第10話 あれ?

 はじめてのクラスメイトからのお誘い。はじめてのファーストフード店。

 はじめて尽くしで新鮮ではあるが、何か落ち着かない。


「どうしたの楠井、まだ落ち着かないの?」

「まあ、そんなところだ。なかなか慣れないものだな」

「なんか、楠井って見かけによらず可愛いところあるんだね」

 屈託のない笑顔を見せる奈緒香。俺に可愛いなんて言っておきながら、よくよく見るとこいつもなかなか可愛い。

 莉緒や優里亜、鮎川とはタイプが違うが、ほわっとした女の子らしさというか、雰囲気というか……なんだか安らぐ。


「可愛いのはお前だろ、奈緒香」

「ま、ま、ま、またそういう事いうし!」

 優里亜の言葉を信じて、いいと思ったところは積極的に褒めるようにしているが、奈緒香の動揺が激しい。……もしかして、これ信じちゃダメやつなんじゃないか?


「はじめてとか言ってたけどさ、楠井って……本当はこういうの……慣れてるんじゃないの?」

 眉を八の字にして疑いの眼差しを向ける奈緒香。


「いや……本当にはじめてだぞ、なんでだ?」

「なんか、口がうまいし。はじめてって言うのも嘘なのかな? って」

 口が上手い……話術の訓練が仇になったか。


「考えすぎだ……だいいち、そんな嘘をついて俺になんのメリットがあるんだ?」

「うん……言われてみれば確かにそうね……ごめんごめん、疑っちゃって」

 やっぱりまとう空気感があの3人とは別物だ。ピリつく感じがゼロだ。きっと奈緒香は特異なのだろう。


「まあ、そんなこと言ってる私もはじめての時は緊張したんだけどね」

「そうなのか?」

「そりゃそうよ……でも、何回も友達と経験して、慣れたんだよ」

「友達か」

「うん、友達」


 この国ことわざでいうところの“習うより慣れよ”ってやつか。



 ***

 


『莉緒様! 莉緒様!』

「……なに」

『こいつら全力でイチャついてますよ! 

 やっちゃっていいですか! 

 やっちゃっていいですか!』

「麻美……落ち着きなさい」

『無理ですよ! だって2人の世界ができ上がっちゃってるじゃないですか!』

「お、落ち着きなさいって言ってるでしょ麻美!」

『うぅ——っ、でも!』

「麻美っ!」

『……はい』

 

 楠井君……奈緒香に可愛いって言った。

 2度も言った! 

 私は1度も言われたことないのに!

 それに……めちゃくちゃいい雰囲気じゃない!

 なんなのよ! もうぅ!


 って、取り乱している場合ではなかったわね。

 

 奈緒香……“何回も友達と経験”って……まさか奈緒香がそんなに乱れていただなんて。

 楠井君のことよりも……こっちの方が問題ね。



 ***



「ねえ楠井……本当のところ、今日はなんで来てくれたの? その……可愛いからとか、そんなんじゃなくてさ」

 本当のところか……それはもちろん、

「慣れるためだ」

「え……何に?」

 ……何にと言われれば、この国の色々というかお前らの生態にだが。


「こういうこと? とかかな」

「こういうことって?」

「そのまんま、なのだけどな」

「えーっ、それじゃぁ、分かんないよ?」

 莉緒と違って察しが悪いな。

 ていうか、なんて言えばいんだろうな……、

 分かりやすくだよな……分かりやすく言うと……そうだ!

 たしか……、


「デートだ」

「え、デート?」

「こういうの……デートっていうんだろ?」

「え……えと」

 うん? 奈緒香が狼狽ているように見える。

 何か俺、おかしなこと言ってる?


「え、あ、うん、デート、そうデートだけど」

「俺はデートになれたいんだ」

「そ……そうなの」

「ああ」

 よし、うまく伝わったようだ。


「でも……デートって、なんか九条さんに申し訳ないな」

「なんでだ?」

「だって、朝の感じだと……2人は特別な関係なんでしょ?」

「……どうだろうな」

 確かに特別な関係ではあるが……、

 脅迫されて同棲しているとか……絶対に言えない。



 ***



『莉緒様……』

「なに……」

『やっぱ、あいつクズ井ですよ! クズ井!

 デートに慣れるとか言ってますよ!

 これはつまり、女に慣れるためと言っているのと同義ですよ!

 クズ井のヤツきっと、とんでもなくイヤラシイ事、考えててるんですよ!』

「そ……そうなのかしら」

『そうですよ! ていうか、こんなまどろっこしい事やってないで、莉緒様も参戦してきてくださいよ!』

「な、な、な、な、何を言ってるの麻美!」

『だって、このままじゃ、奪われちゃいますよ? クズ井のはじめて……嫌なんですよね?』

 確かに嫌よ……でもどんな顔して行けばいいっていうのよ!


 ……でも、麻美のいう通りなら、私の予想は正しかったわね。

 女に慣れるため……、

 それはつまり……私と上手くするためなのよね。

 ……でも、そんな気の使い方、私はいらないのに。



 ***



「楠井……本当はね、もっと早く誘うつもりだったんだ」


 もっと早く……ってことは、夏休み前から莉緒と喧嘩していたのか?


「確かに、早い方がいいもんな」

「……なんで、そう思うの?」

「そりゃ、言うまで、ずっとモヤモヤするだろ?」

「うん……そうだね」

「それは奈緒香だけじゃないしな」


 今の言葉に、奈緒香は目を丸くして驚いていた。まあ莉緒に確認したわけじゃけど……あいつはそのタイプだろう。


「ねえ……楠井も同じ気持ちなの?」

 同じ気持ち……うん……確かにまあ、数少ない知り合い同士が喧嘩しているのは、いい状況とは言えないしな。


「そいういう事になるな」

「そっか……」

 奈緒香は頬を赤く染め、少しうつむき、


「……なんか嬉しいな」

 とこぼした。

 うん? なんだこれ……、

 なんか違うくないか?

 奈緒香はうつむいて、もじもじしている。まるでこれから告白でもするかのようだ。


 そして奈緒香は両頬をパンと叩き、

「楠井、私、勇気を出して言うね」

 真剣な顔で俺を見つめた。



「楠井、私……」

「あら、楠井君、奈緒香、偶然ね」



 ちょうどそのタイミングで、莉緒が俺たちの前に現れた。

「こんなところで何をしているのかしら」

 おまえこそ……って思ったが、この際それはいいだろう。ナイスタイミングだ。こういうのは仲を取り持つより当人同士で話し合った方が早い。


「莉緒……丁度よかった……奈緒香がな、お前と仲直りがしたいらしいぞ」

「「え」」

 俺の言葉に驚く2人……そりゃ夏休み前からこじれていたのなら、当然えっ? ってなるだろう。


「な……何を言っているの楠井君」

「何をって、俺は奈緒香からお前と仲直りしたいって相談を受けてだな」

「何言ってんの楠井……私そんな相談してないよ……」


 あれ?


「奈緒香は俺に莉緒との仲を取り持って欲しかったんじゃないのか?」


「「は——————————っ?」」


 あれ?


 もしかして俺……やらかした?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る