♯15.9 村人Aごときに面倒を

魔族国家パッヘルベル


その第一王女である姫の名を気安く呼ぶなど許されません


この男は万死に値します


パチッ


音と共に眩い光に包まれました


閃光魔法!?


『くっ!何をした!』


暗闇に目が慣れていた事もあり何も見えなくなってしまいました


「うぅあぁぁぁぁぁぁぁ」


姫様の声!?


なんという事でしょう!


姫に、もしもの事があっては!


『大丈夫ですか!?姫様!』


光に目も慣れて来ました


目の前に姫様が立っていました


良かった


怪我もなく、無事な様です


『さて、ブリュンヒルデよ


 あの男に手を出さぬと約束出来るな?』


『何故です?』


この無礼な男には体に分からせる必要があると思われます


『第一に、あれは私の恩人である



 第二に、この世界は言語が異なる為、現状意思の疎通もままならぬ


 この者の世話になるのが最善である


 第三に、この世界の魔力の薄さには気付いておろう?


 この世界は独自の発展を遂げておる

 

 そもそも魔法という概念すらないという可能性もあると考えておる


 異界の門の代替品が存在しない可能性があるという事だ』


姫様の言葉に冷静さを取り戻しました


メンタルコントロールは上に立つものとして最低限必要なスキルです


私の感情の起伏で部隊を危険にさらす事は出来ませんからね


気を付けなければ


自分を戒めます


『それでは・・・』


『元の世界には戻れぬかもしれぬという事だ』


姫様ならば帰還方法を知っている物と思っておりました


王もそれを伝えた上でこちらに送り込んだのではなかったと?


アホですか?


失言でした、取り消します


分かっていた事ではありませんか・・・


『・・・なるほど』


となれば、まず第一に拠点と姫様の安全確保、第二に帰還方法の探索


『あきらめた訳ではないぞ


 帰還方法が分かるまで、この者に世話になろうという事だ』


拠点は確保済という訳ですか


男は私たちの会話を聞いていた様ですが、席を外した様です


私達の会話は理解出来ないとの事なので空気で察したのでしょう


『現状は理解したな?あの男の世話になる事に異論は?』


『・・・ありません』


姫様がそう言うのであれば、安全は確保出来ているという事でしょう


右も左も分からぬ異世界、無闇に動いては確かに危険


拘束の術式を姫様が解いてくれました


胴に巻き付いていた鎖が光となって消えます


封魔の術式も付与されていましたね


おかげで筋力のみしか使えず脱出する事が出来ませんでした


また勝手にこの様な魔法を作りだして・・・油断も隙もありません


『サクラは寛容な男だ、特に気にはすまい』


『・・・だと、良いのですが』


早まった事をしたと、反省しています


姫様であると同時に妹の様な存在です


ついカッとなってしまいました



サクラと呼ばれたあの男が飲み物を持って戻って来ました


姫様は男の持って来た飲み物に飛びつき飲み始めました


ぐびっぐびっ


そんな異世界の者が持って来たものを何の警戒もせずに飲むなど!


姫様が私を指差し男に私の名を伝えます


一度で覚える事が出来ますか、猿の様な脳みそで




「サクラ!」


姫様が男を呼びました


なんでしょう?


服?


あぁ、私は裸でしたね


は、は、裸でしたが・・・そうですか


そうですね、この男には見られましたね


そうれはもうはっきりと!


この男の記憶は用が済んだら消しましょう


頭もろとも


『ブリュンヒルデよ、サクラが衣服を用意してくれた


 これを着るが良い』


『かしこまりました、姫様の今着ている服も?』


姫様の着ている衣服も見慣れぬ作りだ


『サクラが用意してくれた物だ!


 なかなか良かろう?着心地も良いぞ


 私が教授してやろう』


姫様はこちらの文化への適応が早いですね


まずは肌着だそうです


布の面積が小さすぎませんか?


入ります?これ?


