第101話 もう戻れない

「ま、待て。そもそも、いくら即死魔法が得意だったって言っても、ニブルデスからミズガルズ王国まで遠すぎるだろ。そこまでの射程距離はなかったはずだ!」


「それはね、私、この世界に来て特別なスキルが備わってたの。それのおかげね」


 特別なスキル……。それはきっと、俺の雷神のように、元の世界では身に覚えのないスキルのことだ。

 こいつにも、極神かそれに類似するスキルが備わっているということか。


「ほら、このニブルデスで戦った八章か九章のボスがいるでしょ? あのボスのスキルが私に備わってたの」


「ボスキャラのスキル……だと」


「ええ、契約破棄と合わさって進化したボススキル【冥魔神】。それが今の私なの。どう? 素敵でしょ?」


 八章のボス――冥界の女神ヘル。

 確かやつは即死攻撃を繰り返してくるうざったいボスだった。RPG特有の自分の即死攻撃は通らないのに、敵の即死攻撃はよく通るというアレだ。

 味方全員が死んでも復活する魔法かスキルを発動し続ける面倒くさい戦いが繰り広げられた記憶がある。

 正直面白みもない戦闘だった上に、ヘル本人は弱いという最悪なボス戦だった。ストーリーのフレーバー部分が無ければ運営に凸していたところだ。

 もっとも、俺以外のプレイヤーは結構な数運営に凸して、後期だと難易度が緩和されたりヘルの行動パターンが追加されたらしい。

 割と初めの頃に倒してしまったから、俺は難易度変更後の戦闘を味わえていないのが悔しい。まぁ、もう確認のしようがないんだけど。

 そのヘルのスキルを備えたというのはどういうことだろうか。


「ヘルは即死攻撃を多用するボスだった……ま、まさか!」


「そう。私、この世界だとヘラの役割に押し込められたみたいなの♪」


「ヘラの役割に……? 待て、それは一体どういうことだ!?」


「あら? 私、何か変なこと言ったかしら。私がこの世界に転移してきたのはヘラの器になるためでしょう? あなたも私と同じで、ゲームの中のキャラの役割を当てはめられてるんじゃないの?」


「キャラの立場に押し込められてるのか……?」


 なんだそれは。

 そんなこと、俺は知らない。俺はゲームの中の誰かに成り代わってこの世界にやってきたわけじゃない。

 だって、エタドラにはトールなんて名前のキャラクターはいない。

 エルのように、即死攻撃という類似性からヘルというキャラの器に選ばれたわけじゃない。

 雷属性を扱うキャラクターは誰もいないはずなんだ。


 本当に?

 そういえば、なぜエタドラには雷属性に限ってキャラクターが存在しないんだろうか。

 水や土、炎や風というほかの属性のキャラはいる。闇や影、光属性や氷だとか特殊な属性の持ち主だっている。

 だというのに、なぜ雷だけいないのか。まるで、そこだけポッカリと空いたかのように隙間があるのか。

 誰かのために席を用意していたかのように、雷だけ……。


「トール? 私、おかしなこと言ったかしら。ねぇ、さっきから考え事をしてるけど、どうしたのかしら」


「いや、なんでもない。ただ、ちょっと……疑問があって」


「疑問? なに? 何がおかしいの? ねぇ、黙ってないで教えて。せっかく二人っきりなのに、黙ったままなのは勿体ないわぁ。ほら、見てこれ。私、あなたに会えたら渡そうと思ってたの。冥界にやってきた亡者たちの魂を練り上げて作ったブレスレットよ。綺麗でしょ?」


 エルは胸元から銀色に輝くブレスレットを取り出した。

 それは人の魂の輝きをかき集めたような、刹那的な輝きを永遠の形にしたかのような造形だった。

 亡者たちの魂を練り上げて作った。それは、明快にやってきた死者の魂を愚弄したと言えるのではないか。

 許されることなのか。死者を弄ぶなど。


「お前は、おかしいよ……」


「え? どこが? 私は至って普通よ? ごめんなさいねトール……私本当にわからないの。あなたが私のどこが変だと思ったのか。私からすればNPCをいくら好きにしても私の勝手だし、あなたのためにやったんだもの。おかしいはずがないわ」


