第4話 激写〜莉緒視点〜
二日前の九条邸————
「ただいま、爺」
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「喉が渇いたわ、何か冷たいものを用意して」
「かしこまりました」
……刺激的な出来事だった。
……私を守るために振るわれた暴力。
暴力は嫌い……人である以上、どんな問題も対話で解決するべきだと、私は思っている。
野蛮だった……なのに嫌な感じはしなかった。
今もまだ、胸がドキドキする。
男の人に手を取られて走ったのも初めてだし、呼び捨てにされたのも、初めてだった。
そして……あんな身を焦がすような熱い視線を向けられたのも初めてだった。
楠井 真……名前だけは知っていたけど……あんな熱い男だとは思わなかった。
でも……、
でも……、
でも、家の前まで行って、あのヘタレっぷりはいただけないわ。
せっかく私がお膳立てしてあげたのに、台無しじゃない。
……彼が、ウブだと言うことはよく分かった。
だから、次に会った時にもヘタレっぷりを発揮しないとも限らない。
……つまり、極々自然に彼が誘いやすい状況を作り出してあげればいいってことよね。
それと……念のために、2人での接触回数を増やすことのできるシチュエーション作り……、
とりあえず、こんなところかしら。
「爺、ちょっといい」
「はい」
スマホのマップにピンを立てておいた、楠井君の住所を爺に見せた。
「爺、ここの住所のマンションに、楠井 真という男が住んでるの……費用がいくらかかっても構わないから、その男の隣の部屋を買収しておいて」
「ば……買収ですか?」
「そうよ」
「見たところ……このマンションは賃貸のようですが……」
「じゃぁ、オーナーに連絡してマンションごと買い取りなさい」
「ハハッ」
「今住んでいる住人には、新居の手配と相応の謝礼を渡して、1両日中には出て行ってもらってちょうだい」
「かしこまりました」
「明日には内装工事に入って、明後日から住める手筈にしなさい」
「ず……ずいぶん急な話ですな」
「急ぐのよ」
「承知いたしました」
「それと、この靴と同じデザインの安全靴を用意しておいて」
「安全靴にございますか?」
「そうよ」
「何に、お使いになられるので?」
「保険よ」
「保険?」
「いいから、用意して」
「かしこまりました」
***
そして現在の楠井宅————
彼が、私を誘いやすいように、完璧にお膳立てはしてあげた。
その甲斐あって、彼は私を部屋に招き入れることができた。
でも……この状況はどう言うこと!
……なんで姉小路先生がここにいるの?
……なんで先生はそんな破廉恥な格好をしているの?
……意味が分からないんだけど。
「いやぁ、まいったまいった。昨日は飲み過ぎちゃったよ……真、水ちょうだい」
「自分で入れろ」
「えーっ、ケチっ」
そして、なんなの? この、年季の入った恋人同士のような振る舞い……、
楠井君はお姉さんと同居しているのではなかったの?
「あれ……楠井君のお姉さんって姉小路先生だったの?」
とりあえず確認よ。
……でも、楠井君は何も答えず、気まずそうに私を見つめているだけだった。
ちょっと、トゲのある言い方だったかしら……なら、もう少し答えやすくしてあげるわ。
「楠井……姉小路……姓が違うってことは、何か特別な事情があるのね」
この聞き方なら、私があなたのことを信じてる、もしくは心配しているようにとれるでしょ。
さあ、答えなさい。
「えっ、違うよ、真と私は赤の他人だよ」
だけど、答えてくれたのは楠井君ではなく、姉小路先生の方だった。
赤の他人なのに一緒に住んでいる?
な、何故なの?
「……ふーん、そうなの」
なんだろう……私、ショックを受けている?
「ねえ……なんで、楠井くんは私に嘘をついたのかな?」
楠井君は答えてくれない。
「もしかして、バレたくなかったのかな?」
押し黙ったままだ。
もし、これを聞いて、彼がイエスと答えたなら、私はしばらく立ち直れないかも知れない。
でも……これを聞かないことには前に進めない。
「ねえ、もしかして……2人は恋人同士とか?」
それでも楠井君は押し黙っていた。
もしかして、性根までヘタレ野郎なの?
そして、水を汲んできた姉小路先生が、見せ付けるようにして楠井君と肩を組み、私を見てニヤニヤした。
「優里亜、お前!」
ゆ……優里亜。
これは決定的かな……なんて思っていると、私の聞きたかった答えが、姉小路先生の口からもたらされた。
「違うよ九条さん、私はね、この子の保護者がわりなの」
ん?
「ほ……保護者?」
保護者ってどう言うこと?
「真はね……身寄りがいないの、だから私が保護者がわりになって真の面倒をみてあげているの」
「おい違うだろ、面倒見てやっているのは俺だろ」
「え——っ、私が稼いだお金で食ってるじゃん」
「くっ……」
な……なんだ、そうだったの。
そうよね……学校で、私の次ぐらいに人気のある先生が、たかが高校生と付き合うとか、普通に考えてありえないわよね……どうかしてたわ私。
「九条さん安心した?」
「な、なんで、安心なんか」
安心した……正直ほっとした。
でも、それと同時に強い危機感を覚えた。
こんな環境下に楠井君を置いておけない。
思春期の男の子に、あんな下着同然の姿で、スキンシップをはかる姉小路先生の元には。
いくら楠井君がヘタレでも、間違いが起こらないとも限らない。
パシャッ、パシャッ!
私は、スマホを取り出し、肩を組む2人を激写した。
「およ?」
「り……莉緒お前何を?」
安心して楠井くん。
私がそのエロばばあの呪縛から解放してあげるわ。
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