第112話 じょしキャン!

「ステーキおいしかった……。でもハンバーグがたべたかった……」


「サン、食べ終わってまで文句を言うのはダメですよ。出されたものをありがたくいただくのがレディの嗜みなんですから」


「ぶー、リンも不満そうなくせにー」


「でもさ、フーの言う通りたまにはステーキもいいわよね」


「でしょ? ヒータにしては物分かりがいいじゃない」


「ま、丸焼きの方が肉食ってる感じがして旨いけど」


「はぁ?」


 全くこいつらときたら、食べ終わってまであれがよかったとかこれはどうだとか……。

 普通料理を作った本人の前で言うかしら。


「ところでさ~いつまで私たちはこの山に引きこもってたらいいんわけ~~?」


 ヒータの切り出した話題にみんながあいまいに返事をする。

 私もみんなも、答えを分かっていない。だからあいまいにしか答えられない。

 そんな中、リンだけがはっきりと答えた。


「いつまでって、決まってるじゃない。ロキ様がいいと言うまでよ」


「でももう四か月間ずっと山で暮らしてるのよ? いつまでこの生活を続けるのかわからないじゃない」


「ロキ様が命じれば私たちは何か月でも何年でもここで暮らす。それがシャドウズよ」


「それはそうだけど~~!」


 ヒータが不満に思うのも無理ないわね。

 ロキ様が私たちにこの山を根城にするよう命じられてから、私たちはサバイバル生活をして過ごしてきた。

 幸いこの山は自然に恵まれていて、生きていくのには困らなかった。


 でも、いくらロキ様の命令とはいえ少女四人が何か月も山籠もりの生活を続けていればストレスもたまる。

 かくいう私も、最近はストレスで太ってしまったのよね。二の腕あたりが前よりももちっとして来ている。

 決して、山の幸が美味しいから食べ過ぎたとかではない。断じてない。


「ロキ、どこ行ったんだろう」


「さぁ、わっかんないわ。調べ物があるとかどうとか言ってたけど、何を調べるかまでは教えてくれなかったもの」


「この国で調べものというのもおかしな話ですよね。ロキ様がこんな辺境の小国で一体何を調べられるのでしょう。この国は領土も小さければ国民も少ないですし、強力な戦力もない。目立った特色も薄く、モリンフェンの衣で交易をするのが知られている程度。帝国の辺境のほうがまだ栄えています」


「私の領地も田舎だけど、平原だからまだ見晴らしいいし、人も来るもの。ここは本当に山ばっかりで視界は木だけしかないじゃない。開けた道も少ないし、人の行き来も全くないわ」


