Epilogue 三面相と人魚姫

 ──その日の朝から、玲風さんはとても挙動不審であったように思う。

 登校時は以前のような間に戻り、昼休みにも隣にはいない。それが寂しく思えてしまうのは、彼女が隣にいることを当然とさえ思っていたからだろう。本当に、僕はどうしようもない人間だ。

 そんな苦笑をしながら、僕達はホワイトデーの放課後を迎えた──



「残ってくれて、ありがとうね。玲風さん」

「……だ、大丈夫。それより……」


 茜色に染まる放課後の教室。玲風さんは恐る恐るといった様子で、いつもより弱々しげに聞いてくる。

 ──大丈夫。答えは持ってきた。後はそれを、きちんと言葉にするだけ。

 とは思えども、いくら決意せども、いざ言おうとなるととても気恥ずかしくなってくるものである。それでもこれは、玲風さんも歩んだ道だ。僕はそれに答える義務があるし、こたえたいとも思う。

 煩いほどに脈打つ心の臓を極力意識の外へ追い出して、朝からポケットに入れていたホワイトデーのお返しを差し出しながら、僕は意を決して言葉を紡ぎ出す。


「──僕からも、よろしくお願いします。


 僕は答えた。玲風さんの告白に。

 僕は応えた。抱いてる気持ちで。

 聞いていた玲風さんは茫然としている。けれど少しすると、きちんと認識したのか、はたまたしなかったのか、玲風さんはポロポロと涙を流す。


「それとこれキーケースなんだけど……め、恵衣さん!?」

「ち、違っ……嬉しくてっ……涙がっ」


 ポロポロと玲風さんは更に涙を流す。その表情はとても明るくて、僕はそれが救いのように思えた。


■■■■


 日に照らされ真っ赤に染まる通学路を二人で歩く。

 人通りの少ない住宅街。いつも通りのセカイで、ただ一つだけいつもと違うのは、距離。

 ぴったりと肩をくっつけ、手は離さんと言わんばかりにぎゅっと繋ぎ、僕と恵衣さんは帰路を歩く。恵衣さんの手はとても細く、少しでも力を入れれば壊れるのではないかと思うほどであった。


「……それじゃあ恵衣さん。また明日」

「……」

「恵衣さん?」


 いつものわかれ道。いつもはまたねとわかれる場所で、恵衣さんは繋いだ手を離さない。


「も、もう少しだけ……」


 そう言って、恵衣さんは繋いだ僕の左手を両手で包む。

 宝物を大事に、失くさないようにするかのように。

 僕はその仕草に、恵衣さんと繋ぐ手を少し強く握りなおす。今日は色々あったし、恵衣さんとて現実感はないのだろう。

 恵衣さんは呼応するように、ぎゅっと包む手に力を入れた。そうして僕にはにかむ。そんな仕草が愛おしく思えて、僕は恵衣さんの左右の手首にキスをした。


「っっっっっっ!」

「恵衣さん。また明日ね?」

「う、うんっ」


 パッと手を離し、恵衣さんは物凄い勢いで家へと入っていく。

 心なしか、恵衣さんの顔が赤くなっていたような気がするけど……。


「ちょっと、やり過ぎちゃったかな?」


 これからは自重しよう。そう考えて、僕もまた自分の家へと入っていった。

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