8.【SIDE: エドワード】アンリエッタは誰よりも気高い心を持つ優しすぎる少女なんだ・・・

(ああ。同類だな)


 集まったメンバーを見て、エドワードはそう感じた。


 少しだけ失望した。 

 勇者パーティがこれでは、人類には夢も希望もないのだと。


(諦めきっているのは俺だけじゃない)


 それだけでなく、仄暗い安心感もあった。

 落ちるところまで落ちていく予感。



 ――しかし彼女だけは違ったのだ。



(こんな場所で、彼女のような人間と出会えるとはな)


 生まれて初めて心が震えた。

 心が熱を持ったのだ。


(勇者よりも、よほど勇者らしかった――)

(彼女は誰よりも心優しく、気高い心を持っていた)



 エドワードは敬愛する者の名を心の中で呼ぶ。

 ――彼女の名はアンリエッタ。




◆◇◆◇◆


 エドワードの中で、アンリエッタの第一印象は特に記憶に残っていない。

 ルーティと愚痴を言い合う様子は、ごくごく普通の貴族令嬢に見えた。


(まあこんなところに追いやられる時点で、何らかの問題は抱えてるんだろうけどな……)


 見習い聖女を庇ったときは、酔狂な奴だと思った。

 その後は怒り狂って「あの聖女、徹底的に虐め抜くわ」などと残忍な笑みを浮かべたのを見て、思わずドン引きしたものだ。



 それがどうだ。

 野営が始まってからのアンリエッタは、まるで人が変わったようだった。


(徹底的に虐め抜く――って、これ《・・》がそうなのか……?)


 おおかた勇気を出して、回復魔法を使おうという姿勢を評価したのだろう。

 自らの力を恐れずに振るえるというのは重要な素養だ。アンリエッタにとって、自らが殺されかけたなどというのは、些細な問題に過ぎないのだ。



(虐め――たしかに虐めなのかもしれないな)


 魔王に挑むための聖女の修行は、困難を極めるという。本気で力を使いこなしたいなら、それこそ血のにじむような努力が必要だ。


(あながち、虐め抜くなんて表現も間違っていないか……)


 そこからのアンリエッタの手腕は見事なものだった。



 勇者パーティの「仲間」である――彼女はミントが求めている言葉を簡単に見抜き口にした。その場しのぎの言葉ではなく、本心からの発言だったのだろう。

 アンリエッタは、あっさりミントからの信頼を勝ち取った。


 その上で「信頼している」と。

 すべてを包み込む慈母のような笑顔で。



(自信もやる気もなかったミントを、こうも簡単にやる気にさせてしまうとは……)

 

 「頑張ります!」と口にしたミントの目には、これまで見せなかった活力が宿っていた。

 


(あの見習い聖女は、これから数々の困難に直面するだろうな)


 それでもどんな壁に当たったとしても。

 きっとやり遂げてみせるだろう――そう思わせるだけの意志を感じた。




(何でだよ。なんでこんな奴が、パーティにいるんだよ……)


 アンリエッタの生き方は素晴らしい。

 刹那の快楽に身をゆだねようとした勇者とは、雲泥の差である。そう認めてしまったとき、エドワードの中に昏い嫉妬心が沸き起こる。



(これは最期のときを、楽しくを気ままに過ごすだけの集まりだろう?)

(そんな風に正しい人間なんて、今さら見たくないんだよ)


 自分がひどく矮小な人間に感じた。

 アンリエッタを直視できなかった。



(何故この状況で、笑ってられるんだ?)


 目標を見つけた真っ直ぐな笑顔。

 逆恨みであることは分かっていた。それでも幸せそうに笑い合うアンリエッタたちが憎らしかった。

 

 


 ――そうしてエドワードが取った行動は、アンリエッタを妨害することであった




◆◇◆◇◆


 そうしてエドワードとルーティは、アンリエッタに要求した。

 ミントを庇うのはやめろと。

 人の愉しみを奪うなと――醜い要求だった。



(そうやって奮起して進んだ先に、何があるというんだ?)


 英雄譚にあこがれる気持ちもあった。

 圧倒的な力があるならば、魔王を倒したいとも思っている。

 でも理想と現実は別なのだ。



「最後ぐらいは、多少羽目を外しても構わないだろう」


 巡礼期間というのは、ろくでもない人生に対する最後のご褒美なのだ。

 各地のお祭りに参加して、美味しいものを食べて。

 どうせ死ぬなら、刹那に生きて何が悪いというのか。



「アカン」


 アンリエッタは言った。

 こちらを死んだような目で見据えながら。


 アンリエッタの顔に、たしかな絶望の表情が浮かんだ。どれだけ見て見ぬフリをしても、決して逃れられない運命がある。



「……やるしかない」


 ――それでも。

 アンリエッタは折れない。


「私とミントだけで――やってやるわ!」



 真っ直ぐに前を向き宣言する。

 何人たりとも彼女の決意は覆せない。

 エドワードの逃避のための軽い言葉が、届くはずがなかったのだ。



(いいや――これは虚勢だ)


 その証拠にアンリエッタは震えていた。


(アンリエッタは1人で死ぬつもりなんだ。勇者パーティの他のメンバーを生かすために……!)


 戦力として期待できないなら。

 無駄死にさせるぐらいなら、自分だけでやろうとう悲痛な決意。



(そんなことが許されるのか?)


 消えかけていた気持ちがうずく。

 勇者に――世界を救う何者かになりたいという、幼き日に胸に抱いた無邪気な気持ち。


 もし助かったとして、こんな小さな少女に全てを押し付けて。

 いったいどうしてその先の人生を、胸を張って生きていくことができようか。



「年下の女の子がこれだけ頑張ってるんだ――これで奮起しなかったら貴族……いいや、人間として失格だよな」


 馬鹿にする者だっているかもしれない。

 アンリエッタの行動は、傍から見れば愚かな自己犠牲に過ぎないのだから。


 それでもエドワードにとっては、たとえ1人であっても魔王に挑むというアンリエッタの決意は――ひどく尊いものに見えた。



(アンリエッタは、誰よりも気高い心を持つ優しすぎる少女なんだ……)


 1人で死なせてはいけない。

 強くそう思った。



「勝手に出ていこうとしたら――勇者のプライドにかけて追いかける。最期の時まで一緒だ」


(情けない勇者だけど)

(君のような気高い心の持ち主と出会わなければ、きっと奮起することなく大人しく殺されることを選ぶくだらない人間だけど)


 エドワードは自らの決意を語る。



「どこにも行きませんわ。私は、勇者パーティの一員ですから」


(こんな俺のことを、まだリーダーとして認めてくれるんだな)

(本当にどこまでも心優しいんだな)



 アンリエッタの瞳にはうっすらと涙がにじんでいた。

 1人でもやってやる! そう啖呵を切りながらも、不安だったのだろう。


 当然だ。

 死ぬことが怖くない少女など居ない。



(彼女を二度と泣かすことがないように)

(せめて見ていてくれ。最後だけでも勇者として相応しい生き様を君に見せること――それが俺なりの恩返しだから)



 エドワードはそんな決意を固めるのだった。




 言うまでもないことだが、アンリエッタは真実を知るや否やミントを連れて真っ先に逃げ出そうとした臆病者であった。

 当然、自己犠牲の精神など持ち合わせていないし、エドワードの言うような気高い心も持っていない。



 しかしその真相は、誰にも知られることはなかった。

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