「フーの領地すき。おちつく」


「ふふ、今度またいらっしゃい。サンならいつでも大歓迎よ」


「わーい」


 シャドウズは四魔将ロキ様直属の部下というだけあって、帝国軍の中ではそれなりに高い地位を得ている。

 他の国でいう部隊長か、それ以上に匹敵するはずだ。

 そのため、シャドウズには皇帝陛下から領地を任されている。

 私の場合、帝国領の最西端にあるオーラル平原。自然豊かで気候も穏やかな平和な領地だ。

 領民も気の優しい人たちが多く、農耕を主にした暮らしで平穏に暮らしている。


 ちなみにリンは帝国の北東に位置する港町を領地としている。

 ヒータは面倒だからいらないと断った。まぁ、この子に領地経営なんて無理な話だから当然だ。

 サンはまだ幼いため、領地は与えられていない。


「領地かー。あんたもリンも、よくそんなの経営しようと思うよなー。私は全く興味ないんだけど」


「私もー」


「こらサン、ヒータの真似しちゃいけませんよ。脳筋になってしまいますから」


「ねぇリン? 喧嘩売ってるなら素直にそう言いなさい?」


「うう、脳筋はやだ……」


「サン!?」


 ははは、と笑い声が出るけど、領地のこととなるとあまり笑えなかった。


「でも、ヒータの言うことも一理あるのよね……」


「お、フーが私の肩を持つなんて珍しいじゃない」


「別に、ただ事実を述べただけよ」


 領地を持つということは、責任を持つということだ。

 領地を治めることで私の財産は増えたけど、いいことばかりではない。


 そう、例えば領主が何か不手際を起こしたら、その領地には悪評が立つとか。


「私たちがミズガルズの連中に負けたせいで、領民たちに迷惑がかかってないといいけど……」


「確かに、領地経営は私が不在の時は部下に任せてますが、あれ以来どうなったのか確認できてませんね。不安に思うのもわかります」


「あの戦争が終わって、ロキ様は軍の暗殺部隊【鴉】に狙われることになり帝国を後にした。私たちもロキ様についていき、この国に流れてきたのはいいけど、ロキ様とは別行動をとってるわ。経緯を考えたら、私たちのことを悪く言うやつらが国中にいてもおかしくないわね」


「逃亡者って思われてる……かも」


 ヒータとサンの考えはおそらく正しい。

 私たちはロキ様を見失ってしまう前についていったから、その後の情勢っていうものを全く知らなかった。

 今帝国で何が起きているか。


 戦争の後、四魔将はリーダーのスルト以外いなくなり、実質瓦解している。

 大陸最大の戦力を誇る帝国軍も、多くの数を失っている。とはいえ、数でいえば未だ大陸トップなのだけれど。


 とはいえ近隣諸国に対して圧倒的な戦力差を有していたのも今は昔。

 先の戦いで、戦争におけるアドバンテージは戦力の数ではないと全世界が知れ渡ることとなった。

 極端な話、飛びぬけて強い人間がいれば戦力差など押し返せてしまう。


 そう、極神のような規格外な人間がいれば勝ててしまう。

 たった一人、それだけで大陸最大の帝国に。

 それは今まで侵略を続けてきた帝国の絶対的優位が揺るがされかねない事実だ。


 だが、今のところ帝国が再びどこかの国と事を構えたという話は聞かない。

 嫌に静かだ。

 戦が大好きなあの・・国とか仕掛けてきそうなものだけれど。


「変に追手が来るよりはマシなのかしら」


「だな。そんじゃそこらの人間なんかに負ける気はしないけど、【鴉】のやつらはしつこいから追われたら厄介だったでしょうね」


「【鴉】……人為的に魔物の力を取り入れた実験体の行き着く闇。帝国の暗部……」


「ファーフナー様の邪竜変性実験のプロトタイプとも言える彼ら【鴉】は、私たち半魔に匹敵する力を持っています。その代わり、精神に異常をきたしているとも」


「確かフーとリンは【鴉】に会ったことがあるのよね。どうだったの、連中」


「……あ、あまり思い出したくはないわ」


「私もフーと同じです。彼らは常軌を逸していました」


 ヒータの質問に答えようとしたけれど、舌が上手く回らなかった。

 思い出してしまった、【鴉】の一人に会った日のことを。


 あれは確か、軍機違反を犯した小隊長に刑を執行する時だった。

「もし生き残れたら罪を軽くしてやろう」と法務局長の言葉を信じた小隊長は、狭い部屋で【鴉】と殺しあった。

 そして、あっけなく殺された。


 死んだこと自体は別にどうでもよかった。

 私の記憶にこびりついているのは、【鴉】が小隊長をいたぶり、生きたまま彼の肉体を食ったことだった。

 意識が残った状態で、徐々に自分の体を食べられていく恐怖と苦痛。

 あの時の顔は忘れられそうにない。

 魔物に捕食されるのとはまた違った、同じ人間に食べられるという恐怖。


 もし【鴉】に追われることになったら、きっと私たちも死んだ彼と同じ末路を辿るだろう。


「魔物とも人間とも違う得体の知れなさが彼らにはあった。あんなのが部隊を組んで襲ってくるなんて、悪い冗談だわ」


「もっとも恐ろしいのは、彼らは精神が異常な状態であるにもかかわらず、人としての自我が残っていることです。彼ら、言葉が通じるんですよ。捕食する相手の言葉も、全部聞こえてるんです」


