第115話 妖精乱舞
「ねぇ、サンが言ってたことが少しわかった気がする」
「わたし何かいったっけ?」
「ほら、あの村の空気が嫌いって言ってたじゃない」
「おーそんなこともあった」
覚えてるのか忘れちゃったのか曖昧な様子のサン。
しかし、私の言葉を聞いて反応が変わる。
「サンの言ってた空気って、村全体の雰囲気のことでしょ?」
「……うん、たぶんそう」
「たぶんって、サンも違和感の正体が何だかわかってないの?」
「くやしーことに……」
サンはガクンと肩を落としてガッカリしていた。
そうか、サンもわかってないんだ。サンに話せば何か掴めると思ったんだけど、残念。
「フーは……」
サンが重々しく口を開く。
「フーは、りそうきょーってあると思う?」
「難しいね。確かにあの村は理想郷に近いと思うけど、結局はそこに住む人が現状に満足してるかどうかだから」
「みんなが納得してたら、そこはりそうきょーなの?」
「そうじゃないかな。でもやっぱり難しいと思うわ。人と人が関わる以上、どうしても不満が出てくるのお。たとえ半魔同士だとしてもね」
「ふーん」
サンはよくわからないと言って、それ以降何も言及しなかった。
それから村の外を調べてみたけれど、狩りに出た二人は見つからなかった。
途中、リンに魔力を感知してもらったけれど、何の痕跡も見つからなかった。
魔力を消して行動してたのがあだになってしまったらしい。
「駄目ですね、全く行方が分かりません。これでは生死の確認どころか行き先さえわからない」
「面倒だから森ごと焼く? どうせ死んでるんならその方が見つけやすいわよ」
「ダメよ、それだと食糧まで燃やしてしまう。ここは手分けして森の中を探すしかな――」
「……みんな、あれなに?」
サンが会話を遮って森の方を指さす。そこにはおぼろげに宙に揺れる人影があった。
いや、人ではない。あれは……。
「妖精……? めったに人前に出てこない妖精がなんでこんなところに……」
「それよりも、妖精ほどの高純度の魔力を持った生命体なら、すぐに気付くはずよ。リン、あなた気付かなかったの?」
「見て、初めてわかりました……。私たちとはあまりに魔力の質が違いすぎて、感じることも出来なかったんです……! でも、存在を認識した今ははっきりと分かります。あれは、人が手に負えるものじゃありません……!」
四人の中で一番感知能力の高いリンでさえ気付けない。それは人間や魔族とは文字通り桁が違う魔力量と質を持つことを意味する。
魔力神経が自己防衛のために認識することを拒んだのだ。
妖精――精霊種の一つであるそれは存在が神秘の結晶とも言える生命体だ。その体の九九パーセントが魔力で出来ている。
地上にいる生物の中ではドラゴンをも超える奇跡。神秘性では神に次ぐとも言われ、その証拠に妖精の魔力はごくわずかだが神性を帯びている。
神性を帯びた魔力の力は私たちシャドウズも、ロキ様でさえ痛いほどよく知っている。
もし敵対することとなれば、無事では済まないだろう。
「大丈夫よ……妖精は基本的には温厚だもの。気まぐれで人間にいたずらするらしいけど、妖精と戦ったなんて話は聞いたことがないわ」
「ヒータ……そういうこと言ってるとわるい予感があたる……」
「でもヒータの言う通り、こちらから手を出さない限り妖精は安全な生物のはずよ。みんな、ここはじっとしてて……」
みんなに手でジェスチャーを送り、中腰で構えを取る。
決して敵意を見せないように、そしていつでも臨戦態勢に移れるような構えだ。
リンが冷や汗を垂らしながら、小声で告げる。
「まずいかもしれません……あの妖精、どんどん魔力が高まっています……!」
「精霊種の中でも温厚で人に危害を加えないはずの妖精が、なんで?」
「考えてる暇なんてないわよ! あいつ、今にも襲い掛かってきそうじゃない!」
