第106話 逆転?
「いいか、最後に言っておく。エル、お前は人として間違ってる。元仲間として、お前を止める!」
「間違ってる? どこが? 私は私の思う愛のままに行動しているだけよ。それが間違いというのなら、人間は愛なんて抱いちゃいけないのかしら?」
「…………」
エルの言葉に返答することはしない。何を言ってもきっと、彼女は分かってはくれない。
そして、彼女からすれば俺こそ愛を理解しない変人と認識されているかもしれない。
つまるところ相互理解など不可能。
故に、戦うしかないのだ。
「【マファイア】!」
「まぁたそれ? そんな魔法、私には効かないわ。対魔法の防御で固めているもの。何なら物理攻撃でも試してみる?」
俺の魔法はエルに直撃してもノーダメージだった。
彼女の言うように防御系の魔法で予め対策をしていたのだろう。
つまり、彼女は俺と戦うことは想定内だったということだ。
ステータスアップや防御系の魔法は一回の戦闘の間に効果が切れる程度の効果時間しかない。
何時間も何日も効果が続くなんてことはあり得ない。
もし俺よりも魔法の腕が上で、ステータスが桁外れに高くて、なおかつ特殊なスキルがあれば別だが……。
それらの条件はエルには当てはまらない。
だから、俺の元に来る前に補助魔法をかけていたということになる。
「おおおおおおお!!!!」
剣を抜き、エルに向かって突撃する。
「あら、怖いわ。私も持ってる武器で戦わなくっちゃね!」
エルは腰から短刀を抜き出し、俺の剣戟に応じる。
キィンと甲高い音を響かせながら、何度もぶつかり合う。
「あら? あらあらあら? らしくないわぁ、トール。そんな安っぽい剣を使うなんて効率悪いじゃない。いつもの装備はどうしたの?」
「お前にはこの剣で十分ってことだよ!」
「きゃっ」
力強く振り抜いた横凪の一撃は、エルの体勢を崩すことに成功した。
そのまま彼女の胸に突きの一撃を加えようとしたが、素早いナイフ裁きでそれを防がれる。
確かに素早いが、しかし技量としては素人同然だ。彼女の方がステータスが高いので、身体能力にものを言わせただけに過ぎない。
「そこ!」
「くっ……」
剣の一撃がエルの横腹をかすめる。
やはり技量は全くのド素人だ。この世界で一年以上鍛えた俺とは、勝負にならない。
もし相手が俺じゃないならば、かつての俺のようにステータスの暴力でごり押し出来たかも知れないが……。
しかし妙だ。やけにスムーズに進んでいる。
彼女はエタドラ内でも十指に入るほどのガチ勢だ。その彼女が俺に後れを取るのか?
ゲームと現実は違うことを踏まえても、違和感がある。何か、何かおかしい。そんな気がした。
だが、今は好機。せめるタイミングだ。みすみすチャンスを逃すなんて馬鹿のやることだ。
無心になって、剣を振るのが正解のはずだ。
「もうっ! このおおおーー!」
「甘いっ――!」
考え無しに突き出したエルのナイフによる突きを、剣の腹で受け止める。
そして、その一撃を流し、体を回転させる。そのまま剣を横薙ぎに振るい、彼女の首を狙う。
恐らく死にはしないだろう。だが、意識を狩るのは間違いない。
これで終わらせて貰う――!
「くらええええええええ!!!!」
剣の先に確かな感触。
回転の力を乗せて振り抜いたことで、エルの体は吹っ飛ぶ。
「あ、あぁ……な、なんで……たかが剣、ごときで。私に……ダメージ、が……」
「現実とゲームじゃあ違うんだよ! ゲームだと一桁二桁程度のダメージだろうと、現実だとれっきとした痛みだ! お前は現実の痛みに慣れていない。だからこれしきのダメージで動揺するんだ!!」
「っ…………」
「さあ、まだ続けるのか! それとも諦めるか!」
「なめてもらっちゃ困るわ……【グランドレイン】!」
エルが呪文を唱えると天から多数の隕石が降りそそぐ。
上級魔法【グランドレイン】
土と炎属性を併せ持つ魔法だ。ゲームでは八つの隕石が時間差で落ちてくることで、コンボ数を稼ぐことに使われていた。
コンボ数を一定時間途切れさせなければチェインボーナスが発生し、ダメージにボーナスが乗る。
ガチ勢はチェインボーナスを繋げるのが前提で、日々えげつないコンボを開発していた。エルもその一人。
確かに、エタドラ内だとグランドレインはコンボを繋げることには有効だ。
だが、それはこの世界では通用しない。
グランドレインの弱点、八つの隕石はコンボを繋げることに特化している反面、一つ一つの隕石のダメージはそれほどでもない。
ゲームでは全発的中するから総ダメージしか見ないため気にならないが、この世界ではそれは大きな弱みとなる。
