第113話 謎の村

「ふぁい、しゅみまへんへひは(はい、すみませんでした)」


 下着一枚になって縛られた男が、顔を腫らして謝っている。

 先ほど盗賊たちの前に現れて雷神と名乗った男だ。

 雷神ってワードを耳にした途端、私たちは気付いたらこの男を縛り上げていた。


 もちろん、こいつは偽物だった。


「で、なんで雷神だなんて嘘をついてたのよ。答えなさい」


「ひゃい! あ、あのですね……端的に言っちまえば金儲けのためですはい。通行人を盗賊から助けてそのお礼にただ飯食ったり金目のもんを貰ったり……へへっ」


「なるほどね、そこに倒れてる盗賊たちもあんたのお仲間ってわけね。でもわざわざ人助けするよりそのまま金品を奪っちゃえばいいじゃない」


「もちろんそうしてますぜ。でもほら。あまりに盗賊の被害が続出すると冒険者を雇われたり、そもそも通行人が減っちゃうじゃないすか。だから適度に助けたふりをして安全だと思いこませてるんでさぁ」


 話を聞くと、どうやら以前も別の場所で盗賊活動をしていたのだけど、被害が相次いで冒険者に討伐されたことがあったらしい。

 今いるメンバーはその時の生き残りだとか。

 いや、死にそうな目にあったんだからまっとうに働きなさいよ。


「あっしらがまともな職に就けるとでも?」


「自信満々に言うことじゃないわね」


「雷神って名乗ったのも、大方こんな辺境じゃあ誰もあいつの顔なんて見たことない。でも名前と噂くらいは知ってるから使うのにもってこいってところかしらね。まったく、こんなところでその言葉を聞いたこっちの身にもなって欲しいわ」


