第107話 エルの能力の秘密

「わかったぞ……お前の能力の条件が」


「うふふ、何を言っているのかしら。私の能力は死の支配。そこに制限などないわ。あなたの勝手な思い込みよ」


 強がりだ。エルの能力には必ず発動条件、制限がある。

 俺が生きているのがその証拠だ。そして俺が生きていることが、彼女の力の説明に繋がる。

 それに気付いたのは、微かな違和感からだった。


「なぁ、教えてくれよ。お前が俺を殺すとき使った魔法の名前を」


「……」


「教えてくれ。ここにいた、地上にいたすべての人々を殺したときに使った魔法の名前を」


「……」


 エルは答えない。俺に問われる質問の答えを、決して口にしようとしない。

 だが、エルの『答えない』という態度によって、俺の予想は革新へと至る。


「お前が使ったのは【デス4】じゃない。なぜならこの世界には筋力や魔力といったパラメータにランクこそあるが、エタドラのように数値で表されてはいない。だから【ランダムビルドアップ】も効果はあるだろうが数値を4にすることは出来ないはずだ」


 そう、俺が抱いた違和感はエルの殺戮手段だ。

 俺が死ぬ直前、命を落とす感覚に陥るあのとき、俺はデバフを受けた感覚はなかった。

 エルはあの時、魔法を一つしか唱えていないはずなのだ。


【ランダムビルドアップ】を使わずに【デス4】を使った可能性を考えたが、その可能性はかなり低い。

 エタドラであそこまで用意周到に即死魔法の準備を整えて戦いに望んでいたエルが、成功率を下げるような真似はしないだろう。

 だったら、【ランダムビルドアップ】を使わず、【デス4】も使っていないのが妥当だろう。

 エルの即死攻撃は、エタドラのころとは別の力を使っている。


「エタドラじゃあここまで強力な即死魔法は存在しなかった。お前が【デス4】にこだわっていたのも、リスクに見合う即死効果があるのがあの魔法だけだったからだ。お前は【ランダムビルドアップ】を使っていない。当然そうなると【デス4】も使ってないだろう?」


「流石、スタッフが公表してない裏設定まで考察してた考察ガチ勢なだけあるわね。コミケで出されたスタッフ座談会の本で語られた裏設定や没案の中に、トールが予想してたものもいくつかあったものね。与えられた情報だけで真実に到達しようとする。それがあなたの強みってことかしら」


「なんだ、ちょっとは焦った顔を見せてくれるかと思ったけど、ずいぶんと涼しい顔じゃないか」


「当然じゃない。あなたが掲示した内容って、結局は私の攻撃方法がゲームのころと違うって言っただけだもの。そんなこと指摘された程度で驚く私じゃないわ」


「そうか」


 なら、その涼しげなお顔をちっとは歪めてやろうじゃないか。


「お前がどんな魔法を使って俺や皆を殺したのかは知らん。だが一つだけ言えることがある」


「どうぞ? どうせまた大したことないことなんでしょうけど」


 ふふ、と笑うエル。それを見て、口の端を上げる俺。

 じゃあ言ってやろう。お前の攻撃の強み、そして最大の弱みを。


「お前、一人の人間は一回しか殺せないだろう」


「ッッッ!!」


「はっ! わかりやすい顔だな、予想通りだ!」


 おそらくエルの即死魔法の正体は明快の女神ヘラ……もしくはエルと合体して生まれた力なのだろう。

 それがいかに強力なものかは、身をもって味わった。全世界の人間を一瞬にして殺しつくす魔法。

 なるほど明快の神を名乗るだけある。


 だが、


「一度殺した人間は生き返らない。自然の摂理だよな。皮肉だな、どんな人間だろうと殺してしまう死の女神がそんな当たり前のルールも破れないなんてな」


「ふ、ふふふ。エタドラだと蘇生なんて当たり前。生き返った相手だって何回も即死魔法させてきたのだけれどね」


「RPGの大原則だ。戦闘中はいくらでも蘇生できるのに、ストーリーでは死んだキャラは生き返らない」


 エルの顔は余裕のある笑顔ではなく、少しだけだが緊張した表情に変わっていた。


「投降しろ。昔の仲間を殺したくない」


「投降? してどうなるの? この世界には私とあなたの二人だけしかいないのよ。そんな世界で、私を捕らえて何をしようというのかしら。罰を与える? 罪を償わせる? それで誰が満足するの」