つまり、隕石などいくらでも防げるのだ。
「【
補助魔法を発動し、ステータスを上昇させる。
そして手に握る剣を鞘に戻し、ミョルニルを握る。
「魔法剣――タイダルウェーブ!」
ミョルニルの柄から青白い魔力が吹き出す。
いつもの雷属性の黄色い閃光ではなく、水属性を付与している。
今回、俺は雷神の力を使わない。
極神の力に不信感を持っているという事情から、使うことを躊躇っているからだ。
だから、雷神と、雷属性の魔法を封印することにした。
不利になるかもしれないが、元々この世界に来てから手に入れた力だ。無くてもなんとかやってみせるさ。
「さあ、ミョルニルよ! 雷の力を封じたお前が放つは全てを飲み込む暴威の波だ! コンボ数を稼ぐことならタイダルウェーブも負けちゃいない! 解き放て、魔法剣!」
この魔法剣はフレイの魔法剣をパク……もとい参考にして放つ技だ。
少し違うとすればフレイの魔法剣は敵に直撃すると魔法の力を解放する。
しかし俺のこれはそこまでの精度はない。せいぜい剣を横薙ぎに振るうことで圧縮した魔法の力を放出する程度だ。
普通に魔法を発動するのに比べて、僅かばかりの物理攻撃力と一度剣という形に圧縮した分解放した時の勢いが増している。
普通に蛇口から水を出すのと、ホースの先をつぶしている違いといえばイメージしやすいだろうか。
「さあいけタイダルウェーブ! まず一つ、二つ――」
放たれた水の魔力は複数に分かれて落ちてくる隕石を狙い撃つ。
「七つ、八つっ!」
全ての隕石を打ち落とすと、エルは悔しそうに唇を噛む。
こいつ、なぜこんな普通の魔法を使うんだ?
ゲームと実戦の差で戦い慣れていないのか? そうだとしても、ここでグランドレインを使うのはいい手とは言えない。
エタドラでのエルならば真っ先にランダムビルドアップを使い、デス4を発動して相手を即死させたはずだ。
この世界のエルは冥界の女神ヘラの力を取り込んで強化されている。尚更即死魔法を使ってこない理由がわからない。
「出し惜しみか? お前の得意な即死魔法を使わないのか」
「あまり使いすぎても飽きられちゃうでしょう?」
「飽きるほど目にする機会はないだろう。使われたら最後、死んじまうんだからな」
「確かにそうねぇ」
笑っているが、どこか歯切れが悪い。
それからエルは風魔法【サイレントキル】を使い、不可視の風の鎌で俺の腹を狙ってくる。
目に見えない風の鎌だが、フレイと手合わせしていく内に風魔法の挙動を掴んだ俺からすれば避けるのは容易だった。
風魔法が通る空間が少し歪んだり、音によるもので大まかな位置が分かるからだ。
もっとも、フレイの風魔法はそんな稚拙なものではない正真正銘の不可視の一撃なのだが。
「甘い! こんなもので俺を殺せると思うな」
「……やるわねぇ」
なぜだ。なぜ即死魔法を使ってこない。
舐めプなのか? ガチ勢のエルからすればエンジョイ勢寄りの俺に本気を出す価値はないと判断しているのか?
俺に対して歪んだ好意を持っているようだが、そのせいで殺すのを躊躇している?
あり得ない。
殺したなら冥界で会えばいい。そして、自由にすればいいのだ。
それに女神ヘラは死者を生き返らせる権能を持っているはずだ。俺を生かすも殺すもエルの気分次第のはず。
ここはカマをかけてみるか。
「そうか、即死魔法はもう使えないか」
「なんのことかしら? さっきも言ったけど、何回も見せるのは芸が無いと思ったまでよ。エタドラで飽きるほどみたでしょう」
「ああ、だがこの世界だと一回しか味わってないぞ」
ピクリ、とエルの眉が動いたのを俺は見逃さなかった。
やはりそうか。エルは即死魔法を使わないんじゃない。使えないのだ。
理由は分からない。全世界の人間を殺して魔力が尽きたのか、それ以外の理由か。
魔力だとしたら上級魔法を連発していることと矛盾している。
つまりは他の理由がある。
全世界の人間には即死魔法を使ったのに、その後は俺一人に対して使えない。
「発動条件……」
「っ……!」
「ふふ、ようやく表情に焦りが出てきたな。その方が年相応でかわいいぜ」
「ありがとう、素直に喜びたいのだけれど、今は少しその洞察力が憎らしいわぁ」
俺にだけ使えない理由。
俺にだけ、全世界の中で俺だけ。
俺が他の人間と違う点、それが鍵のはずだ。
…………。
…………。
俺だけが体験した経験、俺だけが味わったこと。
「そうか、わかったぞ。お前が俺を殺せないわけを!」
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