ヒータが言い終えるのが先か、それよりも早かったのか、堕ちた妖精の攻撃が放たれる。
『=_V@)』
眩い極光が全てを飲み込んだ。
◆
「あ、危なかった……。フーがとっさに私たちを抱えて飛んでなかったらやられていましたね」
あの妖精が攻撃を仕掛けてくる寸前に私は風魔法を両足に展開して飛翔した。
全速力で他の三人を回収して上空に逃げて、極光を回避していたのだ。
今は遠くの木の上に避難している。さすがに連続で飛行できるほどの出力はないもの。
【疾風纏嵐】は本来私一人で飛ぶのがやっとだから、四人で飛ぶのは骨が折れる。
「助かったわ、さすがこういう時は頼りになる」
「リンの感知能力があったから早めに対応できたんだけどね。……さすが妖精ね。こうして上から見てみると攻撃の規模の大きさがよくわかるわ」
「こ、これは……」
森の惨状を見てリンは言葉を失う。それも無理のないことだ。
妖精の攻撃で森は数キロ消し飛んでいた。抉れた地面が攻撃の威力を物語っている。
「あれが精霊種の魔法ってやつなの……」
「ちがう。あれは魔法じゃない」
「サン、どういうことか説明してくれる?」
「せつめーも何も、あの攻撃には魔法の術式がなかった。だから魔法じゃない」
「どういう……ことなの……」
ヒータは困惑した。私だって、サンの言っていることがわからない。
でも、あれが魔法じゃないとしたら考えられることは一つ。
「まさか、ただ魔力を放っただけなの?」
「うん、たぶん。でも妖精は精霊種の中では
「あれ以上の隠し玉はないということね……。でも、それで安心できるわけじゃないわよね」
「そうね……。私たちにあの攻撃を防ぐ手立てはないもの」
「あのままじゃ、そのうち村に被害が出てしまいます。どうにかしなくちゃいけませんが……」
幸い妖精の攻撃は村とは別方向に放たれたため、被害はなかった。
でも、もし私たちの立っていた位置が村の方向だったなら……考えただけでゾッとする。
「どうするフー? あいつを放ってたらこの森はめちゃくちゃになるわ」
「戦いましょう」
「勝算はあるのですか。まともにやり合って勝てる相手じゃありませんよ」
「ならまともじゃなければいいじゃない」
勝てるかは分からない。でも、ロキ様の部下である私たちシャドウズがこれ以上負けるのは許されない。
たとえ相手が規格外の存在だろうと、決して。
◆半魔の村
「な、なんだ今の音は!?」
「村の外で爆発が起きたみたいです!」
「爆発!? まさか魔物が……!」
「やはり狩りに出かけた二人は魔物に襲われたんだ……! 探しに行ってくれたあの四人組の少女も今の爆発で……」
村の中は大騒ぎになっていた。住民の多くは家の中に隠れて騒ぎが収まるのをただ震えて待った。
村長のモーガスは自身が開発した結界の出力を上げて魔物の攻撃が村まで及ばないように備えた。
「まさか結界の出力を最大まで上げねばならないとは……。恐ろしいのう」
「あれほどの爆発です。出力最大でもやりすぎといったことはないでしょう」
「うむ。そうだな。あとは魔物がいなくなるのを待つだけじゃ」
実はこの村には普段から微弱な結界が張られている。村の魔力も有限のため普段は出力を抑えて、魔物が村に近づかないよう魔除け程度の効果にしている。
これを最大まで上げると、魔力による攻撃を防ぐドーム状の結界へと強化され、村の中に魔力を持つ生物が侵入するのを防ぐことが可能だ。
しかし、これを使ってしまうと村の外にいる住民まで村の中に入れなくなってしまう。
だが、住民はそんなことを考える余裕は無かった。目の前の危機から逃げるだけで精一杯だったのだ。
その在り方こそ、サンとフーが抱いた違和感なのだと、彼ら自身は知る由もなかった。
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