「とぼけるな。お前がヘラの力を取り込んでいるなら、殺したみんなを生き返らせることが可能なはずだ」


「……そこまでわかってたのね」


 女神ヘラは冥界の主であり、生と死を司る女神である。

 暗黒の世界ニブルデスに居を構え、亡者の魂を選定するため悪役のイメージが強い。

 しかし、実際は違う。生と死を司るということは、日本でいう閻魔大王に近い役割りを持つのだ。

 その役目は悪人と善人の魂を選定し、冥界の中で穏やかに魂を浄化するか、地獄の苦しみを受けて魂を燃やし尽くすかを選ぶのだ。

 そして、亡者の魂の中には不運の死を遂げた者もいる。その魂が地上に必要であると判断すれば、一度だけ生き返らせることが出来るのだ。


 これが冥界の主の特権。

 エルが一度しか対象を殺せないのは、おそらくヘラの特権が関係しているのだろう。

『全ての生物に対して、一度限りの絶対的生殺与奪権を持つ』というヘラの特性故に強力な即死魔法を手に入れ、その特性故に一度だけという制約を強いられた。


「だから俺を殺すことは出来ないし、殺したみんなをよみがえらせることが出来るはずだ」


「仮に私がそんなことを出来たとして、やると思うのかしら?」


「ああ。俺はお前を信頼してる」


 いつだってそうだ。

 エルはやると言ったらやる男(エタドラプレイ時は男だと思ってた)だ。

 ストーリーのボスも、高難易度クエストも、いつも。

 パーティのみんなが負けそうだからやめようぜと言う中、エル一人が「いけそうじゃね?」と言う。

 そして、俺が「みんな、エルを信じてやってみようぜ」と言うとみんなが乗ってくる。

 結果、強敵を死闘の果てに倒す。そんなことが幾度となくあった。


 いつだって、エルは難しいこと、他の人が嫌だというようなことでも成し遂げるやつだった。

 俺が頼むと、任せろよといって実現してくれるのだ。


「こんなことになっちゃったけど、俺はお前を信じてる。今目の前にいる少女はあの日俺たちといっしょに世界を冒険した、あのエルと同じなんだって。なぁ……もうこんなこと、やめにしないか?」


「…………」


「お前が俺に好意を抱いてくれてるってことはよくわかった。正直、お前みたいな娘に好きって言われて嬉しくないわけがない。でも、お前の気持ちには応えられないんだ」


「それは、あのお姫様がいるから?」


「………………」


 口を開いて「ああ」と答えようとしたが、エルは首を横に振った。

 俺の返答を聞こうとしなかった。


「わかってた……。元々、相手にされてないってことは。だって、私にとってあなたは異性だけど、あなたにとって私は友達だもの。心の距離が遠すぎる。それに、こんなことをして二人っきりになったんだもの。あなたに嫌われるのは当然よね」


「エル…………」


「でもね。例え嫌われたってあなたと二人っきりになったらいやでも私を好きになってくれるんじゃないかって期待しちゃった。その結果がこれ。あなたはボスの攻略をするみたいに私の能力を見透かして、私をこの世でたった一人の異性と認識してくれさえしない。あーあ。なんだか疲れちゃった」


 エルは口から乾いた笑い声を漏らして、近くの段差に腰を下ろす。


「結局、この世界に来ても私は一人なのね。ふふ、哀れな子」


「それは違うぞ、エル」


「え?」


 エルは顔を上げて俺の目を見る。

 期待しているような表情。言ってほしい言葉を、待っているという顔だ。

 でもごめん、俺はお前に甘い言葉を言うつもりはないんだ。そんなことを言っても、却ってエルを傷つけるだけだ。


「エル。お前はこの世界の人間を知らなすぎる。同じ世界から来た俺だけを人間扱いして、他の人はみんなNPCだとでもいうようにな。それはあまりにも身勝手な考え方だ。彼らはこの世界を必死に生きている。彼らにも家族がいて、恋人がいて、友達がいる。今日を生きて、明日を夢見る一つの命なんだよ。ボタン一つで消してしまえるような、データの存在じゃないんだ。血が通った、俺らと同じ人間なんだよ」


「人間……」


「お前はちゃんと、この世界の人たちをその目で見たのか? 声を聴いたか? 触れ合ったか? お前が奪った命は、その一つ一つがかけがえのないものなんだ。それを分かったうえで奪ったのか? 死んでいい存在だと思ったから殺したのか?」


 違うはずだ。きっと、エルはエタドラで魔法を唱えるのと同じ気分で、地上の人間を殺してしまったに違いない。


「もしお前が自分のやったことを欠片でも間違っていると思うなら、死んだみんなを生き返らせてくれ。みんな、誰かの身勝手で死んでいいような人じゃないんだ!」


「………………」


 エルの表情は険しい。

 口も閉じたまま、返事が返ってくる様子はない。


「お前がやったことは、俺も責任を取る。殺してしまった人たちに頭を下げてやる。仲間だからな。だから、頼む……」


 頭を下げて懇願する。

 エルのほうを見ると、依然黙ったままだ。しかし、その拳は強く握られている。

 ふるふると、震えている。


「エル……」


「うん。私は、正直自分がやったことの重大さに気付いてないみたい。どれだけ人が死んだって、自分に関係ないんだから別にいいじゃない。そんな風にしか思えない」


「そんな言い方……」


「でも」


 エルの言葉が、俺の言葉を遮った。


「あなたの顔を見てると、私はとてもいけないことをしたんだなって感じたわ。あなたの悲しそうな表情、きっと死んだみんなに向けた表情なのねって最初は思ってた。でも……」


 ――私を見てたのね


 そう言って、エルは再び沈黙した。

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