第8話 つきあって

 休み時間、莉緒が席を外した時を見計らってから見計らわなくてか、ひとりの女子生徒が俺に話しかけてきた。


「ねえ楠井って、九条さんと付き合ってるの?」


 今朝の騒ぎの後に、この露骨な席替えだ。その手の質問は必ず来ると思っていた。

 それよりも、なんで俺は呼び捨てで、莉緒はさん付けなんだ。


「いや、付き合ってないぞ」

「本当に?」


 女子生徒は顔をずいっと近付けて念を押してきた。俺は思わず気圧されてしまった。こいつのパーソナルエリアはどうなってるんだ。


「……ああ、本当だ」

 彼女の念押しに素直に答えると、ほっと胸を撫で下ろしたような様子で、

「あーっ良かった。一緒に登校してくるし、なんか雰囲気も良さげじゃん? だから付き合ってるんだと思っちゃった」

 有り体に気持ちを吐露された。


「何が良かったんだ?」

「え……あ、やだ私ったら、何でもない!」

 俺が突っ込みを入れると、女子生徒は顔を真っ赤にし、慌ててこの場を立ち去った。


 何がしたかったんだろう。


奈緒香なおかなんだって?」

 女子生徒と入れ替わるように莉緒が戻ってきた。

 奈緒香……さっきの女子生徒の名前か。


「さあ、分からん」

「分からん? 話していたのではないの?」

 明らか不機嫌オーラを放つ莉緒。


「挨拶程度に、一言二言交わしただけだ」

「ふ〜ん、そう」

 莉緒はじーっと奈緒香を見つめていた。

 ……変な事を考えていなければいいが。


 ——次の休み時間は、莉緒の周りに人だかりができていた。

 会話の内容はさっきの奈緒香と同じだった。

 誰かが誰かと付き合うとか……俺にとってはどうでもいい事だ。だけど、そんな事を楽しそうに話すこいつらを見ていると、そうではないのだろうと考えさせられる。


 俺もこの国で普通に暮らしていくと決めた以上、そういった感覚に馴染む必要があるのかもしれない。



 ***



 そして昼休み——————

 自動販売機に飲み物を買いに行った時に、事件は起きた。


「お前が楠井か?」

 見たことのない複数の男子生徒に声を掛けられた。ちょうど9人か……彼等は敵意剥き出しだった。


「ああ、そうだが、あんたらは?」

「俺らの事はどうでもいんだよ、とりあえず付き合ってくれよ」

 なぜ敵意を向けられているが分からないが、9人で押しかけて来るぐらいだ。余程の事情があるのだろう。


「分かった。いいぞ」

 とりあえず、付き合ってやる事にした。


「話が早くて助かるぜ」

 彼等は嬉々としていた。喜んでもらえるのは喜ばしい事だ。付き合って正解だったかも知れない。


 そして俺は、体育倉庫裏に連れて来られた。


「のこのこついてくるとは、いい度胸だな」

 ん? 自分から付き合えと言っておきながら、何を言っているんだ……こいつは?

 俺は不快感を露わにした。


「お前が付き合えと言ったのだろう? それとも、ついてきて欲しくなかったのか?」

「いや、ついて来てくれて助かったぜ」

 わけの分からないやつだ。

 さらに不快になった。


「で、結局なんの用なんだ?」

「俺らと遊んで欲しいんだよ」

 遊んで欲しいか……だが子どもの頃から俺は訓練に次ぐ訓練で遊び方など知らない。


「悪いな……俺は遊び方を知らないんだ」

「いいんだよ、俺らが一方的に遊んでやるんだからな!」

 そう言い放ち、男はいきなり殴りかかってきた。

 俺はその男の拳を、掴んで止めた。


「おい、何だいきなり……穏やかじゃないな。俺はお前に殴られる筋合いはないぞ」

「テメーになくても、こっちには有るんだよ!」

 今度は他のヤツが殴りかかってきたので、さっきのヤツと同じように拳を掴んで止めた。

 俺に敵対するか……いい度胸なのは俺じゃなくてこいつらの方だな。


「一応聞いてやる、なぜ俺と敵対する」

「うるせー!」

 だが、彼等は俺の問いには答えず、次々と襲いかかってきた。

 どいつもこいつも、戦闘の基礎がなっていない。それだけ振りかぶれば避けてくれと言っているようなものだ。

 それに多人数でのメリットを全く活かせていない。

 次々と攻撃してくるのはいいが、同時攻撃は皆無に等しい。

 戦場でこんな戦いをしたら屍の山を築くだけだ。


 ……だが、ここは戦場ではない。

 それが、彼等の唯一の救いだ。


 1分も持たず、彼等は無力化した。

 平和なこの国で育った彼等と、戦場で育った俺とでは勝負になるはずもなかった。


「おい、一応聞くがなんで俺と敵対するんだ?」

 俺は最初に声を掛けてきた男に問いただした。


「お……お前みたいなポッと出が、九条さんと付き合ってるのが気に入らないんだよ!」


 ……莉緒か。

 今朝も思ったが、あいつのどこに、こんなにも沢山の男を狂わせる魅力があるのだろうか。


 確かに可愛い。

 しかし、それは九条莉緒を語る上で、さほど重要なことではない。


 まあ、いいか……、

「俺は莉緒とは付き合っていない。安心して眠れ」

「ぐはっ!」


 なんかイラッとしたから、もう一発殴っておいた。


 ん、そういえば……お金だけ入れて、飲み物をとるのを忘れてた。

「……くそっ」

 全部こいつらのせいだ。

 もう無いかも知れないが一応自動販売機に戻る事にした。

 こんなことならもう2、3発殴っておけばよかった。



 ——「……楠井」

 自動販売機に戻ると奈緒香が俺の買った飲み物を手にしていた。


「……奈緒香それ」

「えっ」

 奈緒香は一瞬戸惑いの表情を見せた。


「こ……これ楠井のなの?」

「ああ、買うだけ買って忘れてたんだ」

「お、おっちょこちょいだね」

「本当だよ」

「じゃぁ、返すね……はい」

「ああ、サンキュー」


 奈緒香から飲み物を受け取り、教室へ戻ろうとすると……、

「待って」

 呼び止められた。


「ねえ、楠井……今日の放課後空いてる?」

 今までは優里亜の夕飯の支度にがあったが、もう、それからも解放された。


「ああ、空いてるぜ」

「じ……じゃぁ、ちょっと付き合ってくれない?」

 付き合って……今日2回目の付き合ってだが、奈緒香に敵意は無い。


「わかった」

「やった」

 奈緒香は小声でそう呟いた。

 何の用かは分からないが、これも環境に馴染むために必要な事なのだろうと思い、引き受けた。


 だが、俺は気付いていなかった。

 俺を監視するひとつの人影がある事を。

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