なるほど、ここに足を通すのですね


しかし、これは・・・


『伸縮性もあり、肌触りも良いですね・・・素材はなんでしょうか?』


履き心地、悪くありません


『私たちの世界では存在していなかった素材よの』


確かに一体何の素材でしょうか


気になります


次にズボンですか


これも足を通すだけで、腰の部分が伸縮する様です


次は上着ですね


頭と腕をここに通すのですか・・・首を通す部分にズボンの腰の部分と同じような伸縮する素材が使用されています


『身体にフィットするタイプの衣服ですね』


胸が少々キツいですが問題ありません


身体のラインが出てしまうので隠したい所です



そして、これはこの上から羽織るタイプの衣服ですね


助かります


『ブリュンヒルデよ、紐を結んでやろう』


『紐ですか?』


姫様が言うには紐があるらしいのですが・・・


見当たりません


『ありませんが?』


『何ぃぃぃ?』


姫様は何を驚いているのでしょうか


また、良からぬ事を考えていたのでしょう


紐がなくて正解です


正面はパックリと空いているので止めておきたい所です


正面に付いている装飾・・・これを使って閉める事が可能なのでしょうが・・・


装飾が上下に動くので、これが閉める為の物だとは思うのですが、使用方法が見当も付きません


姫様も色々と試しますが無理な様です


『姫様、あの者に聞いてはいかがですか?』


「サクラ!」


普段の姫様は自分が疑問に思った事は自分で調べ上げ、実証し結論を出すまでこだわるタイプです


その、姫様がこうも簡単に諦めるとは異世界おそるべし



男は部屋に入ってきたので、姫様が閉め方が分からない旨を身振り手振りで教えます


男は私の前に跪きました




ちょっと


ワルキューレに選抜されてからは女性だらけの職場でした


お客様として男性のお相手をする事はありましたが


この様に仕事以外での男性との接触はちょっと・・・少なかったですね


男性にこの様に・・・その、何かしてもらう事など・・・


なんでしょうか、この征服感


男・・・


いえ、サクラは衣服の正面下部を手にして、中央に取り付けられている装飾をかみ合わせ、引き上げました


!?


サササ、サクラ!?


手が胸の下で止まってしまいました


『何を恥ずかしがっておる』


『は、恥ずかしがってなど・・・』


私の胸が、な・・・何かおかしかったでしょうか?


だとすれば、やはり忘れてもらう為に殺しましょう


サクラは服を引っ張り、私の胸の上辺りまで閉めてくれました


ちょっと胸が邪魔だったようです


この状態で上げ下げすることで開口部分を調整できるのですね


不思議な作りです


『これから面倒を見てもらうのだぞ、慣れておけ』


めめめ、面倒!?


よよ、嫁に行く訳でもあるまいし!


『自分の面倒は自分で見れます!』


そうです、男性に面倒を見てもらうなどと・・・考えた事もありませんでした


『サクラという名だ、覚えておけよ、お主の夫になるやもしれぬ』


『ななな、何をバカな事を!』


あちらの世界では、私はワルキューレ部隊の部隊長という立場故


言い寄ってくる男などいませんでした


異世界であれば・・・?


いやいやいや、私は何を言っているのでしょうか




サクラが私に飲み物を渡しながら声かけてくれます


「××××、ブリュンヒルデ」


『衣服の件は感謝いたしますが勘違いなどしませぬよう、サクラ』


くぅ


この動揺を悟られてはなりません


こちらはプロです業務に私情は挟みません


あくまで冷静に・・・振る舞わなければ


受け取った飲み物・・・ひんやりしていますね


魔道具で冷やしていたのでしょうか?


しかし中の液体はグツグツ煮えたぎっている様です


変わった飲み物です


『ブリュンヒルデよ、受け取った飲み物はすぐに飲み干すのがこちらの流儀らしい』


なんと!そうでしたか!


『かしこまりました』


キューー!


『これは!?』


喉に来るしゅわしゅわの刺激


今まで体験した事がありません


果汁も甘く酸味も感じます、爽やかです


神の雫だとでも言うのでしょうか


『しゅわしゅわで美味しかろう?』


『初めての感覚ですね・・・これは美味し・・・うっ』


!?


くっ、この胸を押し上げる様な感覚は!


体の内部からこみ上げてくる衝動は!


これは神の雫の効果なのでしょうか!?





『ヴァぁぁぁぁ』




「・・・」






『・・・』






それは、そう・・・エンシェントドラゴンのブレスの様な音でした


そんな音が私の口、いや腹から出たのです


神の雫の呪いでしょうか!?


サクラは特に気にした様子はありませんが苦笑いです


この様な姿を見せてしまうとは・・・不覚


いっそ殺して!


いや殺しましょう!


殺そう!


今すぐに!



『実に重々しい獣の咆哮の様であったぞ』


そうです!


原因は間違いなくこいつです!


『姫様・・・わざとですね!?』


確信しています


『少しくらい、緩い所を見られた方が距離も近くなろう』


『距離を近くする必要がないのですが!』


いや


そ、そうなのでしょうか・・・一理あるかもしれませんね


私が思案していると、姫様はベッドに入りシーツを被りました


『今日はもう寝るとしよう、明日からこの世界の情報収集を行う』


そうですね、この事は一旦置いておきましょう


『かしこまりました』


姫様がベッドで寝るのでしたら、私は見張りも兼ねてここで寝ましょう


床に横になると、サクラが寝床を作ってくれました


フカフカです


枕とシーツまで・・・ありがとうございます


サクラに頭を下げると、部屋の閃光魔法を解除し退出しました


あ、行ってしまうのですね


ただ、私はワルキューレ部隊長兼メイド長


魔族国家パッヘルベルの為にまだまだ尽さねばならない身


村人とは身分の差が・・・


いや、しかしここは異世界


いっそ戻れないとなれば・・・


などと考えていると意識が途切れました

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