7.【SIDE: エドワード】六十七代目の勇者パーティ、俺たちは所詮は捨て駒なんだ・・・

 人類を脅かす仇敵・魔王。

 あまりに強大な敵に対抗するため。

 人類は教会を中心として、対抗戦力を整えていた。


 その中心には『勇者』と『聖女』という選ばれた存在がいた。更には2人を支えるための専門分野のスペシャリスト。

 魔王に対抗する選ばれ者たちを、人々は希望をこめて『勇者パーティ』と呼んだ。


 初代・勇者パーティは任命されると同時に、修行も兼ねて各地を巡礼する。

 その勇姿を世界中で示し、人々に希望を与えるのだ。


 人類の希望を一身に背負った初代・勇者パーティは、魔王に挑み――あっさりと全滅した。

 魔族領は人の入り込めぬモンスターの土地。

 どれだけ強くとも、孤立無援の勇者パーティには限界があったのだ。 


 勇者のいない世界には、絶望しかない。

 モンスターに怯える世界には、心の拠り所が必要だったのだ。

 だから教会はすぐに第二代の勇者を任命した。


 当たり前のように二代目・勇者パーティも同じ道のりをたどった。

 何も状況は変わらず、取ってつけたように第三代の勇者が現れた。

 

 教会は新たに勇者を排出し続けたのだ。

 時間稼ぎのための使い捨ての駒。

 魔王が攻めてくるまでの時を稼ぐため。

 人類の希望を絶やさない――ただそれだけのために、何度も同じことが繰り返されてきた。


 

 そして新たな勇者が巡礼に旅立とうとしていた。

 彼の名はエドワード。


 ――六十七代目の勇者であった。




◆◇◆◇◆


 エドワードは、貴族とは名ばかりの貧乏貴族の三男として生を受けた。

 領地を継ぐのは長男であり、優秀な次男がその補佐となる。辺境の貧乏貴族を欲しがる家など存在せず、両親はエドワードを持て余し気味だった。


 エドワードがいくつの時だっただろう。

 新規事業に失敗した彼の両親は、多額の借金をこしらえ途方に暮れていた。

 そんな両親に目を付けたのが教会であった。



「あなたには勇者の素質があったようです!」

「おめでとう、エドワード!」


 渡された報奨金を握りしめて、両親が白々しく祝いの言葉を述べた。

 魔王に挑んで死んでいった、歴代の勇者パーティを知らぬ訳ではないだろうに。

 勇者パーティの末路を知らない筈がないのに――恨みはなかった。

 ただ虚しがっただけだ。

 

(そんな風に"勇者"として教会に売られていく奴は、俺以外にも大勢いたな……)


 教会は勇者の素養のある者を見出し、教育を施すのだ。成長した勇者は人類の希望――勇者パーティとして魔王へと挑む。

 それが勝ち目のない戦いであってもだ。



「『人類の希望は絶えていない』……だっけか。教会の謳い文句だったよな」


(教会の権威は高まり、底辺貴族は厄介払いしつつ報奨金を得る)


 反感しかなかった。

 とは言っても逃げ出すことも出来ない。

 実家に売られたエドワードには、行く場所も無かったのだ。



 聞きたくもない情報が、いくらでも耳に入ってきた。


「勇者パーティは、時間を稼ぐための使い捨ての駒である」


 魔王を討伐するための本命は、別にいること。

 "真の勇者パーティ"は、今も教会で力を研ぎ澄ませているらしい。

 エドワードたちの役割は、ただ時間を稼ぐことであった。


「倒せもしないのに勇者を送りこむ意味があるんですか?」

「魔王の完全復活を遅らせるためだ」


 完全復活した魔王は、絶対に人類では勝てない。

 だからこそ使い捨ての勇者パーティを送り込み、魔王の力を定期的に削る必要があるのだ。



(なるほど。俺は捨て駒なのか)

 

 すべてがどうでも良くなった。

 ただ淡々と教会に与えられた訓練メニューをこなしていった。



 エドワードは、それなりに優秀だった。


 剣術も魔法もほどほどに使いこなした。

 回復魔法だって人並みには使えた。

 突出したところもない、悪く言えば器用貧乏タイプ。


 それなりに才があり――惜しまれるほどの天才ではない。

 まさしく使い捨ての駒としてはピッタリだと教会は評価した。


 ――だからエドワードは勇者に選ばれた。

 



◆◇◆◇◆


「マグヌス、ルーティ、アンリエッタ。そして――聖女見習いのミントか」


 やがて六十六代目の勇者が死んだという訃報が届いた。

 悲しむ間もなく、エドワードを中心とした六十七代目の勇者パーティが結成された。



(寄越された聖女が、よりにもよって見習いだと?)


 教会にとってエドワードたちは繋ぎだ。

 魔王を倒せる可能性のある人材は"真の勇者"として、今でも教会で大切に育てられているのだから。


 出発の儀で人々に希望を与えたら――後はどうでも良いと。

 どれだけ教会から期待されていないか、否が応でも分かってしまう。




 顔合わせは葬式のようだった。

 この旅の先に、希望なんてない。

 魔王に殺されるだけの旅だと、全員が分かっていたのだ。


「あーあ、これで人生もおしまいか」

「ろくでもない人生でしたわね」


 ルーティとアンリエッタが愚痴を言い合っていた。

 これから魔王を討伐に行こうという者たちの会話ではない。


「ボクは、こんな人生に未練なんてない。だからこそ最期ぐらいは、好き勝手に生きたいと思うだ」

「同意見ですわ。貴族としての義務だとか、勇者パーティとしての正しさとか。ほんとうにうんざりですもの」



 ルーティとアンリエッタの発言を聞いたエドワードの答えは、


「……それが良いだろうな。死ぬまでの最後の余暇だ。お互いに何をしていても不干渉――最後ぐらいは楽しく生きていこうじゃないか?」


 そうして勇者パーティが結成された。



 魔王を倒して平和な時代を作ろうという理想なんてこれっぽっちも持たない。

 権力を笠に着て、好き放題に生きる小者の集まり――小説でざまぁ対象と描かれる屑パーティー結成の瞬間であった。



「ほら、そこの平民? まったく気が利かないわね」

「ご、ごめんなさい」


「このグズ。早く買い出しに行きなさいよ」

「装備品の手入れも頼んだぞ」

「ついでに手頃な依頼があれば受けておいてくれ」


 ストレスの矛先は、おのずと立場の弱いものに向かう。

 常におどおどして、気の弱そうな平民の見習い聖女は、恰好の獲物だった。


 否、それだけではなく、


(くそっ。勇者と聖女で何が違うっていうんだ)


 聖女は勇者に比べて貴重であり、教会に保護される存在であった。

 見習いとは言え聖女である彼女もその例外ではない。

 覚醒しなければ魔王討伐には加わらず、教会に戻ることになっていたのだ。



 パーティで1人だけ、死の運命を背負っていない安全圏に立っている人間。

 それが勇者パーティから見た、ミントという見習い聖女の少女であった。


 鬱屈した感情のおもむくままに、彼らは徹底的に見習い聖女を虐げた。

 故に困ったときにも、誰からも助けを得られず――無惨に全滅する。

 たしかにあり得たかもしれない可能性のひとつ。

 

 

 ――「ざまぁ」回避に奔走する少女が、偶然にも消し去った"IF"の世界

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