第114話 半魔の理想郷
私たちを出迎えた老人は名前をモーガスと言ったかしら。
ドワーフと人間のハーフらしい。
ドワーフは手先が器用で、その手で作り出すものは逸品が多く、『ドワーフの指には神が宿る』という言葉があるくらいだ。
数百年前にニブルハイムで活躍した伝説の勇者が持つ武具もドワーフ製だという。
ドワーフは数少ない、人間と共存する魔族だ。文明の発展には常にドワーフの力ありと言われてきた。それほど、彼らの腕は素晴らしい。
そのドワーフの血を引くモーガスは持ち前の器用さを活かし、この村の設備を作っているのだという。
ここまで大がかりな設備だと村規模では人手が足りないと思ったのだけれど、住民は半魔ばかりだから生まれながらの高いステータスで労力には困らないらしい。
そうか、半魔が多いと肉体労働の効率も人間の比じゃないのね。
「半魔は力持ちが多いですからのう。エルフやセイレーンの血を引く者はそうでもありませんが。ですがそれらの者たちは力以外の強みがある。この村の設備を作ったのはわしですが、それだけじゃ村として成り立たない。彼らの知恵があるからこそ、衣食住を享受できるのです」
「それぞれの得意な分野で互いを助け合ってるのね。いいじゃない、私この村好きだわ」
「私もです。帝都のような都会よりは住みやすそうですし。フー、せっかくならこの村で泊めてもらうことにしませんか?」
「そうね。みんな山籠もりで疲れてるだろうし、久々に普通の暮らしに戻りたいわ。モーガスさん、この村に民宿はあるかしら」
「ええ、もちろん。たまに外から旅人が訪れることがありますから、いつでも歓迎できるように綺麗な宿を用意しています」
ああ、あの偽雷神もこうやってもてなされたんだ。それで半魔の村って知って驚いたのね。
こんなに半魔がいれば普通の人間が度肝を抜かすのも仕方ないわね。
私たちはモーガスさんに連れられて宿に向かった。
道中、村を見ていたけどやはり村という規模にしてはかなり発展している。
小規模な街と言ってもおかしくない。
「うん? どうしたのサン。この村に来てからずっと黙ったままだけど。どこか具合が悪い?」
「ううん、そうじゃない。まだ眠いだけ……」」
あくびをして目をこする姿は年齢以上にサンを幼く見せる。
一応、初等部に通ってるくらいの年齢だけど、外見はその二・三歳下に見える。
小さな背丈とその性格が年齢以上に幼く見せるのかもしれない。
「ただ……」
珍しく、歯切れが悪い言葉を残すサンに少し違和感を覚える。
少し待ってみて、サンの言葉の続きを待ってみる。
そして数秒が経ち、ゆっくりと、確証を得ない喋り方でサンは告げた。
「この村……ちょっといやな空気……」
物事を悪く言わないサンが、嫌だと言ったことに私は軽い衝撃を受けた。
私にはこの村の空気は新鮮に感じて、帝都の空気の数倍マシだと思っていたのだけれどサンにとっては違うみたい。
「具合が悪くなったら言ってね?」
「うん……」
その時はサンの言う言葉の意味も深く考えなかった。
けれど、今思えばもう既にこの村に起きる異変は顔をのぞかせていたのだろう。
でも私たちがそれに気付くのは、実際に事が起きてからだった。
◆
「「「「いただきまーす!」」」」
私たちは宿で出された豪華な食事に舌鼓を打っていた。
山の幸をふんだんに使った料理は、四か月もの間焼いただけの料理とも呼べないものを食べ続けた私たちの胃を満足させるには十分すぎるほどのごちそうだった。
魔物の肉も臭みを取って下味をつけた上で調理されており、この前食べた肉は何だったのかと思ってしまう。
この料理に比べたら私たちが食べてたものはゴミだと言えるくらい。
決して私の料理の腕がゴミって意味じゃないけど。私も調味料や道具があればこれくらい作れる……はず。
食事を終えてから私たちは村の中を案内された。
やはりというべきか、ハーフドワーフが村長をしているだけあって高い技術力を見て取れた。
例えば動く道だ。立っているだけで道が自動で動いて目的地まで運んでくれる。まだすべての道に導入されたわけじゃないらしいけれど、重い荷物を運ぶ時なんて便利だと思う。
そして風力魔道具だ。風を受けて羽が回り、その力で発生する魔力を蓄積して村の設備を動かす動力にしている。
おかげで夜でも灯りがついている。街灯なんて都会にしか設置されていないのに凄いことだ。
極めつけは映写機だろう。魔道具で記録した映像をリアルタイムで村のそれぞれの家庭に流して交信できる。
通信魔法や魔道具がようやく開発されて、実用化まであと数年はかかると言われているのに、この村では既に実用化している。もっとも、村の中だけという狭い範囲らしいけれど。
「都会にあるようなものから、帝都でさえないものまで色々あるのね。あと数年もしたら技術力は完全に追い抜かれるんじゃないかしら」
「でもヒータ。帝国にもドワーフの職人くらいいるのでは? なぜこの村の方が技術が進んでいるのでしょう」
