、その時に教えてあげる」

 今は……教えてくれないのか。


「気になるなら誘ってね。デートに」

 奈緒香にウィンクされた。

 なんだろう……一瞬ドキっとした気がした。


「あーっ、ダメだダメだ」

「うん? どうした?」

 奈緒香は急に真顔になり、真っ直ぐに俺を見つめた。そして……、


「楠井その節は、ありがとうございました」

 深々と頭を下げた。


「こんなところまで連れてきて、また、お礼、言いそびれるところだった」

 眩しい笑顔を向けてくれる奈緒香。

 やっぱりこいつの持つ空気感は、なんか安らぐ。


「奈緒香……」

「なに?」

「お前は、やっぱり可愛いな」

 俺は無意識に奈緒香の頭をポンポンとしていた。


 すると奈緒香は顔を真っ赤にして、

「まっ、また、そういうこという!」

 少し照れながら膨れっ面になっていた。


「もう、本当に……」

 そうこうしている間に予鈴が鳴った。


「戻ろうか」

「ああ、そうだな」


 俺たちは教室に戻った。

 色んな意味でとても爽やかな気分になった朝だった。

 

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