第11話 殺気
奈緒香は俺に莉緒との仲を取り持って欲しいとばかり思っていたが、どうやら違ったようだ。
だとしたら奈緒香はさっき、俺に何を言おうとしていたんだ?
そして莉緒……大切な用事があったはずのお前が、何故ここにいるんだ?
たくさんの人の中だからあまり気にしてはいなかったが、さっきからチラチラ感じていた視線はお前だったのか?
「ねえ楠井……もしかして、ずっと私と九条さんがケンカしてるって勘違いしてたの?」
「ああ、そうだ」
「そっか……」
少し落ち込む奈緒香。
「ずっとモヤモヤするだろって聞いたのも、ケンカしてると思ってたから?」
「そうだ」
「そっか……」
更に落ち込む奈緒香。
「同じ気持ち……ってやつは?」
「俺もお前たちに、仲直りして欲しいと思っていたからだ」
「そっか……」
かなり落ち込んだ様子の奈緒香。
えーと……こんな時はどうすればいいんだ……慰めればいいのか?
でもどうやって?
なんで落ち込んでいるかも分からないんだぞ?
なんて考えていると奈緒香は笑顔で、
「だ、だよね〜 そうだと思ったよ」
無理やり話を合わせてくれた。
「あっ……私、急用思い出しちゃったから先に帰るね! またね!」
「待て奈緒香、送るぞ」
「ううん、大丈夫! すぐそこだし……少し1人になりたいから」
そう言い残し、奈緒香は足早にこの場を後にした。
無理に笑顔を作っているのは分かったが、その理由までは、俺には分からなかった。
そして奈緒香が居なくなった席に莉緒が座った。
「楠井君……あなたは何をやっているの?」
そのセリフ、そっくりそのまま返したい。
「いや……何って見たまんまだけど」
「そう……クラスメイトの可愛い女の子に誘われて鼻の下を伸ばしてホイホイついてきたのね」
「酷い言われようだな」
「側から見たらそうだと思うのだけど?」
え……そうなの?
「それに恥ずかしげもなく、こんな場所で……はじめて……だとか、どういう神経をしているのかしら」
なんで俺たちの会話の内容を知っているんだ?
と思ったが敢えて突っ込まなかった。
「いや、そりゃ……本当にはじめてだしな」
顔を真っ赤にする莉緒。
そんなにファーストフード店にはじめて来ることが恥ずかしいのかよ。
「……私に……言ってくれれば」
急にしおらしくなる莉緒。
言ってくれればもなにも……、
「言おうとしたら、用事があるって、さっさと帰ったじゃないか」
「……え」
「クラスメイトに誘われたのなんてはじめてだからな……お前についてきて欲しかったんだよ」
「……そ……そうなの?」
更にしおらしくなる莉緒。
思った反応と違って少し戸惑ってしまう。
「で、お前はなんで、こんなところにいるんだ」
「た……大切な用事があったからよ」
用事ね……、
俺を監視することが莉緒の用事だったということか。
監視カメラが全部こっちに向いているし、テーブルの裏にも盗聴器が仕掛けられている。
おそらく全席に仕込んであるな。
そして、客のなかにも、そっち系のヤツが紛れているし……って、……店員もか。
油断していた。
こいつに好かれるということは、そういうことなんだな。
校内でも監視されていて、そいつから奈緒香と約束したことを聞き出したんだな。
ていうか、怖っ!
もしかして、戦場よりも過酷な環境に身を投じることになったんじゃないのか?
大切な用事についてはそれ以上突っ込まなかった。
「もう用事はすんだのか?」
「え……あ、そうね」
「じゃぁ、帰るか」
「うん……」
……俺達は、急いで店を後にした。
何故なら……、
強烈な殺気を感じたからだ。
「莉緒……」
「何?」
「肩組んでいいか?」
「え……きゅ、きゅ、きゅ、急に何を?!」
「いいから組ませろ」
「え、え、え、えっ」
俺は、強引に莉緒と肩を組み、莉緒の半身を隠した。
もし莉緒を狙撃するなら正面、もしくは俺が盾になっていない右側だけを警戒すればいい。
それにこれだけ密着していれば、最悪の場合、即座に庇うことができる。
まあ、殺気は背後からだし、狙撃はないと思うが、念のためだ。
「く……楠井君歩きにくいんだけど」
「我慢しろ」
「はっ……はい」
よし、いい子だ。
ていうか守られなれてるから素直にしたがったのか?
「なあ、莉緒……お前ん家って相当な金持ちなんだろ?」
「ま……まあ、日本で指折りできる程度には」
「そうか……」
ん? って……日本で指折りできる程度にはだと?
ちょ、超VIPじゃねーか……なんで普通に学校なんか通ってんだよ。
ていうか、SPはいないのか?
SPの気配は感じられない……殺気を放つ奴が後ろからついて来るだけだ。
そういえば……夏休みにこいつと会った時も拉致られそうになっていたな。
それでか……ていうか、なんでSPを付けないんだ。
マンションまで戻ってきても殺気はなくならなかった。
部屋で迎撃するか……だがそれだと万一の場合、莉緒に逃げ道がない。
なんて考えていると、ちょうど優里亜が帰ってきた。
「ただいま! っていうか、熱々だねお二人さん」
肩を組む俺達を全力で冷やかしてきた。
「そ……そんなんじゃないです!」
お約束のように否定する莉緒。だが俺にそんな余裕はなかった。
「優里亜……莉緒を頼む」
「あれ? どうしたの?」
「つけられてる……」
「え……まじ?」
なんだ優里亜のやつ感覚が鈍ったのか?
この濃密な殺気に気づかないだなんて……。
「とにかく任せた」
「オッケー、オッケー」
「えっ? ちょっ……どういうことなの楠井君」
「すぐ戻る」
まあ、優里亜に任せていれば大丈夫だろう。
なんてったって、ヤツは俺の師匠なのだから。
俺は
追跡者は俺に気付かれた事に察知したのか、
逃走を図った。
逃さない、逃すわけにいかない。
俺は追跡者を追った。
そして、追跡者は、戦闘にはおあつらえ向きの、建設現場に駆け込み俺を待っていた。
て……ていうか、
「鮎川……」
殺気の主は鮎川だった。
「やはりあなたも只者ではなかったのですね楠井様……」
どういうことだ?
「いくら莉緒様のお気に入りでも、女の敵……許しませんよ! いざ勝負!」
だからどういうことだってばよ!
俺と鮎川の戦いの火蓋がきって落とされた。
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