「リン、それは小さい村だからじゃないかしら。この村に住んでるのはせいぜい数十人ってところかな。村は広いけれど、それでも規模としては小さいわ。帝国のような大きいところだと、住んでる人も多いし建物も多い。新しい技術を取り入れるのに色々と制約があるのよ」
「フーは詳しいですね。確かに、狭い村に住む数十人の需要を満たすだけでいいこの村と、都会にいる何千人何万人の希望に沿ったものを作るのでは全然違いそうです」
「そういうこと。あとは単純に人手の差でしょうね」
「帝国にドワーフの職人が何人かいたとしても、帝国の人口を考えると圧倒的に少ないでしょうね。あとはこの村のように半魔がいないから、設備を設置するのにも時間がかかるでしょうし」
「この村は新技術を試すのに都合がいいってことね」
「ねむーい」
「よしよし、ごめんねー」
話についてけずにいじけるサンを背負って、村の中を歩く。
先導して案内をしてくれたモーガスさんがこちらを振り返って問いかけてくる。
「どうですかフーさん。この村は気に入っていただけましたかな」
「モーガスさん。ええ、素晴らしい村だと思います。技術力はもちろん、住民のみんなが伸び伸びくらしていて、平和そのものです。大人数の半魔がこんな場所に住めるなんて夢にも思わなかった」
「私はね、ここを我々半魔が長年にわたり夢見た理想郷にしたいと思っているのですよ」
「理想郷……ですか。ずいぶんと大仰に聞こえますね。まるでおとぎ話みたい」
「フーさん、リンさんにヒータさん。それにサンさん。あなた方さえよければ、我々は喜んで歓迎いたします」
「やっぱり気付いていたんですね。私たちが半魔だってこと」
「ええ。半魔の気配には敏感ですから。一目見たときから同胞だとわかりましたとも。あなた方にも、我々と一緒に理想郷を築くお手伝いをしていただきたいのです。共に幸せを手に入れるために」
理想郷、幸せ。
そんな言葉、私たちに許されるなんて思ってなかった。
言葉の意味は分かる。誰もが満ち足りて、平和で幸せな暮らしが出来る場所。
半魔の私たちが人間たちの社会で暮らしていくには、力を持つか奴隷に成り下がるしかない。
出来なければ幼いころのように貧民街で今日を生き抜き地獄の日々だ。
でも、ここは違う。
人間に脅かされるのなら、半魔だけで暮らせばいい。
みんなが手を取り合って、協力し合う幸せな世界がここにはある。
まるでここは……
「まるで…………」
まるで…………
……………………
………………………………。
「…………?」
「どうかしましたかな? ぼーっとして、気分でも悪いのですか?」
「いえ、ごめんなさい。何でもないの、ただちょっと考え事をしてただけ……」
そうですか、と心配そうにモーガスさんは言ってくれた。
私は今、何に違和感を覚えたのだろう。
この理想郷の、一体どこに歪さを感じたのだろう。
全て上手くいっている、半魔の夢見たこの村のことを、私はどうして……?
「よーし、村も一通り見終わったし、宿に戻って一休みしましょう!」
「ヒータにさんせー」
ヒータとサンの言葉に促されるように、私たちは宿に戻っていった。
この時の違和感は結局、正体もわからず頭の片隅に追いやられていった。
そして、ニ・三日をこの村で過ごして違和感のことなどすっかり忘れてしまった。
思い出したのは、村に来てから五日目の昼前だった。
「どうしたんですかモーガスさん。なんだか村人みんなソワソワしてますけど」
「ええ……今朝早くに狩りに行った二人組が帰って来ないのです。いつもならもう帰ってきてる時間なのに……」
「少し狩りが長引いてるんじゃないんですか? まだお昼前ですし、そんなに慌てるような時間帯でもないと思いますけど」
「彼らは魔物を狩る時は必ず村からそう遠くない場所で行います。仮に長引くようでしたら、一度帰ってきてその旨を伝えてくれるはずなのですが……」
「なぜ村の近くで狩りを? ちょっと奥に行けば魔物なんていっぱいいるのに」
「何言ってるんですか。
ここで数日ぶりに、違和感を覚えた。
「そ、そうですね。魔物に襲われたら危ないですよね」
「ええ。狩りが出来るのが
何だろう……私が感じているこの違和感の正体が今わかりかけた気がしたんだけれど。
私がまた考え事をしていると、ヒータが一つ提案をした。
「なぁ、私らで村の外の様子を見に行ってあげるのはどう?」
「そうですね。食事前の運動にもなりますし、悪くありません」
「ほ、本当ですか? 助かります、ありがとうございます!」
「ってことで、いいわよねフー?」
「……ええ、分かったわ。行きましょうか」
胸の中のモヤモヤとしたものの正体を掴めぬまま、私たちは狩りから帰って来ない二人を探しに行くことになった。
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