「うっへぇ、気持ち悪いわね……」


「きもこわ……」


【鴉】を見たことがないヒータとサンが話を聞いただけで身震いした。

 でも、二人はまだマシだろう。想像の上での【鴉】しか知らないのだから。

 本物の【鴉】は、気持ち悪いなんて言葉で済むわけがないのだから。


「ねぇ、怖い話はやめてたのしい話しよう?」


「あ、ごめんねサン。怖がらせるつもりはなかったの。みんなも、ほら! 何か明るい話をしましょう!」


「……よし! そうね、じゃあサンも笑っちゃうような私とっておきの話を聞かせてやるわ! 実は……」


 ヒータが(自称)すべらない話をしようとした時、近くの茂樹から音がした。


 ガサリ、ガサリ。

 人の移動する音だ。それも一人や二人じゃない。もっと多い。


「…………」


 私たちは一斉に気配を消して、音のする方へ意識を集中する。


 まさか【鴉】? 噂をすればなんとやら、まさか本当に追ってくるなんて。

 このままこっちに来られたら、私たちが不利だ。後ろは岸壁で逃げ場がない。

 声を殺したまま、各自臨戦態勢に入る。


「…………ごくり」


 しかし、いつまで経っても誰も来やしない。それどころか、足音は遠ざかっていく。


「……ひょっとして、ただの通行人かしら」


「こんなところに人が来る? 結構な数いたわよ。ピクニックじゃあるまいし」


「気になりますね。後を追いましょう。このまま放置してたら夢に出てきそうです」


「リン、こわがり」


「ち、違いますから! 純粋に興味本位なだけです!」


 リンが怖がりなのは周知の事実だからほうっておくとして、尾行するのは賛成だ。

 複数人でこんなところまでやってくるなんて、不審すぎるもの。


 私たちが慎重に足音の主を追って数十分ほど歩くと、人通りの少なそうな道が見えた。

 まさか、道に迷ってさまよってただけなのかしら。


「おい、みんな……! あれ、さっきのやつらじゃないか?」


「なるほど盗賊だったみたいですね。なるほど、人気のない道に潜んで通行人から金品を巻き上げようってわけですね」


「効率悪そうだなぁ、こんな場所で待ち構えるなんて」


「そうでもないみたい。ほら、馬車がきた」


 サンが指さした先に小さい馬車があった。おそらく商人が乗った馬車だろう。


「ここを商人が通ると調べて待ち構えてたのね。なんだ、結構ちゃんとしてるじゃない」


「あ、馬車の乗客が一人殺されたわ。どうする、助ける?」


「まさか、なんで人間なんか助けなきゃいけないのよ。誰かに見られる前に行くわよ」


「待ってください、誰か来たみたいです。あのいでたち、冒険者みたいですね」


 リンの言う通り、馬車と盗賊の間に冒険者らしき男が割って入っていた。

 男はローブで纏っていて顔がよく見えない。

 手からはビリビリと雷属性の魔力が出ているのが見える。


 雷か、嫌なことを思い出したわ……。


「ん? あの冒険者何か叫んでる。ここからじゃ聞こえないわ。フー、あんたの魔法で音をこっちまで拾えない?」


「わかった、やってみるわ」


 風魔法で向こう側の会話をこっちまで拡散させる。

 邪魔な音は消えて、クリアな会話の音声が私たちの元まで届く。


 聞こえた会話で、冒険者の男はこう言っていた。



『俺こそはミズガルズ王国に仕える百戦錬磨の勇士、雷神様だぜ!』



「ら」


「い」


「じ」


「ん?」


 私たちはその名乗りを聞いた瞬間、固まってしまったのだった。

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