「…………」


「あ、でももしおかしなところがあったらこれからも遠慮なく言ってね。あなたにそう感じさせないよう調整するから」


 その言葉を聞いて、ああ。エルとは分かり合えないのだと感じだ。


「ここから、出してくれ」


「だ・あ・め♪ あなたとずっと一緒にいるの。ここは誰も邪魔しない、誰も来ることの出来ない世界の果て。人生の終焉なのだから。ふふ、ふふふ……うふふふふふ」


 気が狂いそうだった。

 いや、ひょっとしたら既に俺はおかしくなっているのかもしれない。

 だって、こんなエルを見て、笑うことしか出来ないのだから。諦めという感情から生まれた笑みではあったが。



 ◆


 とおくんがいなくなってから三週間が経った。

 最初はどこかに出かけたのかなと思っていたけれど、数日も音沙汰が無いことに不審に思いみんながとおくんの捜索を始めた。

 今日は各自の情報共有のために、とおくんの部屋に集まったのだった。

 部屋には私とウルちゃん、ティウとフレイさんにフレイヤさん、そしてシグルズさんまで来ていた。


「僕はミズガルズ団に王都の周辺の捜索と、目撃情報の確認を」


「俺は王都の知り合いに掛け合ってトールのバカの行きそうなところを調べた」


「私もお兄様と協力して、トールさんのよく行く場所に赴いて調べてみました」


「が、誰もトール殿の行方はわからぬと」


 重たい空気が部屋中に広がる。


「フレイ、君はトールがよく行く場所を調べて、そして今日ここに集まるように言った。それはもちろん、何か理由があってのことなんだよね?」


「もちろん。俺たちはてっきりトールがこの城を抜け出し、そのまま帰ってきていないのだと思っていた。だがそれは間違いだったのさ。そもそもあのバカがルビアさんに何も言わずにどっかに行っちまうなんてあり得ないことだろう」


「それは確かに、そうですわね」


「トールの優先順位はルビアが一番なのです」


「う、うう……。そ、そんなことよりもフレイさん! とおくんはどこに行ったんですか?」


 フレイさんの言葉に顔が熱くなる。きっと耳まで真っ赤になってるに違いない。

 確かにとおくんは何をするにしても私に話してくれるけど、でも他の人に言葉にして言われるととても恥ずかしい。

 フレイさんは私の方を見て、まじめな表情のまま告げる。


「調べた結果、トールはこの部屋で消えた」


「消えた? それは異動魔法か転移魔法を使用したということだろうか」


「それはないかな。僕がトールの魔力の残照を探ってみたところ、城の中でトールが魔法を発動した形跡はないよ」


「じゃあ、どういう意味なんですかフレイさん」


 私はせかすようにフレイさんの次の言葉を待つ。

 すると、フレイさんとフレイヤさんは魔法を発動した。突然のことであっけにとられていると、魔法はどんどん形を作っていく。

 フレイさんは風の魔法。フレイヤさんは土の魔法を。

 魔法は部屋の中全体に広がり、先ほどまでは見えなかったものがあらわになる。


「これは?」


「俺の魔法でトールの匂いをたどり、フレイヤの魔法でトールの足跡をたどった」


「苦労したんですよ? なにせお兄様ったらトールさんが行きそうな場所全てにこの魔法を使って鑑定したんですから」


 なるほど、三週間もの時間がかかったのはこのためか、と納得する。

 それにしても凄い。確かに誰かの匂いや足跡を追跡できるのは便利だけど、結局最後に調べるのは人の手なわけで。

 それを全部調べたとなれば、情報量は膨大であったことは想像に難くない。


「お二方とも見事だな。魔法をこのように緻密で繊細な使い方をするなど、普通は不可能だ」


「そこはほら、私たち極神ですから」


「魔法自体は朝飯前、そのあとの方がよっぽど大変だったぜ」


「あの、その魔法が便利なのはわかったのですけど、ここに呼んだってことはつまりそういうことなのですか?」


 ウルちゃんの言葉にユングヴィ兄妹は頷いた。

 フレイヤさんの指がある足跡を指さす。足跡はそこで途切れていて、まるでその場から消え去ったみたいだ。

 フレイさんも同じ場所で立ち止まり、匂いがそこで消えたことを暗に示していた。


「トールはここで消えた。突然、消えてなくなったんだ」


「魔法を使たわけでもなく、忽然と姿を消したんですわ」


 二人の告白、そして沈黙。

 とおくんがいなくなったことと、この部屋から突如消えたこと。それは一つの可能性を示していた。


「何者かに誘拐されたとしか考えられない」


「……っ! じゃあ助けないと!」


「落ち着いてルビア様。誰が何のために、どうやってトールを連れ去ったのかわからないんだ。助けに行こうにも、どこに向かえばいいのかわからない」


「それにトールが連れ去られたあと、三週間も帰ってきてないんだ。犯人はかなりの強者だろう」


「で、でも……! ひょっとしたら、もう手遅れかもしれない!」


 犯人が何のためにとおくんを連れ去ったのかはわからない。

 でも、三週間だ。三週間も監禁するなんてただごとではない。

 誘拐して身代金をミズガルズ王国に要求してくるならまだ話が分かるからいい。

 でも、相手の目的もわからない誘拐は不安を通り越して恐ろしい。だって、お金じゃないならとおくんをさらった理由って何?


「私怨……の可能性もありえるのです」


「私怨? とおくんを恨んでる人なんて……」


「帝国とか? いや、今の帝国は怖いくらい静観を決め込んでいる。下手な真似をすると自分の首を絞めるだけだ」


「だからこそ気付かれないように連れ去ったという線は? 帝国にいくら問い詰めても知らぬ存ぜぬで押し通されますし」


「いや、そもそも四魔将が実質瓦解した今の帝国にトールをどうこうできる余力が残っているのかな? 逆に壊滅する可能性の方が高いよ」


 みんなの意見から犯人が帝国の人間という線は薄いとわかった。

 なら、誰? 誰がとおくんを連れ去ったの?


 ねえ、とおくん。

 あなたはどこにいるの? 無事、なのかな。

 お願い、声を聴かせて。それだけで、私は安心できるから。

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