第9話 はじめて

「なあ莉緒、実は今からな」

 放課後、奈緒香との約束の件を話そうとすると……、


「あ、私、今日は大切な用事があるの。だから先に帰っていてくれる?」

 莉緒は取り付く島もなく……、


「じゃあ、また後で」


 ……席を後にした。


 クラスメイトからの、はじめてのお誘い。どう振る舞っていいか分からないから、莉緒に付き合ってもらおうと思っていたのに残念だ。

 なんて考えている間に、莉緒の姿は教室から見えなくなった。よほど急いでいたのだろう。


「楠井、行ける?」

 そして入れ替わるように奈緒香が誘いにきた。


「ああ、行けるぞ」 

「九条さん、よかったの?」

「何がだ?」

「何か、慌ててなかった?」

「ああ、大切な用があると言っていたな」

「そうなんだ」

「本当は莉緒にも、ついてきてもらおうと思っていたんだがな」

「えっ」

「うん? 莉緒がいるとまずかったか?」

「そ、そんな事はないよ!」

 あきらかに動揺している。

 莉緒がいるとまずいのか……なら結果オーライだな。


 ん? 

 

 ……そういえばさっき、莉緒も奈緒香の事を気にしていたな。


 ……これは、もしかして。


「……」


 ……分かったかもしれない。


 2人は……、


 ケンカをしているのだ。


 莉緒の周りにできた人だかりの中に、奈緒香の姿はなかった。

 きっと奈緒香は俺に、莉緒との仲をとりもってもらいたいのだろう。

 だから莉緒が一緒にいるとまずいんだ。

 そうだとすれば、これまでの話も説明がつく。

 当人同士で解決すればいいと思うが……色々あるのだろうな。


「で、どこに行くんだ?」

「取り敢えず、駅前のファーストフード店でいいかな?」

 ……ファーストフード店か。


「どうしたの? 苦手?」

「いや、それでいいぞ」

「オッケー!」

 そんなわけで俺達は早速、駅前のファーストフード店に移動した。



 その影で——————


『莉緒様、マルタイの目的地が分かりました』

「そう、良くやったわ……それでどこなの?」

『駅前のファーストフード店です』

「ご苦労様、麻美はそのまま2人の監視を続けて」

『了解』


「爺、今の話は聞いていたかしら」

「ハッ、もちろんにございます」

「駅前のファーストフード店にスタッフを配置するのよ、場合によっては店ごと買収しても構わないわ」

「かしこまりました」

「車を出して、私たちも先回りするのよ」

「ハッ!」


 楠井君……私という、友達以上恋人未満の存在がありながら、他の女にフラフラ付いていくなんて、許されることではないのよ。


 もし……あなたが、私をキープしつつ、奈緒香にも手を出そうものなら……その時は。



 ****



 時を同じくして真は——————


「ひゃぁっ!」

「いきなりどうしたの楠井?」

「いや……なんか凄い悪寒がしたものだからな」

「大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」

 夏だというに……この悪寒、何か嫌な予感がする。


 ——そうこうしている間に、俺たちは駅前のファーストフード店に着いた。

 実は俺、ファーストフード店……はじめてだったりする。


「奈緒香……」

「なに?」

 俺は奈緒香にヒソヒソ話で、ファーストフード店が初めてだという旨を伝えた。


「え、それ本当!?」

 恥ずかしいからヒソヒソ話で伝えたのに、奈緒香は大きな声で大きなリアクションをとった。


「ああ、本当だ」

 恥ずかしさで自分の顔が赤くなったのが分かった。


「本当にはじめてなの?」

 こんな所で、まじまじと聞くなよ……恥ずかしいじゃないか。


「本当にはじめてだ」

「じゃぁ、私がはじめての相手だね」

「ああ、そうだな」

「じゃぁ、私に任せて」

「ああ……頼むよ」

 俺は注文を奈緒香に任せた。


 

 莉緒サイド——————


『莉緒様! 聞きましたか! 聞きましたか!』

「ええ……聞いたわよ……」

『楠井様……はじめてなのですね!』

「そ……そうみたいね」

『いんですか莉緒様? このままだと奈緒香に、楠井さまのはじめてが奪われちゃいますよ!』

 そ……そんなの。

「い……いいわけないでしょ!」

『ひぃぃっ!』

「とにかく監視を続けなさい!」

『はっ……はい!』


 楠井君……奈緒香……一体どういうつもりなのかしら。

 ……あんなに顔を赤くして、こんな場所で、はじめてだとか。


「……」


 そ……そうか、

 そうなのね……、

 やっと分かったわ楠井君。


 あなた……はじめてだから昨日……何もしてこなかったのね。


 そ、その……つまり、奈緒香と……アレの……練習をしようとしているのね。


「……」


 そ……その心意気は買うけども……私もはじめて……なのだから……相談してくれてもよかったのに。


 なんだか、気分が沈んでしまった。


 って……何を落ち込んでいるの私は!

 冷静になって! 

 ここはファーストフード店よ!

 いくらなんでも、ここで、致してしまうことはないわ。

 次の行き先を……次の行き先を必ず突き止めることが先決よ!

 


 ***



 ——「お待たせ楠井」

「ああ、ありがとう」

「どう、いたしまして」

「いくらだ?」

「あ……いいよ別に、誘ったの私だし」

「いや、そういうわけには、いかないだろう」 

「本当にいいの、気を使うなら今度は楠井から誘って」

「ああ、分かった」


 女の子に奢ってもらってしまった。

 確かこの国では、奢らない男は嫌われると聞いていたのだが大丈夫だろうか。


「でも、意外だったわ」

「何がだ?」

「楠井が誘いに、のってくれるなんて」

「なんでだ?」

「いつも仏頂面じゃん。だから女の子になんて興味が無いんだと思ってた」

「そんなことはないさ、奈緒香みたいな可愛い子に誘われたら、誰だってついていくだろう」

「え……そ……そうなの?」

「そりゃそうさ」

 

 女はとにかく褒めろと、日頃から優里亜に言われているけど……本当によかったのだろうか。

 奈緒香……かなり顔を赤くしているけど、勘違いされないだろうか。



 再び莉緒サイド——————


『莉緒様! 莉緒様! 聞きましたか!』

「え……ええ」

『誘われてお金を払おうとしていましたよ! これじゃあ楠井じゃなくて、クズ井ですよ!』

「そ……そうみたいね」

『こ……これはつまり、アレですよね……援……』

「黙りなさい!」

『はっ! はいぃぃぃぃっ!』


 楠井君……あなた本当にどういうつもり?

 もしかして姉小路先生とのインモラルな関係も、望んだものだったの?


 し……しかも、呼び捨てで可愛いとか……まだ私にも可愛いなんて言ってないわよね!


「……」


 楠井君……あなたがもし本当に、クズ井君なら……、

 

 ただでは、すまさない!

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