第3話 お隣さん

「ただいま優里亜ゆりあ

「おかえりしん


 この派手な髪型で派手な顔の女は、俺の学校の担任で、保護者代わりの姉小路あねこうじ 優里亜ゆりあ、24歳、独身。


 キャミソールにホットパンツという、下着同然の姿で思春期男子の前に現れる、ぶっとんだ神経の持ち主だ。


「何だよ、また昼間から飲んでんのかよ」

「いいじゃん、他にやる事ないんだし」


 昼間っから缶ビール片手にうだうだと……無駄に女をすり減らしてやがる。


「もう少しまともな格好をしたらどうだ」

「いいじゃん、家ん中だし、暑いし、減るもんじゃないし、それとも欲情しちゃう?」


 言うに事欠いて欲情だと?


「冗談は顔だけにしろ」

「あっ、酷い! これでも、学校では人気の美人教師で通ってるんだよ?」


 確かに優里亜の生徒受けはいい。

 それに見てくれがいいのも認める。


「使い所のない色香だけは無駄にあるからな」

「ちょっ、更に酷くない?」

「何がだ」

「使い所がないってどう言う意味よ!」

「俺に言わせるな、悲しくなるだろ」


 うぐぐとなる優里亜。


「じ……自分だって無駄にイケメンじゃない!」

「ありがとう」

「褒めてないわよ!」

「そりゃ、どうも」

「何かムカつく!」

「優里亜先生の教育の賜物だ」


 更にうぐぐとなる優里亜。

 酔っ払い相手にムキになってはダメだ。こちらが無駄にすり減るだけだ。


「ねー、帰って来たんなら何か作ってよ」


 ……切り替えの早いヤツだ。よく今の流れで、そんな事が言えたものだ。


「嫌だ」

「えーっ、ケチ」

「普段から優里亜が、面倒くさいヤツに関わるなって言ってるだろ」

「違うわよ! 面倒事に首を突っ込むなって言ってるの!」

「あんまり変わらんだろ」

「変わるわよ! ていうか、私が面倒くさいヤツだって言いたいの?」

「ああ、色々面倒くさい」

「何が、面倒くさいのよ!」

「相手するのが面倒くさい」

「それ、私がどうとか関係ないよね!」

「チッ」

「あーっ! 舌打ちした! 今舌打ちしたよね?」


 面倒くさいから顎先パンチで眠らせようかと思ったが、起きた時に更に面倒くさい事になりそうだからやめておいた。


 無視でいいか……、

 と思い自室に戻ろうとすると、


「お〜ね〜が〜い〜し〜ま〜すぅ〜! 

 お腹すいたの!

 何でもしますから何か作ってください!」

 優里亜は泣きながら、俺の足にしがみついてきた。

 やっぱ超面倒くさい。


「だぁっもう!」

「作ってくれるの? 真、超優しい!」


 別に優しいからじゃない、優里亜の相手をするより、作るほうが面倒くさくないからだ。


 そして冷蔵庫を開けて俺は思い出した。

 食材のストックが無くなったから買い出しに行ったのに、莉緒の件でスーパーに行くのをすっかり忘れてしまった事を。

 ……優里亜のメシはどうでもいいが、このままでは夕飯も作れない。

 面倒くさいけど、もう一度出かける事にした。


「あれ? また出かけるの?」

「ああ、冷蔵庫が空っぽだ」

「じゃ、ビール買ってきてくれない?」

「嫌だ」

「何よ! さっきから嫌だばっかりじゃん!」


 ていうか、そもそも未成年にビールは買えねーし……酔っ払いは無視して、俺は足早に家を出た。


 ——買い物を終え帰ってくると、マンションの下に引越し業者のトラックが止まっていた。

 そして部屋に戻ると、うちの隣から荷物が次々と搬出されていた。


「ただいま」

「おかえり」

 家に帰っても、優里亜はまだウダウダと飲んだくれていた。


「隣……引越しみたいだな」

「そうなん? どうりでドタバタしてると思った」

「聞いてないのか?」

「うん、まあ付き合いもないしね」

「それもそうだな」


 隣の引越し……この時は気にも止めていなかった。


 だが翌日の昼には内装工事が入り、そしてその翌日には新しい住人の荷物が運び込まれてきた。

 いくらなんでも早すぎないか?

 俺は隣の引越しに何か違和感を覚えた。


 そして、引越しの挨拶に来た隣の住人は、

「隣に引っ越してきた、九条莉緒です」

 莉緒だった。


「あら、楠井くん偶然ね」

 何が偶然だ……この間、ここが俺のマンションだって教えたじゃないか。


「莉緒……何の用だ?」

「あら、隣に越してきたから挨拶に来ただけよ」

 違う、そんな事を聞きたいわけじゃない。


「なんで、ウチの隣なんだ……」

「偶然いい物件が空いていたから、即入居しただけよ。まさか……わざわざ私が、楠井君の隣に引越して来たとでも思ったの? 自意識過剰ね」

 自意識過剰……その自意識を刈り取ってやろうかと思ったがまあいい。

 それよりもだ。

 偶然空いていただと?

 一昨日まで、ここには4人家族が住んでいたんだぞ。

 どんな手を使ったんだ。


 屈託のない笑顔を向ける莉緒。

 やっぱりコイツと関わると頭がおかしくなりそうだ。


「そ……そうか、じゃあな」


 ガンッ!


 ドアを閉めようとしたら、足を挟まれ、それをはばまれた。今の音……安全靴か。

 もしかして、コイツ、この事を想定していたのか。

 莉緒は満面の笑みを浮かべていた。


 足も動かさず、笑顔も崩さず、俺を見つめる莉緒。


「とりあえず入るか?」

 このままではラチがあかないので、部屋に招き入れた。


「おじゃまします」

 莉緒は遠慮なくズカズカと上がり込んだ。……厚かまし過ぎるだろう。


「綺麗にしてるのね」

「まあ、一応な」


 普通、人の家に上がる時は、家主の後をついてくるものだと思う。

 なのに、こいつと来たら俺の前を歩き、家探しの勢いで色々物色していきやがる。


「……ねえ楠井くん」

「なんだ?」

「この部屋……女の匂いが凄いわね」

 あ……そうだった。

 優里亜がまだ部屋で寝てるんだった。

 すっかり忘れていた。

 忘れていたついでにもう一つ思い出した。

 流石に、教師と生徒が同棲しているのはまずいだろうって事で、このことは皆んなには内緒にしているのだった。


「姉貴と同居してるんだ」

「あら、そうだったの」

 俺は咄嗟に嘘をついた。とりあえず、今だけでも凌げばいいだろう。

 学校が始まったら優里亜には毎日、早出残業をしてもらわないと、莉緒にバレてしまうな。


「ご挨拶したいのだけれど」

「いや、まだ寝てるんだ。また次の機会にしてくれ」

「そう、残念」

 その次の機会は来ないけどな。


 しかし、俺が嘘までついて、優里亜の事を誤魔化した事は、はすぐに無駄になった。


「ふぁぁぁぁ、おはよう、真」

 ネグリジェ姿で優里亜が部屋から出てきたからだ。


「あれ? 九条さん、なんでここに?」


 この状況に眉一つ動かさず、笑顔のままの莉緒。

 俺には嫌な予感しかなかった。


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