第1話 魔女と人魚姫

 どんよりとした雲に非常に冷たい風が吹くこの頃。

 一足早めな春が来ればと思いながら、僕は家を出て右に行くとあるT字路で、いつものように待ち合わせをする。

 珍しいこともあるようで、僕は久々に玲風たまかぜさんを待つこととなった。不思議な気持ちでスマホを見れば、待ち合わせに遅れる旨の連絡が入っていた。

 待つこと事態は嫌いじゃない。それに毎回待たせてばかりだから、こういう日も幾日かは欲しいとさえ思う。

 どんより雲をいくら眺めたかはわからない。数分経ったか、またもや数秒か。時間など見てなかった僕は、走ってくる音の方へと顔を向ける。


「……おは、よう」

「おはよう玲風さん」


 短い距離とはいえ、全力で走ったのだろう。元より体力のない玲風さんは、膝に手をつき、呼吸を整える。

 僕はスマホを確認する。時刻は八時を少し過ぎたくらい。まだ余裕はあると推測して、玲風さんの息が整うのを待つ。

 幾分かして、息の整った玲風さんと並んで歩く。とはいえまだ、疲れもとれていないのだろう。いつもより少し歩くのが遅い。

 心配になって歩く速度を少しずつ落としていく。玲風さんの隣で同じ速度を維持して歩いていると、小声で「ありがとう」と聞こえた気もしたけど、僕は何のことだからわからなかった。



 僕達の通う鹿葦津かあしつ高校は、家から徒歩で約15分ほどの所にある。始業時間は8時40分。8時に待ち合わせするのは昔からで、高校生になっても何となくそのまま早めに来ていたが、今日はそれが功を奏したと言える日だ。

 現在、時刻は8時30分。始業時間の10分前。

 それでも一定数の生徒は登校時刻である。僕と玲風さんはその人達と共に鹿葦津高校の校門をくぐると、ざわりと周りからざわめきが伝播して、瞬く間に広がる。少し耳を澄ませば、『人魚姫』がどうとの噂が聞こえてくる。


「『人魚姫』だ」「相変わらず美しい」「この時間に登校するのって珍しくない?」


 反応は様々。男女問わずというのも、考えてみると凄い事だと思う。しかし玲風さんはああいった『噂話』を酷く嫌う。彼女曰く『聞きたくない』のだとか。だから今も聞こえないフリをして、早歩きで校舎へと入っていく。

 その姿を微笑ましく思いながら見ていると、嫌でも『ひそひそ話』というのは聞こえてくる。いや、聞かせるように言っているのかもしれない。


「『魔女』が置いてかれたな」

「飽きられたんだろ。ざまぁ」


 ──僕、男だよ?

 まあ僕が『魔女』って呼ばれるのは、半ば玲風さんが『人魚姫』と呼ばれるのが原因なんだけど……別に責める気もないし、そこまで自分でも掘り下げたくない話題だ。

 それでもやはり不思議だと僕は思わざるを得ない。

 僕を『魔女』と蔑んで、玲風さんを『人魚姫』と崇める彼らが、不思議で不思議でたまらないのだ。

 だって彼ら……、崇めているんだもん。


 そんな事を考えながら、無意識に苦笑を漏らしながら、開けた下駄箱。そこには几帳面さの窺える、差出人不詳の手紙が入っていた。

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