 {……? へ、へぇ……すいやせん}


 こんな奴のために使った時間がもったいないわ。ほんと、時間の無駄だったわね。


「ねえ」


 私が偽物の男に小言を言っていると、後ろからサンが男に質問を投げかけた。


「そもそも、なんでこんな山奥に人がくるの? 盗賊やってるってことは、人通りはすくなくはないんだよね?」


「言われてみればそうですね。私たちはずっとここで暮らしてましたけど、こんな山に人が来るなんて思えません」


「この道だって、そんなに整ってないしな。地面はぐちゃぐちゃでぬかるんでるし」


「あれ? あんたら知らないんですかい。この道をずっと向こうに行ったところに村があるんですぜ。まぁ、住んでるやつらがちょっと難ありですが」


「村? こんな山奥に住んでるなんて、よっぽど物好きな住民なのね」


「それは行ってみたら分かりますぜ。初見だとびっくらこくこと間違いなしだ。俺はびびっちまって最初に一回行ったっきりだ」


 そこまで言われたら興味がわいてきたわ。私たちは隠れるために山奥に潜んでいた。

 けれどその村の住民たちはなぜこんなところに住んでいるのか。

 男の話ぶりからどうやら訳ありなよう感じね。


「面白いじゃない、ねえフーそこに行ってみましょうよ」


「私もヒータに賛成です。ロキ様の命令はあくまでこの山に待機していろというものです。なら、同じ山の中にある村に行くくらい問題ないでしょう」


「へえ、堅物なリンがそんなこと言うなんて。てっきり反対されると思ってたわ」


「リンはもう木の実や焼いただけの肉に我慢の限界きてる。人の作った料理がたべたい」


「なっ! そんな理由じゃありませんから! そ、それよりフー、どうするのですか?」


 リンは私にその村に行くかどうかの判断を委ねているようだ。

 別に私がシャドウズのリーダーってわけじゃないから気にしなくていいんだけど。

 まぁ、実際この四人を仕切ってるのはいつも私なんだけども。


 ヒータとリンは村に行くのに賛成。サンも興味がありそうだ。

 もちろん、私の意見も彼女たちと同じだ。


「もう、しょうがないわね。じゃあ、その村とやらに行くとしましょう」


「「「イエーイ!!!!」」」


 こうして、私たちは四か月ぶりの人里へと向かうこととなった。


 ちなみに偽物の雷神と盗賊たちは縛ったまま放置した。

 人が通った時に助けてくれるだろうし、その時この男が偽物だったと気付くだろう。



 ◆



 歩き始めてから二時間ほど経って、サンが歩き疲れてヒータの背中で眠り始めたころ。

 道の向こう側に話に聞く村が見えた。


「どうやらあそこがそうみたいね」


「サン、起きなさい。目的地に着いたわよ。もう、ずっと背負ってるのも結構負担になるんだからね」


「むにゃむにゃ……もうすこし……」


 再び眠りにつこうとするサンを背中から降ろしてあげる。

 サンは寝ぼけ眼のままふらふらと立っていたので、危ないから手をつないでおこう。

 小さくて柔らかくて、温かい手が私の手を握り返してくる。


「ん~……フーの手冷たい。ヒータの背中あったかかったのに」


「はいはい。温かいとまた眠っちゃうでしょ。私くらいの体温の方がちょうどいいのよ」


「それなら私と手をつなぎますか、サン」


「リンの手はもっと冷たいから、いや」


「そ、そんな……」


 ショックを受けてリンは肩を落とす。そういえばサンってヒータにはよく抱き着くけど、リン相手だとそうでもないな、とこの時気が付いた、

 私に対してもそんなに抱き着いてこないなぁ。サンにとってヒータはちょうどいい抱き枕なのねきっと。

 逆に暑い季節や気候や地域だとリンに抱き着いていたりする。


「おや、どうやらお出迎えが来たみたいですよ」


 リンの言う通り、村の入り口には杖を突いた老人と何人かの若い男たちが立っていた。

 櫓にいる誰かが私たちの姿を確認して、村の長のような立場の人間を呼んできたのだろう。

 歓迎されてるのか、それとも……。


 村の入り口に着いたら、老人の方から声をかけてきた。


「遠いところまではるばるようこそ。お疲れでしょう、さあゆっくりしてらしてくだされ」


「へぇ、僻地にある村にしては栄えてるわね。空気もおいしいわ」


「ほっほっほ。お褒めの言葉感謝します」


 老人からは敵意は感じられない。それどころか、周りにいる男たちからも、私たちを純粋に歓迎しているようだった。

 先ほどの偽物の雷神が行けば驚くなんて言うから身構えていたけど、全然普通じゃない。

 ひょっとして、山奥にこんな発展した村があることに驚いてたの? だとしたらあいつは田舎者だわ。


 私が拍子抜けしてため息をついている横で、リンは目を細めて村の方を見ていた。

 視線の先には若い男の一人と、その男の後ろに付く幼い少女だった。


「すみませんが少しお聞きしてもいいでしょうか。そこの右端のあなたと後ろの……妹さん? あなた達、半魔ですよね」


「えっ!?」


 リンの言葉で私たちは一斉に男と少女を見た。


 全然気が付かなかった。

 半魔の気配は人間とは違う魔力が漂うから判別がつきやすいはずなのに。

 言われて魔力の探知に集中してみると、なるほど確かに半魔特有の荒々しさと静けさの混在した波のような魔力を感じる。


 しかし半魔の兄妹は素性が知られても特に取り乱したりはしなかった。

 普通は自分が半魔だということは隠すものなのだけど。

 私たちシャドウズは幼い頃半魔という理由で差別され、ゴミのように扱われてきた。

 だから、半魔は半魔だと気付かれないようにする。外見で半魔だと判別できてしまう子は……どうしようもない。


 自分を偽って、人の眼を恐れて暮らす毎日。それは生きた心地がしない、地獄だった。


 もっとも、私たちはロキ様の庇護下に入れていただいてからは、人間に虐げられることもなくなった。


 しかし、彼ら兄妹は見るからに平民だ。権力者の庇護下にいるとは思えない。


 私がそう疑問に思っていると、老人は朗らかな笑い声をあげた。


「わっはっは。いやお恥ずかしい。この子らはまだ未熟・・でしてな。自分の本質を隠すのが下手なのです」


「……? どういうこと」


「なあに、簡単なことですじゃ。この村の住民はみな、魔族の血を引いているのです」


「!?」


 ということは、この老人も半魔……?

 いや、それだけじゃない。目に映る人全てが半魔だというの?

 あの兄妹以外、全員が半魔の魔力を隠蔽していたってこと?


 そんなこと、あり得るの? 半魔がこんなに集まって村を作ってるなんて。

 私たちでさえ、同じ部隊に半魔が四人もいると驚かれるのに。


 住民全てが半魔、そんな場所がこの世界にあったなんて。




 この時私は、私たちシャドウズは驚愕と安堵と憧れと……嫌悪感を抱いていた。

 魔族の血を引いているというだけで差別されるこの世界で、決して仲間外れにされない理想郷のようなこの場所に。

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